「スポーツウォッシング」に批判が高まる巨大イベント ―札幌五輪招致に立ちはだかる難問

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サッカー・ワールドカップ(W杯)を巡り、開催国カタールでの外国人労働者に対する人権侵害や性的少数者への差別が問題になっている。こうした批判を通じて目に付くようになったキーワードがある。「スポーツウォッシング」という言葉だ。スポーツの巨大イベントを開催することで、社会が抱える問題を洗い流して大衆の関心を遠ざける、という意味がある。昨年の東京五輪・パラリンピックも新型コロナウイルス禍の社会不安を押し切って大会を強行開催し、多くの批判を浴びた。来年秋には2030年冬季五輪の開催地が決まる。世間の厳しい目が注がれる中、招致を目指す札幌市にも難問が次々と立ちはだかる──。

「染みのついた評判」を洗濯

米国の政治学者で反五輪運動の主張を展開するジュールズ・ボイコフ氏が著書『オリンピック 反対する側の論理』(作品社)の中で次のように述べている。

「オリンピックが、開催地がスポーツウォッシングをする絶好の機会になっているのは、歴史が証明している。スポーツイベントを使って、染みのついた評判を洗濯し、慢性的な問題から国内の一般大衆の注意をそらすのだ。開催国が権威主義体制なら、五輪を開くことで、世界の関心が劣悪な人権状況に向かわないようにできる」

ボイコフ氏はそのような例として、ロシアや中国で開かれた五輪を挙げている。もちろん、独裁的な全体主義国家だけではない。今や五輪やW杯の開催地には批判がつきまとい、社会の不信が増幅しているといえるだろう。

東京大会も、東日本大震災からの「復興五輪」を強調して被災地が抱える数々の問題を覆い隠し、さらにコロナの感染拡大に不安が高まる中、政治主導で大会を強行開催した。要した総経費はインフラ整備なども含めて3兆円超にも膨らみ、大会後には協賛社選びを巡る汚職や談合疑惑といった不正の実態が表面化した。世間の批判は高まる一方だ。

札幌招致で東京の問題は洗い流せない

札幌市は11月初め、開催概要計画の「更新版」を発表した。昨年11月に続いて再び計画が見直され、その中に「透明性・公正性の高い組織運営の実現に向けて」という項目が新たに加えられた。

札幌市の秋元克広市長と日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長が、連名で直筆のサインをした文書にはこう記されている。

「東京2020大会組織委員会の元理事が受託収賄容疑で逮捕される事案が発覚しました。この事案は、東京2020大会組織委員会に関する事案であり、現在の招致活動とは直接の関係はありませんが、招致活動に取り組む我々は、本件によりオリンピック・パラリンピック全体のイメージが大きく損なわれていることを十分に認識する必要があります」

それにしても、「現在の招致活動とは直接の関係はありません」とあえて表現しているのには首をかしげざるを得ない。札幌の大会運営では、マーケティング事業における広告代理店のあり方や組織委員会の意思決定プロセスを検討するというが、日本で再び五輪を開催するというのであれば、「直接の関係はありません」ということなどあり得ない。真摯(しんし)に問題の本質と向き合う態度が欠落しているのではないか。

JOCは事件の検証に自ら着手するわけでもなく、札幌の招致に前のめりになって、今回の問題を「ウォッシング」しようとしているかのようにも映る。五輪にまとわりつく商業主義の暗部に手をつけなければ、不正がはびこる利権構造を拭い去ることはできない。五輪運動のあるべき姿を取り戻すためにも、JOCの責任はきわめて重い。

開催計画への疑問も増すばかり

札幌の計画を見直すに当たり、新たな問題も浮かび上がってきた。日本スケート連盟がフィギュアスケートとスピードスケートの競技会場における問題を指摘しているというのだ。

フィギュア会場は札幌市東区の「スポーツ交流施設コミュニティドーム(つどーむ)」である。すぐ近くには、道内発着便を中心とする丘珠空港があり、飛行機の騒音が競技に支障をきたす可能性があるという。

