防衛費の大幅増額「特需」で膨らむ防衛省の野望と与党の確執

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財務省は2022年9月5日、2023年度予算の概算要求総額が110兆484億円になったと発表した。国債費や地方交付税交付金を除いた一般歳出は65兆9939億円で過去最大となる。中でも注目を集めるのは防衛費。項目に金額の上限記載がない「事項要求」が急増するなど、防衛省の概算要求額は不透明化している。この前例のない防衛省の概算要求について検証する。

「事項要求」急増の背景

2023年度の防衛費の概算要求は、確定分だけで5兆5947億円。過去最大となったが、防衛省は戦争の様相が大きく変化したことを踏まえ、防衛力の強化策として7項目を掲げた。

たとえば、中国が進める防衛戦略「A2AD(接近阻止・領域拒否)」に対処するための「スタンド・オフ防衛能力」、航空機やミサイルなど、多様な経空脅威を排除するための「総合ミサイル防衛能力」、ウクライナ戦争で有効性が裏付けられた軍用ドローンなどの「無人アセット防衛能力」などだ。

昨年度までの要求と大きく様相を異にするのは、多くの項目が金額の上限の記載のない「事項要求」となったことだ。100項目近い未確定の事項要求が確定分に上乗せされ、最終的には「6兆円台半ばをめざす」(政府高官)との皮算用もささやかれる。

広げた大風呂敷の中身をめぐり、防衛省は今後、年末にかけて財務省や与党と丁々発止の予算交渉を重ねる。防衛省にとって追い風となっているのは、岸田首相が「5年以内の防衛力の抜本的強化」の方針を掲げ、防衛費の「相当な増額」を明言していることだ。この防衛費の「特需」を受けて、防衛省、国防関係議員、防衛産業などのさまざまな思惑が交錯。「費用対効果」を無視した過大な要求も見受けられる他、一部の防衛装備では、国防関係議員と故・安倍晋三元首相シンパとの確執もささやかれる。

そうした中、防衛問題の専門家たちが懸念するのは、金額の多寡ではなく、果たして予算交渉のプロセスで的確な判断が下されるのか否かだ。

2023年度予算の概算要求について、防衛省内であいさつする浜田靖一防衛相(2022年8月31日、時事)
2023年度予算の概算要求について、防衛省内であいさつする浜田靖一防衛相(2022年8月31日、時事)

論争の的となりそうな2つの事業

論争性が高い2つの事業を見てみよう。1つはスタンド・オフ防衛能力の目玉である「12式地対艦誘導弾(SSM)」の能力向上型。もう1つは、総合ミサイル防衛能力の目玉となる「イージス・システム搭載艦」だ。このどちらも見逃すことのできない問題を抱えている。

12式SSMの能力向上型は、現在の200キロ近い国産巡航ミサイルの射程を5倍以上の1000キロ超に延伸し、地上からだけでなく、艦艇や戦闘機からも発射できるようにするもの。発射地点にもよるが、射程が1000キロに伸びれば、中国の沿岸部や北朝鮮の内陸部などが圏内に入る。中国とのミサイルギャップを穴埋めしようという狙いなのだろうが、そもそも日中のギャップがどのくらいあるのかを知らないと正しい議論はできない。

米国防総省が2021年に公表した「中国に関する年次報告」によると、中国が保有する地上発射型の中距離ミサイル(500~5500キロ)は、弾道ミサイルが約1900発、巡航ミサイルが約300発、合わせると2000発を超す。第1列島線の内側に米軍などを寄せ付けないA2AD戦略の要となる武器で、核弾頭を搭載できるものが少なくない。ちなみに米国と日本は保有ゼロ。ミサイルの撃ち合いになれば、日本側は圧倒的な劣勢に立たされる。

一般的に射程の延伸には技術的に高いハードルが伴う。ミサイルの信頼性は攻撃目標を探知して誘導し、確実に打撃するターゲティング能力の高さで評価される。12式の一世代前のSSM(88式地対艦誘導弾)は、自前の探索評定レーダーだけでは、水平線の向こうを航行する敵の艦艇を探知することができない。「単独なら沿岸から40~50キロ先が限界」(陸自幹部)とされ、その弱点を補うために、海自の哨戒機が攻撃目標に近づいて相手の位置情報を収集し、そのデータを衛星通信経由で発射部隊に伝達する仕掛けになっている。

12式は飛行中に目標情報をGPS(全地球測位システム)で随時更新しながら誘導するなどの改良が施されたが、1000キロも先の内陸部にある攻撃目標を確実にヒットさせる能力の開発は、まだこれから。ちなみに米国の巡航ミサイル・トマホークは、ミサイル本体に装着された「デジタル式情景照合装置」と呼ばれる電子光学センサーによって、自ら目標を識別・探知できる能力を備えている。それらを支えるのは米軍の分厚い宇宙インフラ群だが、日本にはない。日本の防衛産業が総力を結集したとしても、トマホーク並みの能力を備えるのは至難の業だろう。

