バイデン流の安保戦略は大丈夫か?: 「統合抑止」や気候変動

国際・海外

米国のバイデン政権が10月に発表した「国家安全保障戦略」など国防・安保の基本方針。これに対して提起されている疑問や懸念の声などについて、詳しく解説する。

バイデン米政権は10月、米国の外交・安全保障政策の指針となる「国家安全保障戦略」(National Security Strategy:NSS)と、これを受けた国防・軍事政策の指針「国家防衛戦略」(National Defense Strategy:NDS)、核戦略の指針となる「核態勢の見直し」(Nuclear Posture Review:NPR)を相次いで公表した。ウクライナを侵略するロシアを「差し迫った脅威」とし、台湾を威嚇し続ける中国を「国際秩序の改変を狙う唯一の競争相手」と位置づけるなど、基本的に中ロ両国を「長期にわたる大国間競争の戦略的ライバル」と規定したトランプ前政権の方向性を踏襲している。しかし、一連の戦略文書の公表が政権発足の1年9カ月後と大幅に遅れたことをはじめとして、具体的な方策や取り組みをめぐって早くも米国内で疑問や懸念が示されている。

なぜ遅れたのか

バイデン政権は発足後間もない2021年3月、NSSの策定に向けた「暫定指針」を公表し、「年内にも正式文書を完成させる」と意気込んでいた。ところが、ブリンケン国務長官が米中関係を「21世紀最大の地政学的試練」(同年3月3日、国務省演説)と述べていたように、当初の草案は中国がもたらす脅威とその対処に大きく傾斜していた。決してロシアを無視していたわけではないが、ロシアの脅威は米国が直面する安保課題のうちで▽中国▽新型コロナ▽気候変動▽米経済再生――に次ぐ5位に過小評価されていた(※1)。このため同年夏以降、ロシアがウクライナ侵略に突き進む兆候が強まるにつれて、草案の大幅な再考と修正が必要となり、公表が大幅に遅れる要因になったとされている。

NSSの最終確定版では、ロシアを喫緊の脅威とし、中国を長期的競争の主敵と色分けした上で、両国を含む「権威主義(専制主義)国家」と、米欧日などの「自由・民主主義国家」との競争・対立という図式をようやく描き上げた。それでも中国対処に傾斜し過ぎて、プーチン・ロシア政権の侵略行動を正確に予測できなかったことは事実だ。トランプ政権のNSS公表(2017年12月)は政権発足後11カ月だったことと比べても、外交・安保チームを率いる大統領、国務長官、サリバン国家安全保障担当補佐官らの認識が甘かったために迷走したのではないか――との批判は避けられない。

不透明な「統合抑止」の概念

次に米専門家らの批判を浴びているのは、バイデン政権が国家安全保障の柱として打ち出した「統合抑止」(Integrated Deterrence)という概念だ。NSSでは、その概要を以下のように説明している(※2)

「われわれの戦略は、仮想敵国による敵対的行動の代償が彼らの利益よりも上回ることを確信させるための継ぎ目のない能力を組み合わせた『統合抑止』に依存する。これには以下を含む。」

  • 軍事(陸、海、空、サイバー、宇宙)および非軍事(経済、技術、情報)の領域を網羅した統合
  • 地域を超えた統合
  • 武力衝突に至らないグレーゾーンを含む紛争の局面を網羅した統合
  • 外交、情報、経済、軍事等の米政府諸機関を網羅した統合
  • 同盟・パートナー諸国の軍事、外交、経済協調を網羅した統合

要はオバマ政権以降、単独では「世界の警察官」の役割を果たせなくなった米国にとって、同盟・パートナー諸国に一定の肩代わりを委ねつつ、同時に軍事・非軍事のあらゆる領域や紛争における局面を統合して敵に対抗する。その際、政府諸機関・省庁は一丸となって抑止力の増大に向けて連携・協調するという考え方のようだ。

だが、こうしたアプローチは、既にトランプ前政権下でも中国との競争に関して「政府一体で取り組む態勢」(a Whole-of-Government approach)が掲げられていた。政府の取り組みに関しては同工異曲と言われてもやむを得ないだろう。オースティン国防長官が主管したNDS(国家防衛戦略)でも、「統合抑止」が中核に位置づけられ、「他省庁や同盟・パートナー諸国との緊密な連携の下に、国防総省のあらゆる手段を活用することだ」と説明している(※3)。同盟諸国との連携に加えて、外交、経済、金融、情報などの国力を挙げた取り組みは、冷戦時代に米国がやってきたことでもあり、「歴代の政権が呼びかけていたことで、特に目新しい要素はない」と批判されている(※4)。国防当局が果たすべき責務は、人目を引くキャッチフレーズを売り込むことよりも、いかに米軍の能力や兵器体系の弱点を補い、充実強化するための具体的方策を示すべきだという厳しい意見もある(※5)

