逆転の構図―エリートの民主、労働者の共和:米中間選挙展望

国際・海外

11月の米中間選挙は、従来と異なる様相を呈している。トランプ氏の再出馬が取りざたされる中、2大政党の再編も起きかねない。ベテラン米政治ウオッチャーの筆者は、米政党政治は流動期に入ったと指摘する。

過去は与党敗北が通例

米国の中間選挙まで2カ月を切った。尋常な中間選挙ではない。2年後の大統領選挙の前哨戦の気配が色濃く、異例の再出馬もささやかれるトランプ前大統領が大きな影を落とす。共和党支配強化を狙う前大統領が放った「刺客」が共和党の候補者選びで主流派候補を押しのけ、同党は「トランプ党」の色彩をますます強めつつある。

その一方、2021年1月6日の連邦議会襲撃事件における前大統領の責任追及が進む中で、8月には機密文書を不法に持ち出した疑いで前大統領の邸宅に連邦捜査局(FBI)の家宅捜索が入った。他の疑惑の捜査も進む。こうしたことすべてが、米政界だけでなく米国の民主主義自体を激しく揺さぶり、長引く新型コロナ禍とロシアのウクライナ侵攻に動揺する世界全体に一層の不安を広げている。

中間選挙は4年ごとの大統領選挙の間の真ん中の折り返し点で行われる。連邦議会の下院は全議席(定数435)、上院は議席(定数100)の3分の1(今回は35)のほか、今年は36州の州知事ポストなどが争われる。中間選挙では大統領の属する政権党が議席を失うのが通例で、1950年以降の中間選挙で政権党は平均して上院3議席、下院25議席を失っている。高い人気を誇ったオバマ大統領でさえ、任期1期目の中間選挙では上院で6,下院で63もの議席を失った。大統領の実績評価の側面もあるが、中間選挙は各地域の事情が左右するので、結果は次の大統領選の票読みには直接はつながらないと言われる。

民主を助けた最高裁の保守的判決

ただ、冒頭述べたように、今年は異例ずくめだ。まずバイデン大統領の支持率である。7月には一時37%台(政治サイト「リアル・クリアー・ポリティクス」)と、戦後大統領としては最低レベル、トランプ前大統領も下回るまで落ち込み、民主党支持者の64%が2024年にはバイデン大統領でない候補に期待するという調査結果(ニューヨーク・タイムズ紙)も出た。消費者物価上昇率が6月には40年半ぶりに9%を超え、激しいインフレとそれに追いつかない賃金が大統領の支持率低迷につながっている。

政権党の民主党は現在(9月7日)、下院で219議席、上院では議長の副大統領を加えやっと51議席と、両院とも薄氷の過半数を維持する。バイデン大統領の不人気から大負けが予想されてきたが、この夏には反転の兆しを見せ始めた。ガソリン高が一服するなど高インフレはやや鈍化し、当初規模より大幅削減とはなったものの、民主党主導の議会は4300億ドル(60兆円規模)のインフレ抑制法を成立させ、銃規制強化や半導体投資の新法も達成。8月24日には学生ローンの返済免除まで打ち出し、バラマキによる集票工作にも打って出た。バイデン大統領は1年前、アフガニスタンからの撤退で評価を落としたのを挽回するかのようにカブールに潜んでいた国際テロ組織アルカイダの最高指導者ザワヒリ氏を殺害(7月31日)、テロ対策での成果も誇示した。

民主党の思わぬ助っ人は、人工妊娠中絶をめぐり6月末に保守派優位の最高裁が下した判決だ。1973年に中絶を憲法上の権利と認めた、いわゆる「ロー判決」を覆すのが共和党保守派の半世紀にわたる悲願だったから、保守派の大勝利だった。だが、これがむしろ女性や左派を結集させ、保守色の強いカンザス州で8月初めに行われた州憲法の中絶条項をめぐる住民投票で、中絶支持派が勝利した。世論調査では、中間選挙で民主党を支持すると答える人と共和党支持と答える人が拮抗するようになり、大統領の支持率も40%台を回復した。その結果、中間選挙では、上院では拮抗を維持するとの予測が大勢。下院では共和党大逆転の予想もあったのが競り合いの様相となり、逆転の議席差は10議席程度というのが9月上旬の専門家の見立てだ。だが、有権者の最大の懸念であるインフレ一つとっても先行きは見通せず、これから投票日(11月8日)までの動向変化は読み切れない。

トランプの共和党支配と捜査の行方

しかし、今回の選挙の意味は、そうした通常の議席数予想の中にはない。バイデン政権が連邦議会のコントロールを失えば、2024年大統領選までの米政治は単にホワイトハウスと連邦議会の「ねじれ」で統治不能になるだけでない。トランプ前大統領の共和党支配が強まり、トランプ大統領返り咲きのシナリオにも米国と世界は備えなければならなくなる。それこそが今回の中間選挙が世界から注目される理由だ。

