日本の防衛費大幅増額が意味するもの:「増税」方針に揺れる世論

政治・外交

2023年度からの5年間で総額43兆円、27年度にはGDP(国内総生産)比で2%に膨れ上がる防衛費。大幅増の意味を多角的に分析する。

日本の安全保障・防衛政策は大きな転換点を迎えた。2022年12月に決定された新たな国家安全保障戦略、国家防衛戦略、および防衛力整備計画のいわゆる「戦略3文書」は、日本の安全保障・防衛の新たな姿を示すことになった。具体的な中身に関しては、反撃能力の保有やサイバーや宇宙の重点化などが注目されるが、ここでは、全体にかかわる重要な問題としての防衛費に着目し、大幅な増額の意味、直近の課題、そして財源問題に関する世論と政治における課題を検討したい。

今後5年で43兆円へ

今回の防衛費大幅増額に関して注目されるのは、GDP(国内総生産)比で2%という目標である。新たな防衛力整備計画が対象とする2023年度からの5年間の最終年である27年度にこれを達成するとされた。防衛費は、安倍晋三政権下で小幅な増額を続けてきたが、それでもGDP比で1%強であったため、単純に考えれば倍増に近い。

ただし、これには若干のトリックがある。GDP比2%の対象に含まれるのは、防衛省の予算としての防衛費に加え、「それを補完する取り組み」として、海上保安庁の予算や安全保障関連の研究開発費、インフラ整備など、安全保障関連経費として算出されるものである。防衛費自体は23年からの5年間で43兆円とされた。これは、従前5年間の総額だった27兆円の約1.6倍にあたる。

23(令和5)年度の当初予算案は米軍再編などを入れて約6兆8000億円になった。27年の防衛費は約8兆9000億円と計画されている。日本のGDPは現行で540兆円から550兆円であり、この2%とすれば、11兆円程度になる。したがって、27年時点で2兆円強は、他の予算から安全保障関連経費として算入される想定になる。これに何が含まれるかについては、依然として不明な点が多い。

GDP比2%は「政治的意思」

GDP比2%目標については、「数字ありき」だとの批判も根強い。岸田首相は3文書決定後の会見で、「(自衛隊の)現状は十分ではありません」と述べたうえで、GDP比2%という数字は、「防衛力の抜本強化の内容の積み上げ」であると説明した。予算不足によってこれまで手が回ってこなかった分野を集めれば、必要な金額はすぐに膨れ上がる。

他方、 GDP比2%という数字が、純粋な積み上げの結果だという説明を信じる人はいないだろう。これは象徴的な数字であるし、北大西洋条約機構(NATO)における目標値としてのGDP比2%は、特に自民党内における議論で「参考」としてたびたび言及されてきた。積み上げたら偶然2%になったのではない。

NATOにおける2%という数字にも軍事的根拠はない。2000年代半ばに、各国の国防予算のそれ以上の低下を食い止めるために、1990年代後半の平均値だったGDP比2%が持ち出され、「せめてその当時のレベルにまで戻そう」という趣旨で使われ始めたに過ぎない。

日本において長年使われてきたGDP(当初はGNP:国民総生産)比1%という数字も同様である。軍事的根拠があるわけではなく、積み上げでもない。しかし、防衛費を抑制することで、日本が再び軍事大国にならないことを示す政治的メッセージだった。その意味では、2%も同じである。日本を取り巻く安全保障環境が悪化する中で、日本が安全保障において応分の責任を果たすことへの政治的意思の表明だ。

したがって、「数字ありき」との批判はある意味で正しい。政治的な数字であることは否定できないからだ。しかし、政治の本質的な役割は資源配分である。しかもその資源には限りがある。そのため、優先順位を付けなければならない。そうした中で、「防衛を重視する」という政治の意思表示がGDP比2%なのである。

あえて加えれば、もし2%を「数字ありき」だとして批判するのであれば、防衛費の歯止めとされた1%も批判していたのでなければ筋が通らない。それこそ「数字ありき」の象徴だったからだ。ちなみに、日本を取り巻く安全保障環境がさらに悪化した場合、必要分の積み上げで予算額を決めれば、GDP比で2%では収まらず、3%やそれ以上になることも考えられる。その場合、2%は新たな歯止めとして主張されるようになるかもしれない。

抜本的強化に向け、まずは足腰強化

増額された防衛費を何に使うのか。2022年末に決定された2023(令和5)年度予算案の防衛費をみると、防衛省の考える優先順位が明らかになる。総額約6兆8000億円の中では、反撃能力を構成するスタンド・オフ能力――敵の射程圏外からの攻撃を可能とする長射程のミサイルなど――関連も多いが、従来と比較して特徴的なのは、交換部品不足を解消して可動率を上げるための装備品の維持整備費(約1.8倍となる2兆355億円)、継戦能力への不安が高まっていた弾薬の整備費(約3.3倍となる8283億円)、強靭化の必要性が指摘されていた施設整備費(約3.3倍となる5049億円、宿舎除く)などである。これに、研究開発や隊員の生活・勤務環境改善のための予算も大幅増となっている。

