岸田政権発足1年:「分からない」軸となる政策

政治・外交

2021年10月に岸田文雄政権が発足して1年余り。今年7月の安倍晋三元首相銃撃事件発生後、旧統一教会問題や国葬をめぐる問題もあり、内閣支持率は低下している。筆者は、政権の軸となる政策の「分かりにくさ」に国民が困惑し、それが支持率低下の一因になっているのではと指摘する。

参院選勝利直後の「暗転」

政権が発足した当初、岸田文雄首相が最も重視した課題は、選挙に勝つことだった。政権発足後10日で衆議院解散を断行し、衆院選を戦った。今年7月の参院選でも順調に勝利した。こうして獲得した政治資本(ポリティカル・キャピタル)を使って政策を推進し、長期政権につなげる。岸田首相は、第二次政権を樹立した直後の安倍晋三元首相と、ほぼ同じ政治戦略を描いていたと考えられる。

安倍・菅両政権は官邸の陣容にみられるように連続性を持ち、長期政権の弊害や国民の分断を招いたとも指摘されていた。自民党総裁選で菅首相が推す河野太郎候補を破って岸田政権が誕生したことは、「疑似政権交代」であり、国民のなかにもある種の期待が生まれていた。それは、政権発足当初の高い内閣支持率に示されている。

ところが、2度の国政選挙に勝利するという課題を達成した直後、岸田首相の政治戦略は暗転する。旧統一教会問題や安倍氏の国葬に対する世論の批判に加え、3人の閣僚の不祥事が次々と明らかになり、辞任に追い込まれたことで、内閣支持率が急落した。先の臨時国会で被害者救済新法を成立させ、ようやく旧統一教会問題を収束させる手がかりを得たものの、政治資本が大きく損なわれたことは間違いない。

ただ、内閣支持率はまだ3割程度あり、12月の世論調査で下げ止まった数字も出ていることから、「危険水域」に入ったとまではいえない。年が変わり、首相が新たなメッセージを発して政権を浮揚させられるか、勝負どころだ。

「分かりにくい」軸となる政策

岸田首相は自分の政権で何をしたいか、何をやり遂げたいのか。それが明確なメッセージとして国民に伝わっていない。二度の国政選挙で勝利して、これからというところなのに、そのことに国民は失望している。内閣支持率がいま一つ高まらない一因であろう。

過去の長期政権をみると、小泉純一郎元首相は郵政民営化をはじめとする構造改革をぶれずに掲げたし、安倍元首相が打ち出した政策は、「戦後レジームからの脱却」を目指して憲法改正を行い、国力を高めるという目標に沿うもので、功罪は別にして、分かりやすいものだった。新型コロナのまん延で短命に終わったが、菅元首相は「携帯電話の料金値下げ」や「社会のデジタル化」など、身近で分かりやすい個別的な政策を提示した。

岸田政権の場合、看板政策は「新しい資本主義」だが、1年経った今、この政策への理解は深まらず、逆に分かりにくさが増す一方だ。

「新しい資本主義」では当初、分配の側面が強調されていた。「賃上げ」を重視する、どちらかといえば野党的な色合いを帯びていた。ところが、次第にトーンダウンし、「成長と分配の好循環」というアベノミクスに回帰していった。年末の税制改正では、個人投資家を対象にした優遇税制「NISA」の拡充をはじめ、いつの間にか「投資」の側面がクローズアップされている。

ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー不足を背景として、GX(グリーントランスフォーメーション)関連で押し出されてきた原発の再稼働、運転延長、次世代型原発建設という一連の政策も、これが政権の軸になる政策かというと、国民にはやや唐突感がある。

結局のところ、「新しい資本主義」は、岸田氏を首相に押し上げるために、「宏池会(岸田派)らしさ」でお化粧をさせて作り出したキャッチフレーズにすぎなかったのではないかと感じてしまうような現状だ。物価高対策にせよ、防衛力の強化にせよ、それなりの政策を講じているとはいえ、目の前の懸案に地道に取り組んでいるにとどまるという印象が強い。

政権運営面でもほころびが見える。官邸機能がうまく働いていない。防衛費増額をめぐる財源確保問題で、安倍氏に近かった閣僚や議員から反対論が噴出したのは明らかな失態だ。首相の指導力不足や根回しの欠如がうかがわれる。安倍政権では、このようなことはなかった。

分断から包摂へ、発想転換を

岸田首相は臨時国会を終え、2023年はまず外交面で得点を稼ぎ、政治資本の回復を狙っていくだろう。年明けに、訪米と日米首脳会談の計画がある。また、23年は日本がG7(主要7カ国)議長国で、サミットを首相の地元の広島で開催するという大舞台も予定されている。韓国との関係改善も進みそうだ。2015年の慰安婦問題での日韓合意は、岸田首相が外相時代にとりまとめたもので、懸案解決への強い思いもあるだろう。

岸田政権として、これまでの政権で解決できなかった重要な課題に取り組むことも一つの手だ。例えば、安倍、菅両政権が普天間飛行場の辺野古移設を推進した結果、分断された政府と沖縄県の関係改善だ。現状は、国民統合の観点からも、安全保障の観点からも望ましくない。沖縄県との対話に向かうことはできないだろうか。

また、「新しい資本主義」についても原点に戻って、賃上げを最大限推進していくことが求められる。民間はもちろん、公務員の賃上げも欠かせない。地方経済にとって、公務員の賃金上昇がもたらす効果は大きい。首相と連合会長が労働政策などを協議する「政労会見」を再開し、政労使が一体となって賃上げを推進する体制を整えるべきだ。

政労会見は2012年の第2次安倍政権発足以降は実施されず、両者の会談はあっても非公式の位置付けだ。沖縄県や働く人々などを「包摂」する方向に転換することこそ、岸田政権らしい取り組みではないか。

23年後半は解散含みの政局も

いったん低下した内閣支持率を回復させるのは容易ではない。しかし、岸田首相は衆院選、参院選と2回の選挙に勝利したリーダーであり、自らの判断以外に首相の座をおろされることは当面ない。

来年の政局は、再来年の秋に予定される自民党総裁選をにらみながら進んでいくはずだ。首相が自民党総裁選で勝利しようと考えるならば、それまでに衆院選を行い、勝利しておきたいところで、23年5月のG7広島サミットを終えると、内閣改造に踏み切る公算が高く、衆議院解散が視野に入ってくる。実際に解散できるかどうかは、一にも二にも内閣支持率にかかっている。

このように考えると、旧統一教会をめぐる問題に最終的に決着をつけるとともに、政権をかけて実現する政策をもう一度掲げ直し、国民の支持を高めていくことが、長期政権への条件になる。2023年は、岸田政権の命運を決する年になりそうだ。

バナー写真:政権発足から1年を迎え、記者団の取材に臨む岸田文雄首相=2022年10月4日、首相官邸(時事)

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