プーチンの命運:ロシア権力の今後の行方は?

国際・海外

日本人としてロシアの外交官養成機関を始めて卒業し、ソ連崩壊後の同国で長く暮らした“ロシア・ウォッチャー”の筆者が、今後の権力の行方について、考えられるいくつかのシナリオを解説する。

3つの敗北

ウクライナ戦争で、ロシアの劣勢が続いている。これまでの戦局を振り返ってみよう。2月24日にウクライナ侵攻を開始してから、ロシア軍には大きな敗北が3回あった。

1回目は、首都キーウ攻略に失敗したこと。プーチンは当初、「ウクライナ侵攻は、2~3日で終わる」と見ていた。「ゼレンスキーは逃亡し、キーウは速やかに陥落するだろう」と。しかし、ロシア軍はキーウを落とすことができなかった。

ウクライナと、ロシアが併合したと主張する地域

2回目は9月11日、ハルキウ州での戦いに大敗したこと。プーチンは、この敗北に衝撃を受け、二つの重要な決断を下している。9月21日に「動員令」を出したこと、そして9月30日にルガンスク州、ドネツク州、ザポリージャ州、ヘルソン州をロシアに併合したことだ。

3回目の敗北は、11月11日にヘルソン州の首都ヘルソン市を失ったこと。ロシアは、9月末に「併合した」州の州都を、40日後に奪われてしまった。この事実は、これまでプーチンを支持してきたロシア国内の極右勢力をも激怒させている。

プーチンの世界観に大きな影響を与えたとされる地政学者アレクサンドル・ドゥーギンは、ついにプーチン自身を批判しはじめた。

時事通信が11月14日に配信した記事を見てみよう。

ドゥーギン氏は10日、通信アプリでヘルソン市撤退について「ロシアの州都の一つ」を明け渡したと指摘し、完全な権力を与えられた独裁者は、国民や国家を守るものだと強調。失敗時には、英人類学者フレイザーの古典「金枝篇」中の「雨の王」の運命をたどるとした。干ばつ時に雨を降らせられない支配者が殺されるとの内容を指しているとみられる。

つまりドゥーギンは、「領土を守れないプーチンは、殺される」といっているのだ。

ロシア権力の行方

ウクライナ侵攻前、プーチンは絶対的な独裁者としてロシアを支配していた。現在も独裁者ではあるが、度重なる敗北で、その「絶対性」は揺らいでいるように見える。これから、ロシアの権力はどうなっていくのだろうか?

第1のシナリオは。ウクライナ戦争の行方に関わらず、プーチンが権力を維持していくことだ。プーチンの強さの源泉は、マスコミ(特にテレビ)を完全に支配していることにある。ロシアのテレビでは、プーチン批判は一切聞かれない。そして、強力なプロパガンダが行われ、成果を上げている。

例えばロシア国民の多くは、「ゼレンスキー政権はネオナチだ」「西側の指導者たちは悪魔主義者だ」「ロシアがウクライナを攻めなければ、ウクライナがロシアに攻め込んできた」などの情報を事実と認識している。

「悪魔主義」に関しては、プーチン自身が9月30日の演説で以下のように語った。

「西側エリートの独裁は、西側諸国の国民を含むすべての社会に向けられている。全員への挑戦状だ。このような人間の完全否定、信仰と伝統的価値の破壊、自由の抑圧は、宗教を逆手に取った、つまり完全な悪魔崇拝の特徴を帯びているのだ」

これらの情報を国民に信じさせることができる。ロシアのプロパガンダがいかに強力か、ご理解いただけるだろう。このため、ウクライナ戦争の失敗についても「プーチンは、何の責任もない」とプロパガンダ工作することで、権力を保持し続ける可能性は確かにある。

第2のシナリオとしては、プーチンが死亡したり、あるいは健康上の理由で執務を遂行できなくなったりするなどして、他の人物に権力が移ることが考えられる。

現在70歳で、ロシア人男性の平均寿命をすでに2歳超えているプーチンについては、「病気説」が広く語られている。今まで報道されたものは、「すい臓がん」「咽頭がん」「血液のがん」「パーキンソン病」「精神疾患パラノイア」など。真相は不明だが、病気が理由でプーチンが、他の人物に大統領の座を譲る可能性はある。それでも彼は、健康が許す限り、「黒幕」として政界を支配しようとするだろう。

側近の「失脚」相次ぐ

では、「プーチンに代わる人物」は誰になるのだろうか?プーチンには、大きく2つの支持層がある。「オリガルヒ」(新興財閥)と「シロビキ」(諜報、軍、警察など)だ。プーチンにより近いのは「シロビキ」だ。