これらはいずれも、新たに必要になったものというよりは、これまで手当できていなかったものであり、防衛費が増額される中でようやく実現できたものということができる。施設関連では、空調関連が22年度当初予算では20億円(補正で40億円)しか認められていなかったが、23年度は424億円が計上されている。これまで自衛隊の関連施設がいかに劣悪な環境に置かれていたかを象徴的に示している。

防衛省は23年度予算を「防衛力抜本的強化『元年』予算」と呼んでいるが、実際には、反撃能力の構築などの前に、まずはこれまでの宿題を片付けることに主眼があるといえそうだ。そうした基礎がなければ、抜本的強化も砂上の楼閣になってしまう。そのことへの正しい危機感が防衛省にはあったのだろう。

増税提示に揺れる国民世論

その上で、そうした状況を見守る国民の目はどうか。2022年に入ってから、防衛費増額に対する世論の支持は高くなっていた。2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻や台湾をめぐる緊張の高まり、そして北朝鮮による記録的な頻度でのミサイル発射などで、一般の人々も日本を取り巻く安全保障環境の悪化、さらには国際秩序の動揺を意識せざるを得なくなったのだといえる。22年4月の日本経済新聞による世論調査では、防衛費をGDP比2%以上にすることに対して55%が賛成し、反対は33%だった。

しかし、「防衛強化が必要」という一般論は、「自ら負担する用意がある」ことを必ずしも意味しない。つまり「誰かがどこかで負担」するのであれば防衛費増額に賛成でも、増税などを通じて、自らの負担になるのであれば賛成できない人が多い。これは驚くには値しないだろう。

実際、同じ日本経済新聞による、3文書決定後の12月の世論調査では、防衛費を向こう5年で43兆円にすることに対して、賛成47%、反対45%と拮抗し、そのための増税について、岸田総理の説明が不十分だとする声が84%に上った。ただし、政府が増税開始の時期に関する決定を先送りしたことに対しては、「適切でない」が50%、「適切だ」が39%となった。

負担を嫌う国民感情が示された一方で、財源に関する決定が先送りされることへの不安のようなものも示されている。10月末の同じく日本経済新聞による世論調査では、防衛費増額の財源として、「防衛費以外の予算の削減」が最多の34%になり、「国債の発行」の15%、「増税」の9%を大きく上回った。ちなみに、「増額は必要ない」が31%であり、これを除けば、(防衛費増額を支持する人の中では)「防衛費以外の予算の削減」が半数近い支持を受けたことになる。

これは、国民が単に負担を嫌っているのではないことをも意味しているのだろう。もっとも、それでも、自らが利益を受けている予算が削られるとすれば、反対するかもしれないが、単に国債発行に頼ってよいという声が多数でない背後には将来への不安があるのかもしれない。そこには、揺れる国民世論が存在する。

「負担なき防衛費増額」の幻想

防衛費増額をめぐっては、増税の方針を示した岸田首相に対し、自民党内で反対の声が湧き上がった。ただ、増税反対論の中身については分類が必要だろう。マクロ経済政策として、この経済状況で増税すべきではないとの主張もあれば、財政政策として、そもそも財政赤字・政府債務の大きさは気にする必要がないという主張もある。また、外為特会などの特別会計や国有財産の売却などによる利益を活用すべきという声や、増税ではなく歳入増を目指すべきとの声もある。増税反対が一枚岩なわけではない。

今後5年間で必要となる増額分は17兆円であり、何か1つの手段によって全てをまかなうことは不可能である。増税として法人税、所得税、たばこ税の引き上げが想定されているが、そのための法案提出時期は明示されていない。実際には、増税に加え、歳出改革(他の予算の削減)や国債、特別会計など、さまざまな手段を組み合わせることになる。税収増も期待されている。岸田政権による増税方針が注目されたものの、今後5年の43兆円のうち、増税による財源確保は最終年度で1兆円程度とされる。それにもかかわらず、増税問題がここまで論争的になり、内閣支持率の低下にもつながったと考えるのであれば、問題の扱い方を間違ったというほかない。

いずれにしても、「負担なき防衛費増額」という幻想が拡大するのは問題である。国防は「誰かがどこかで負担」する他人事ではなく、国民一人ひとりの問題なのであり、そこには負担が含まれる。そしてそれに国民も気付きつつある。そのために上記のように世論は揺れているのだろう。

経済成長による歳入の自然増や国有資産の売却分を防衛費に充てることは、誰にも追加的負担がないようにみえるかもしれない。しかし、それを防衛費に充当すれば、他には使えなくなるわけであり、他の予算費目との関係ではゼロサムの関係にある。それらを合わせて、政府としての優先順位付けが問われるのである。持続可能な防衛費増額のためには、なぜそれが必要かに関する政治指導者による正直な発信がいままで以上に求められる。

(2022年12月26日脱稿)

バナー写真:艦橋から艦内放送を使い、出港ラッパを吹く海上自衛隊護衛艦「しらぬい」の乗組員=2022年11月5日、横浜市新港ふ頭(時事)

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