旧統一教会問題が問い掛ける日本人の「宗教リテラシー」

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世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に恨みを持つ山上徹也容疑者の安倍元首相銃撃事件から、3カ月余りがたった。同連合と自民党議員を中心とする政治家との結び付きが問題視されている。韓国発祥の特異な教義を持つ教団が、「無宗教」を自認する人が多い日本で、なぜ多くの信者を獲得し、影響力を持つのか。社会問題化した宗教は規制することができるのか。宗教社会学者の櫻井義秀氏に聞いた。

櫻井 義秀 SAKURAI Yoshihide

北海道大学大学院文学研究院教授。専門は宗教社会学。カルトに巻き込まれた学生や親の相談に応じてきた。共著に『統一教会』(北海道大学出版会、2010年)。主著に『霊と金 スピリチュアル・ビジネスの構造』(新潮選書、2009年)、『東アジア宗教のかたち 比較宗教社会学への招待』(法蔵館、2022年)など。

旧統一教会は「カルト」なのか

「カルト」とは何か。櫻井教授によれば世界共通の概念はない。米国の場合、主流な宗教伝統に属さない宗教、異端的キリスト教を指す。1960年代以降は、活動を活発化した小規模な集団をカルトや「新宗教(新興宗教)」(new religion)と呼ぶことが多くなった。中でも、社会に危害を与える集団は「破壊的カルト」(destructive cult)として、区別している。

日本では、1995年、オウム真理教の地下鉄サリン事件以降、「カルト」とは反社会的で狂信的な集団だというイメージが一般に広がった。専門家の間では宗教的マイノリティー、メディアでは刑事事件を起こした教団など、カルトと呼ぶ根拠がいくつかあるが、明確な定義はない。

旧統一教会(以下、統一教会)は、「宗教的マイノリティーという意味でのカルトには当てはまらない」と櫻井氏は言う。「創始から70年近い歴史を持ち、日本の信者数は5~7万人。団体の規模、歴史の長さは、カルトの域をはるかに脱しています」

韓国発祥だが、本国の信者数は日本の半分以下。その他海外支部の信者数も含め、世界で10数万人の規模だろうと櫻井氏はみる。

「大きな特徴の1つは、政治と密接に結託して活動していることです。表には出ない。例えばオウム真理教は、自分たちが日本を支配できるという幻想を抱き、信者を増やし、選挙に打って出れば勝てると考えました。一方、統一教会は冷静な判断をしています。独自候補を立てても勝てないが、組織票の力で政治家とパイプをつなげば、全国的な影響力を持てるという考え方です」

“居場所”を提供する「疑似家族」

「八百万(やおよろず)の神々」と言うように、日本では古代から拝む対象が多い。6世紀の仏教伝来当初、神道との対立があったが、奈良時代には、日本の神々はさまざまな仏の化身として日本の地に現れた権現(ごんげん)だとする神仏習合思想が一般的になった。

「日本の仏教は伝来してから常に変容を重ねてきました。明治以降、僧侶は出家することなく妻帯できること、寺が世襲制であること自体、(他国の仏教と比較して)異色です。そこからさらに変質しているのが仏教系の在家主義に立つ新宗教です」

その一方で、明治以降、キリスト教が日本人の宗教観に大きな影響を与えた。

「宗教とは、明確な信仰の対象があること、教会組織に属していること、決まった儀式を行うことだと捉えるようになりました。檀家や氏子であることと、信仰は結びつかない。大多数の日本人は初詣、墓参りや法事など、宗教的行事に参加しても、信者であるとは思ってないのです」

統計数理研究所が5年ごとに実施している「日本人の国民性調査」では、1953年の調査開始時以降、「宗教を信じていない」が常に大半を占め、2018年で74%だった。無宗教を自認する人が多い中で、なぜ多くの新宗教が広がったのだろうか。

「1950~60年代は、新宗教が最も拡大した時期です。高度経済成長期に地方から都会に働きに出てきて、“居場所”を求める人たちが多かったことが背景にあります」

「小さな町工場や商店などで働く人たちに、居場所を提供して、うまく組織化したのが仏教系の新宗教でした。創価学会は、この時期に600~700万人の会員を獲得しました。月に一度は地域単位の集まりを持ち、連絡を頻繁に取り合ってお互いを気に掛ける。疑似家族や “ムラ”の機能を果たしたのです」

「霊感商法」と正体を隠した布教

一方、統一教会は大学生を対象とした布教で広がった。

1954年にソウルで文鮮明(故人)が創設。64年、日本で宗教法人として認可された。60~70年代は、大学のキャンパスで「原理研究会」の名の下に若者への伝道を活発化した。68年、国際勝共連合を設立して、反共活動を開始。80年代になり、韓国から輸入した朝鮮人参茶、大理石の壺などの訪問販売を始めるが、姓名判断や家系図鑑定などと絡めた販売法が「霊感商法」として社会問題化し、訴訟が相次いだ。

「80年代後半以降、統一教会という正体を隠して、布教せざるを得なくなりました。やはり手相、姓名判断、占いなどを入り口に、若い人だけでなく中高年も対象にして、セミナーなどに誘うやり方に変えていったのです。一般人への霊感商法は減り、信者に献金させることに力点を移しました」

山上徹也容疑者の母親は、夫の生命保険など計1億円以上の献金をして自己破産し、家族は崩壊した。

「『信教の自由』には内在的制約があります。心の中で何を信じるのも自由。ただ、他人の信教の自由を侵害してはならない。正体を隠して勧誘し、献金すれば先祖の因縁から救われるなど、不安をあおることで自律的な思考を奪い、法外な献金を求めることは許されません」