「脱炭素」のこだわり

バイデン大統領はNSSにおいて地球温暖化などの気候変動問題を「あらゆる国にとっての実存的課題」と位置づけ、中露との戦略的競争に臨む一方で、脱炭素や気候変動などの「共通課題では協力と協調を仰ぐ」としている。

2020年の大統領選当時からバイデン氏が公約で「気候変動は最大の実存的脅威」と訴えていたのは周知のことだが、NSS全48ページの中で「気候変動」の語が65回も登場するというのは、かなり異例のこだわりといえよう(※6)。これを国家安全保障の最重要課題の一つに掲げたことに対し、民主党リベラル派は歓迎しているものの、共和党では保守派を中心に「米国の崩壊をたくらむ(中ロなどの)敵に協力を求めるとは幻想でしかない」といった反発が出ている。「競争と協調」の思考は、「軍事よりも外交」を掲げるバイデン政権の対中戦略の要といえるが、中露がこうした姿勢を「米国の弱み」と解釈してつけ込もうとする恐れもあり、要注意だろう。

中ロとの核対峙

核戦略の指針となるNPRは今回、NDSに組み込んだ形で公表された。焦点となるのは急速な拡大を続ける中国の核戦力だ。

異例の3期目入りを果たした習近平政権の中国は「今後10年内に1000発の核弾頭を保有する」と想定されている。NPRはこれを踏まえて「2030年代までに米国は歴史上、初めて二つの主要な核保有国(中露)を抑止しなければならなくなる」と分析した。その上で、「通常戦力と核戦力をより統合した形で米国や同盟諸国の抑止力を強化していく」としたのは正しい方向といえる。この点はNSSでも強調され、ウクライナや台湾問題も含めて、米国が中ロの核、通常戦力といかに対峙していくかをめぐって「今後10年間が決定的に重要になる」と指摘している。

だが、重要なのはそのための具体的な処置や方策を示すことだ。もともと「核なき世界」を訴えたオバマ政権の系譜を継いだバイデン氏は、核兵器の役割を限りなく減少させたいのが持論で、今回のNPRでも、「核の先制不使用」などにこだわる政権内の核軍縮派の意向が強くなりがちだったという。だが、それでは日本などの同盟国に対する「拡大抑止(核の傘)」の効力が致命的に弱体化してしまうため、同盟諸国の強い反発が予想されていた。とりわけ今後の10年間は、決定的に重要な「核の二正面対峙」を迎えるとあって、「先制不使用」論などが封印される結果となった。

それでも、中ロでは核運搬手段としての極超音速兵器の開発などが続いている。にもかかわらず、前政権下で決まった米国の海洋発射型の核搭載巡航ミサイル(SLCM)の開発計画は中止されてしまった。オースティン国防長官は「米国の核兵器は現状でも潤沢だ」としているが、本当にそうなのか。中ロの核戦力増強に対応していく上で、さらなる検証が必要だろう。

バナー写真:カンボジア、インドネシアなどでの国際会議の日程を終え、専用機の給油のためホノルルの米軍基地に立ち寄ったバイデン米大統領=2022年11月16日(AFP=時事)

(※1) ^Biden’s Disappointing National Security Strategy,” by Matthew Kroenig, deputy director of the Atlantic Council’s Scowcroft Center for Strategy and Security, and Emma Ashford, senior fellow with the Reimagining U.S. Grand Strategy program at the Stimson Center, Foreign Policy, Oct 21, 2022.

(※2) ^2022年版米国家安全保障戦略』22頁。National Security Strategy, October, 2022. p.22.

(※3) ^2022年版米国家防衛戦略』のオースティン国防長官による序文。2022 National Defense Strategy.

(※4) ^Experts React: The Biden Administration’s National Defense Strategy Was the National Defense Strategy worth the wait?”, Stimson Center, November 2, 2022.

(※5) ^Three key takeaways from the Biden administration’s National Security Strategy,” by Valerie Insinna, Breaking Defgense, October 14, 2022.

(※6) ^ 同上。

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