スピードスケート会場は、帯広市の「帯広の森屋内スピードスケート場(明治北海道十勝オーバル)」が予定されているが、客席は仮設を含め2255席に過ぎない。1998年長野冬季大会が行われた長野市のエムウェーブは6500席があり、それに比べれば、帯広のリンクは大幅な不足が予想される。

東京五輪でも、マラソンをはじめ、複数の競技会場が招致決定後に変更となり、大会の計画が大きく見直された。フィギュアスケートやスピードスケートは冬季五輪の根幹をなす人気競技である。その会場設定にまだ問題が残っているというのは、非常に気掛かりだ。

秋元市長は定例の記者会見で「東京大会の時には、開催決定後にさまざまな変更が議論されたことが、いろいろな課題の一つとして指摘されていたと認識している。そういう意味では、招致決定後に会場変更がなされることがないよう、招致の段階で話を詰めていく必要がある」と述べている。

今回の計画再修正で、大会経費も昨年11月段階から170億円増額され、総額2970億~3170億円になった。物価の高騰や為替相場の変動が理由だ。施設整備の資材費が上がり、円安も進んでいる。前回の計画では「1ドル=109円」で試算していたが、今回は「1ドル=135円」で積算したという。こうした費用は今後もまだ変わる可能性が十分ある。

大会運営費をすべて民間資金で賄うと公言していることも不安材料だ。五輪に対する世の中の理解を得にくい中、協賛社がどれだけ集まるのか。2200億~2400億円と見込む運営費をスポンサー料やチケット収入で賄えなければ、国民の税金で赤字を補塡(ほてん)することになる。

是非は改めて住民投票で

札幌以外では、バンクーバー(カナダ)、ソルトレークシティー(米国)が名乗りを上げている。しかし、バンクーバーは地元ブリティッシュコロンビア州政府が「費用を試算し、政府の優先事項に反していると判断した。住民のために使うべきだ」と招致への不支持を発表した。ソルトレークシティーは、2028年夏季大会がロサンゼルスで開かれるため、その2年後の開催に対して米国内では消極的な声が多く、むしろ34年大会を望む意見が強まっているようだ。

国際オリンピック委員会(IOC)は当初、今年中に2030年大会の候補地を一本化し、来年5~6月にインド・ムンバイで開く総会で正式決定する方針だった。ところが、IOCは総会を来年9~10月にずらし、決定もそこまで遅れるという。候補地一本化の時期は明らかになっていないが、これに引っかかってくるのが、来春の札幌市長選だ。

市長選には、現職の秋元氏が近く3選出馬を表明するものとみられているが、その対抗馬として、元札幌市市民文化局長の高野馨氏が無所属での立候補を既に明らかにしている。

高野氏は「最大の争点は2030札幌冬季五輪招致の是非に有ると考えています。今後は、市長選をYESかNOかの事実上の『住民投票』と位置付け、札幌市民に信を問いたい」とツイッターにも投稿しており、招致の先導役を務めてきた現職・秋元氏との対決姿勢を鮮明にしている。

だが、市長選の結果がそのまま招致の賛否を示すものといえるかどうかも悩ましい問題だ。選挙の争点は一つとは限らないからだ。一方、五輪の開催を希望する都市は世界的に減りつつある。IOCも難しい判断を強いられるに違いない。

スポーツの熱狂や興奮に便乗し、その影で巨大イベントの利益ばかりを求めるような大会にもはや賛同は得られない。招致の妥当性を問うのであれば、やはり住民が将来の札幌の姿を考え、自らの意思を示す機会を設けなければならない。そのためにも改めて住民投票を行うべきではないか。

バナー写真:札幌オリンピックミュージアム前に設置されている五輪のシンボルマーク。奥は大倉山ジャンプ台(札幌市中央区) 時事

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