消費生活センターに寄せらせた旧統一教会に関する相談によれば、同教会への平均支払い額はおよそ270万円だという。また、政府が9月に開設した被害者救済の電話相談には、「先祖に関することなどの名目で、10年間にわたり10万から数百万円の献金を繰り返してきたが取り戻せるか」などの声があった。

イエスの“失敗”後に遣わされた再臨主

統一教会の教義は、後にサタンとなる堕天使ルーシェルとエバが不倫を犯し、神に背いた悪の血統がアダムを経て人類全てに相続されたと説く。神はイエスに人間の娘をめとらせて、無原罪の子孫を残す計画だったが果たせず、「再臨主」(文鮮明)を遣わしたとする。韓国は「アダム国家」で日本は「エバ国家」であり、アダムを堕落させたエバが韓国に奉仕するのは当然だとする。合同結婚式による祝福で、再臨主がマッチングした信者同士が結ばれ、神を中心にした家庭が完成し、無原罪の子どもが生まれる。これまでに、約7000人の日本人女性が合同結婚式を経て韓国で暮らすという。

「統一教会は、本国では“財閥”のイメージが強い。日本の統一教会のミッションは、お金を集めて韓国に送ることです」

米国では、保守系紙「Washington Times」を運営し、ロビー活動に力を入れる。また、全米のすし店に魚を卸ろす系列企業「True World Foods」をはじめ、大々的にビジネスを展開している。

「反日的な教義を持つ教団が、なぜ日本で信者を多く獲得できるのか。海外メディアからよく聞かれる質問です。その理由として、日本人が宗教に関する予備知識を持たないことが大きい。だから、“メシアの再臨” “合同結婚”をうたう教義を変だと思わない。先祖は地獄で苦しんでいるので地上で善行(献金)を積まなければ救われないという教えも受け入れてしまう。主流派のキリスト教や日本の伝統的先祖供養について知っていたら、そもそも入信しません」

「オウム真理教」も終わっていない

日本国憲法は、戦前の「国家神道」体制に対する反省に基づき、「政教分離」「信教の自由」を定めた。公教育が禁じているのは特定の宗教のための教育だが、学校では、宗教についての一般的な知識さえ学ぶ機会がほとんどない。

「知識教育の一環として、世界にはさまざまな宗教があるということを含め、小学校から宗教についての基本的な知識を育むべきです。そうすれば、社会の中に宗教に関するある種の基準、社会通念が生まれる。そこから著しくずれているものに対して警戒心を持つようになります。宗教リテラシーがないと、根拠がないことを説かれて勧誘されても、おかしいと判断できない。無防備な状態に置かれているのです」

櫻井氏は長年、カルト問題で悩む学生や親からの相談を受けてきた。

「カウンセリングには限界があります。例えば、北大キャンパスのある札幌にはオウム真理教の後継団体である『アレフ』の道場が2つあり、入信してそのまま卒業していった学生もいます。アレフは今も麻原彰晃を信奉し、全国的に学生への勧誘を続けている。オウム問題は終結していないのです」

アレフをはじめ、最近の宗教勧誘はSNSが多いと言う。「最初は正体を隠したまま非対面でやり取りし、脈のありそうな相手には、喫茶店などで会う機会をつくり、イベントや勉強会に勧誘する。時間をかけて徐々に引き込んでいくのです。コロナ禍でなかなか友達を作れない悩みを抱える学生は、何も疑わずに相手の誘いに乗ってしまいます」

「解散命令請求」で情報の透明化を

「政教分離」は、国家が特定の宗教と特別な関係を持つことを禁じるもので、宗教団体が政治や選挙に関わることを禁止しているわけではない。創価学会をはじめ、多くの団体が選挙協力を行っている。「統一教会の場合、問題なのは政治家が同教会との関係を隠していたことです。霊感商法や高額献金で国民に被害を及ぼしている教団から、組織的な支援を受けたと公言すれば、国民や国益よりも、自分の利益の方が大事だと認めることになります」

問題が表面化したいま、行政はどんな対応ができるのか。

「最も現実的な対策は、宗教法人法81条第1項による解散命令を出すことです。まず法学者、宗教学者、宗教団体の代表が参加する宗教法人審議会で議論し、その結果を国民に提示すべきです」

同条は、宗教法人が著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をした場合、所轄庁の文化庁や検察官などが、裁判所に解散命令を請求できると定める。

請求により解散命令が初めて出されたのは1995年のオウム真理教で、その後は2002年、霊視商法が問題になった明覚寺のみだ。旧統一教会の役職員の逮捕や立件がないので、請求は難しいと政府内には慎重な見方が多いが、対応が不十分だと批判は高まるばかりだ。10月17日、岸田首相は宗教法人法に基づく調査実施を表明した。場合によっては、解散命令請求への道が開ける。

「そうなれば、教団側も反論のために情報を出さざるを得ないので、運営に関する情報開示になります。そもそも、宗教法人として解散請求に値するようなことをしていたということになれば、関係を持とうとする政治家は極めて少なくなる。政治と宗教の関係をただす極めて簡便で効果的なやり方です。一般人も警戒するので、効果は大きい」

ただ、仮に「宗教法人」の法人格を失ったとしても、「宗教団体」として活動することは可能だ。「例えば、関連団体の『天宙平和連合』『世界平和女性連合』はNGOとしてそのまま残るので、組織を再編し、教団は形を変えて活動を続けるでしょう。法律上の規制には限界があります。だからこそ、宗教リテラシーを高めることで、自分を守るしかないのです」 

バナー写真:日本で信者が「迫害」を受けているとして、旧統一教会の「合同結婚式」で韓国に嫁いだ日本人女性を中心とする信者たちが、抗議デモを行った=2022年8月18日、ソウル(AFP=時事)

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