世論調査サイト「ファイブサーティエイト」の集計では、トランプ前大統領は中間選挙の上下両院、知事選の共和党候補選びで189人を支持、うち180人が共和党候補に選ばれ、11月の本選挙に進む。前大統領の意に染まない現職を落とすために出馬した新人候補(いわゆる「刺客」)も10人おり、うち6人は現職を打ち破った。刺客に敗れた現職の一人は、旧来の共和党主流派として前大統領批判の急先鋒に立ったリズ・チェイニー下院議員だ。共和党主流派の重鎮チェイニー元副大統領の長女で、20年選挙ではワイオミング州選出下院議員に7割を超える高得票率で選出された。だが、今回は共和党候補選び段階で3割を切って刺客候補に敗れ、トランプ派が強さを見せつけ、共和党主流派の衰退も印象づけることになった。こうしたトランプ派の躍進は、前大統領の24年大統領選への布石である一方で、後述するように共和党の変質だけでなく、米政界で進む政党「再編」もうかがわせる。

トランプ派躍進と並行して進んだ、前大統領訴追も視野に入れて進む違法行為容疑の複数の捜査も、24年大統領選をにらむ今回の中間選挙の異様さを示す。8月初旬、トランプ前大統領の南フロリダの邸宅マールアラーゴに、機密文書不法持ち出し容疑でFBIの家宅捜索が入った。この事件①を含め、前大統領に対する刑事訴追の可能性のある4つの事件の捜査が進行中だ。②21年1月6日の連邦議会襲撃事件をめぐる下院特別委員会の調査と並行して進む司法捜査、③20年大統領選のジョージア州での敗北結果を覆そうとトランプ陣営が行った工作に対する司法捜査、④マンハッタン地区検察によるトランプ一族経営の「トランプ・オーガニゼーション」の脱税捜査―が中間選挙と次の大統領選に影を落とし、選挙情勢の不確定要素となっている。

もっとも、突然のトランプ邸家宅捜索はむしろ共和党支持者の結束を固めさせる結果となった。捜索直後の世論調査(政治サイト「ポリティコ」)では24年大統領選でトランプ前大統領を支持すると答えた共和党支持は7月より4ポイント増え58%となった。前大統領は24年に再挑戦すべきだという同党支持者は、これまで最高の71%に達した。他方、司法省内部には中間選挙が近づいた段階での前大統領訴追は、選挙介入に当たるとの慎重な声が強いともいうが、16年大統領選での民主党クリントン候補の私用メールアドレスによる機密文書取り扱い問題のように、投票日直前まで混乱が起きる可能性はあろう。ただ、一連の捜査の狙いは、最終的には24年大統領選でのトランプ当選阻止だとみるのが妥当だろう。当局はじっくりと捜査を進めることになりそうだ。

政党再編の予兆も

2016年大統領選でのトランプ当選以来、顕著になってきている2大政党の変化にも注意が必要だ。民主・共和の政党名は変わらずとも、その支持者構造の変化は両党の再編といってもよい事態だ。民主党は明らかに高等教育を受けた「金持ちエリート」の支持に偏った政党になりつつあり、白人労働者だけでなく、他人種グループでも労働者階級の支持を失っている。サンダース上院議員らを支持する政治組織アメリカ民主社会主義者(DSA)幹部がまとめた、2008年と20年の民主党予備選挙投票者の世帯収入分析は、民主党がますます「金持ちエリート」の政党になっていることを示した。代表的16州のデータを分析すると、世帯所得中央値6万8千ドルに対し6万ドル以下の投票者は08年には35%だったのが、20年には29%に下がり、同8万ドル以上は25%から31%に増えている。DSAはこうした民主党の傾向に批判的で、もっと労働者と再分配に焦点を当てるよう訴えている。

他方、下院共和党の政策研究会のまとめでは、16年と20年大統領選でのトランプ支持を比較した場合、白人労働者階級(高卒以下投票者)の支持が増えているだけでなく、中南米系労働者の支持も24%から36%、黒人労働者も9%から12%と、人種を超えて労働者階級が共和党支持に向かっている傾向がうかがえる。20年の選挙献金を職種別でみると、機械工は79%がトランプ、21%がバイデン、小規模事業主では60%がトランプで40%がバイデンに対し、マーテティング専門家の86%、銀行家の73%がそれぞれバイデンだった。こうしたデータを基に政策研究会は共和党を「労働者政党」と位置付けるよう訴えている。

トランプ後を見据える共和党有力政治家には、民主社会主義者のサンダース上院議員と連携して最低賃金15ドル要求を強く掲げたり(ホーリー上院議員)、ネット通販大手アマゾンの労働組合結成を支援したり(ルビオ上院議員)しており、民主・共和両党の争いは、かつてと逆転した「階級闘争」の様相も見せつつある。こうした政党再編のような状態の中で、第3政党を模索する動きも出ており、米政党政治は激しい流動期に入っていると言えよう。

バナー写真:米ペンシルベニア州のウィルクス大学で演説するバイデン大統領=2022年8月30日(AFP/時事)

米国 トランプ氏 バイデン米大統領