「シロビキ」には、6人の「大物」がいる。ショイグ国防相、ゲラシモフ参謀総長、ボルトニコフFSB(連邦保安局)長官、ナルイシキン対外情報庁長官、ゾロトフ・ロシア国家親衛隊隊長、パトルシェフ安全保障会議書記だ。ところが、ウクライナ侵攻で6人のうち5人までが、「傷」を負ってしまった。

まずショイグ国防相。彼はウクライナ侵攻前まで、後継者の最有力候補だった。しかし、ウクライナ電撃戦に失敗。戦争が長期化したことで、プーチンの信頼を失った。ゲラシモフ参謀総長も、ショイグと同じ理由で、影響力を失っている。

次にボルトニコフFSB長官。彼も、「電撃戦失敗」の責任を取らされる立場だ。プーチンは、FSB第5局からの「楽観シナリオ」に基づいてウクライナ侵攻を決断したからだ。FSB第5局の上げた報告は「ロシア軍が来れば、ゼレンスキーは逃亡し、政権は短期間で崩壊する」「ウクライナ国民は、ゼレンスキー・ネオナチ政権にうんざりしており、ロシア軍に花束を持って大歓迎するだろう」というものだった。

ところが実際は、ゼレンスキーは逃亡せず、ウクライナ国民は強い抵抗を続けている。FSB第5局のベセダ局長は処分されたが、彼の上司ボルトニコフもウクライナ戦争後には責任を問われるだろう。いずれにしても、ボルトニコフはプーチンからの信頼を失っている。

ナルイシキン対外情報庁長官。彼は2月21日、「ルガンスク人民共和国、ドネツク人民共和国独立承認」の是非を問われ、「西側に最後のチャンスを与えましょう」と発言。これで、忠誠心を疑われることになった。

ゾロトフ・ロシア国家親衛隊隊長はどうか。ロシア国家親衛隊員の中で、「ウクライナの戦場に行きたくない」と辞める人が続出している。この件で、ゾロトフはプーチンの信頼を失った。

というわけで、ウクライナ侵攻後、シロビキの有力者6人のうち5人がプーチンの信頼を失った。そして一人だけ「無傷」なのが、ニコライ・パトルシェフ安全保障会議書記だ。プーチン政権の名目上のナンバー2は、首相のミシュスティンである。しかし、実質的なナンバー2は、このパトルシェフだ。

パトルシェフ農業相に注目

ニコライ・パトルシェフとは、どんな人物なのか?1951年生まれ。プーチンと同じくレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)に生まれ、レニングラード造船大学を卒業後、KGBに勤務する。99年8月、プーチンの後を継いで、FSB長官に。2008年からは、安全保障会議書記を務めている。彼は、プーチンと同じ市で生まれ、KGB、FSBで出世し、プーチンと同じ世界観を持っている。だから、プーチンが「現状最も信頼している男」なのだ。

ところが、パトルシェフは次期大統領候補には挙がっていない。なぜだろうか?問題は年齢だ。パトルシェフは今年、71歳になる。ロシア人男性の平均寿命は68歳なので、彼は「平均寿命プラス3歳」だ。日本人男性の平均寿命は82歳だから、日本でいえば、「現在85歳」といったイメージになる。大統領になるには少々歳をとりすぎている。

ロシアのドミトリー・パトルシェフ農業相=2021年11月撮影(タス=共同)
ロシアのドミトリー・パトルシェフ農業相=2021年11月撮影(タス=共同)

そこで、「後継大統領候補」に浮上してきたのが、パトルシェフの長男、ドミトリーだ。現在44歳で、農業大臣という職にある。その前は、ロシアの大手銀行VTBの副頭取、ロスセリホズバンクの頭取、ガスプロムの取締役などを務めていた。要するに、ドミトリー・パトルシェフを大統領にして、プーチンとニコライ・パトルシェフが「院政」を行うというシナリオだ。

その他にも、メドベージェフ前大統領、キリエンコ元首相、ソビャニンモスクワ市長、ミシュスティン首相などが、「後継者候補」といわれている。だが、プーチン最大の支持基盤は「シロビキ」であり、「シロビキ」最大の大物がパトルシェフであること、そしてプーチンが彼を最も信頼していることを考えると、パトルシェフファミリーが「権力の座」に最も近い」といえるだろう。

バナー写真:モスクワ郊外の大統領公邸で、オンラインで開催された安全保障会議で演説するロシアのプーチン大統領=2022年10月19日(AFP=時事)

ロシア プーチン ウクライナ侵攻