防衛省は一体どうやって1000キロ先の目標を正確に命中させるつもりなのか。哨戒機や早期警戒機は敵対国の領域には侵入できない。ただ飛ばすだけでは、軍事目標以外に当たる危険が生じる。野党や一部のメディアはこうした能力開発を「憲法に反する敵基地攻撃能力だ」と批判するが、そもそも中国や北朝鮮への抑止力としても心細いというのが実態だ。

膨れ上がる建造費

もう1つの懸念は、海上自衛隊のイージス・システム搭載艦である。同艦の建造は陸上配備型の迎撃システム、イージス・アショアの断念に伴う、いわば代替策。北朝鮮のミサイル迎撃に目的を絞り、平時から24時間、365日、常時監視する役割を担うとされる。2020年に2隻の建造が閣議決定された。明らかになっている構想では、基準排水量が約2万トン、全長210メートル以下、全幅40メートル以下。海自の最新のイージス艦「まや」と比べると、排水量で2倍以上、全長も40メートル大きい。

すでに米国企業と購入契約が結ばれているイージス・アショア用の陸上配備型の大型のレーダー「SPY7」の活用方法に困り、船に載せようと発想したことから計画がゆがみ始めた。「レーダーの消費電力が極めて高い」(海自幹部)ことに加え、長期間、日本海に停留してミサイル警戒にあたらせるため、乗員の居住空間にゆとりをもたせる必要があるとして、船体が巨大化した。

当初は北朝鮮のミサイル迎撃に特化した洋上プラットホームという位置付けだったのが、その後、しだいに欲張って12式SSM能力向上型を積んだり、中露の極超音速兵器に対処したりする役割をも期待されている。かくして建造費はうなぎのぼりに増え、イージス・アショアの導入費の約4000億円を上回るのではと危ぐされる始末だ。

SPY7艦を巡る対立の構図

コストよりもさらに致命的な問題は、果たして米海軍のシステムとの互換性が確保できるのかどうかだ。SPY7はもともと将来の極超音速ミサイルなどの米本土攻撃に備え、ロッキード・マーチン社が開発し、アラスカ州に設置した長距離識別レーダー(LRDR)の次世代技術をベースにしている。艦艇への搭載は想定していなかった。他方、米海軍は現在、イージス艦の防空レーダーとして使っている米レイセオン社のSPY1を順次、同社が開発した次世代型のSPY6へと更新する過渡期にある。

米海軍はSPY6をイージス艦のみならず、空母や揚陸艦にも搭載する計画だ。それによって、敵のミサイルなどの位置情報を複数の艦艇や航空機のネットワークで共有し、確実に撃破する共同交戦能力(CEC)システムを運用する構想を持っている。海自が保有する 8隻のイージス艦にも、将来はSPY6が積まれるのは確実で、SPY7を積んだイージス・システム搭載艦だけが別規格の艦艇となってしまう。

レイセオン社によると、SPY7との直接の連接は、現在のところ計画されていない。日本が独自に建造するイージス・システム搭載艦と米海軍のシステムとの連接は一体、どうなるのか。問題に詳しい軍事専門家は「日本政府が自前でロッキード社や米軍当局と交渉し、互いが連接できるようにシステムを改造するしかない」と言う。そのためにかかる莫大な開発経費は、もちろん日本側の負担になるだろう。

さらに言えば、自衛機能が乏しいSPY7艦をどうやって護衛するのかという運用上の問題も小さくない。陸上にイージス・アショアを設置することで、虎の子のイージス艦を日本海でのミサイル監視から解放して南西諸島防衛に専従させるというのが、そもそもの原点だったはず。このままでは本末転倒になってしまう。

実は、こうした事情を自民党の国防関係議員の一部や海自側のOBたちはよく知っている。意見は多少割れてはいるが、おおむねSPY7艦は不評で、単に巨大なだけの「令和の戦艦大和」と揶揄(やゆ)する声も聞こえる。防衛省内からさえも、「予算交渉の駆け引きの材料になる公算が高い」(同省幹部)といった投げやりな見方がささやかれている。一方、SPY7艦を支持するのは、旧安倍派の一部議員など安倍元首相の流れくむ議員たちで、「反対派」との対立が続いている。

来年度の概算要求には他にも問題点があるが、少なくともこの2つの大型事業は早々に厳格な検証が必要だ。まず求められるのは、国会のみならず国民も十分に判断できるようなデータや情報の公開だろう。「令和の大軍拡」が後世、取り返しのつかない大失敗のそしりを受けないためにも、最善の選択に向けた賢明な議論を重ねてもらいたい。

バナー写真:陸上自衛隊奄美駐屯地(鹿児島)で行われた日米共同対艦訓練で、同訓練に参加した陸自の12式地対艦誘導弾の発射装置(2022年08月31日、時事)

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