日本にもスポーツ賭博とネット中継が結び付く時代はやって来るのか

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欧米のように、日本でもスポーツベッティング(賭博)を合法化しようとする動きが水面下で進行している。注目されるのは、スポーツ中継のネット配信を行うメディア企業が虎視眈々とその機会をうかがっていることだ。一方、賭博解禁には慎重論も根強い。スマートフォンを手にファンが賭けに興じる時代が日本にも到来するのか──。

ベッティングサービスを視野に入れるDAZN

昨年12月、東京・国立競技場内でスポーツのデジタル・トランスフォーメーション(DX)をテーマにシンポジウムが開かれた。会場は約300人の聴衆でぎっしりと埋まった。

主催したのは「スポーツエコシステム推進協議会」という団体だ。スポーツに関する情報や映像をデジタル活用し、スポーツ産業を振興することによって、スポーツ界に資金を循環させることを目的としている。昨年1月、民間企業30社と有識者らによって設立され、今では参加企業が100社に達した。

「欧米スポーツDXの動向と日本の現在地」と題するパネルディスカッションでは、スポーツ賭博が取り上げられた。登壇した1人は、日本のスポーツ中継に衝撃を与えた英国生まれのネット配信メディア、DAZN(ダゾーン)の日本法人を代表する山田学氏。エグゼクティブバイスプレジデントという肩書を持つ山田氏は、自社の紹介をしながら将来の方針に言及した。

「今年(2022年)、DAZNグループはDAZN BETという会社を設立し、英国やイタリア、スペインでベッティングのサービスを開始しました」

現在、日本では競馬や競輪といった公営競技やサッカー、バスケットボールが対象となるスポーツ振興くじ(toto)を除き、海外のサイトであってもスポーツなどにカネを賭けることは禁じられている。

だが、今後もし合法化された場合は、日本でもDAZNの視聴者がネットで試合を見ながら、賭けを楽しむようなシステムが検討されているという。山田氏は「会員がベッティングボタンを押すと、そのままサービスに入れる。そうなれば、(ベッティングの)ユーザー獲得にもコストがかからない」と説明した。

DAZNグループの昨年の年次報告によれば、世界225カ国・地域でスポーツ映像を配信したという。2016年から各国で配信が始まり、次々とスポーツの放映権を獲得。この業界では世界屈指の規模にまで成長を遂げ、昨年からはベッティングにも乗り出したのだ。

日本ではサッカー・Jリーグと2017年から28年までの12年間で総額2239億円もの巨額放映権契約を結んでいる。ワールドカップ(W杯)アジア予選でも全試合の中継を行い、イタリアやスペインなどのリーグ戦も配信する。プロ野球も広島を除く11球団の本拠地試合を中継し、女子テニスやバスケットボール、ボクシング、モータースポーツにも触手を広げている。

今年2月14日より料金が改定され、月額視聴料が昨年の3000円から3700円となる。それ以前は1925円だっただけに、2年連続の値上げにはSNS(ネット交流サービス)上では批判も広がったが、放映権の獲得など事業拡大に投資を続けている模様だ。

もし賭博解禁の流れになれば、DAZNが提供する数多くのスポーツが賭けの対象となる可能性はある。DAZNだけでなく、IT業界を中心にスポーツビジネスの市場開拓を目指す企業が他にも名乗りを上げることだろう。

合法化の可能性はどこまであるか

しかし、導入の可否はスポーツ賭博が合法化されるかどうかにある。その意味では国会議員の動向も気掛かりだ。シンポジウムであいさつに立った自民党スポーツ立国調査会(遠藤利明会長)の幹事長、宮内秀樹衆院議員は慎重な言い回しに終始した。

「東京オリンピック・パラリンピックが終わり、スポーツ政策に多くの予算を割けない中、toto法が改正され、単一試合でも購入できるWINNERも始まった。やはりスポーツを楽しむためにもtotoのくじを購入していただくのが筋だ。そこが定着しないと、ベッティングを受け入れるまでにはいかないでしょう」

同調査会のスポーツビジネス小委員会からは「スポーツベッティングをめぐる文化的・社会的背景などの外縁について理解を深め、その活用の可能性について検討することも有益と思われる」との提言があった。

経済産業省が2020年秋に設置した「地域×スポーツクラブ産業研究会」でもスポーツベッティングが再三、議題に取り上げられ、翌21年6月に出された第1次提言には「スポーツベッティング市場の進化・拡大の姿を下敷きにして、我が国のトップスポーツの未来を考えてみてはどうだろうか」と記された。

だが、民間事業者によるスポーツ賭博を認めると、公営競技やtotoとの兼ね合いが難しい。スポーツを取り巻くビジネスのムードも高まっておらず、今のところ、賭博解禁は宙に浮いた状況と言わざるを得ない。

東京大会が終わった後、日本のスポーツ産業を取り巻く国民の目は厳しさを増している。五輪の協賛をめぐる汚職事件では、電通の元幹部らスポーツビジネスの中心を担ってきた人物に加え、スポンサー企業からも逮捕者が出た。さらに五輪のテスト大会でも談合疑惑が持ち上がり、電通だけでなく、博報堂やADKホールディングス、東急エージェンシーといった大手広告代理店にも捜査のメスが入った。現在、スポーツを支援する企業の動きは鈍く、スポーツビジネスも停滞気味だ。

不正防止に機械活用のアイデアも

懸念される八百長など不正については、機械による監視が技術的に可能という考えが関係者の間では広まっている。試合に賭けるオッズなどの動きを人工知能(AI)で把握し、不正が行われていないかを監視するという仕組みだ。すでに米国ではシステムが整備されているという。

試合中の選手の動きも詳細に追える時代だ。サッカーW杯ではVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の技術が話題になった。複数の高性能カメラを競技場に設置し、選手の動きやボールの動きを確実にとらえる。日本代表のMF三苫薫がラインぎりぎりで上げたパスがVARによって認められ、決勝点をアシストしたように、人間の目以上にビデオの精度は高まっている。もしスポーツ賭博が導入されれば、こうした技術が用いられる可能性は十分ありそうだ。

とはいえ、疑問も拭えない。八百長の取引などは裏で行われるのが常だ。機械だけで防げるものではないだろう。不正に手を染めていないか、選手や審判はAIやビデオで監視されながら競技を行い、人々がそれにカネを賭ける。そのようなあり方がスポーツ本来の姿なのか。

巨人は賭博導入に否定的な立場

シンポジウムでは、プロ野球・巨人の星晴海・総務本部長兼事業本部長も登壇し、賭博による選手への重圧について、きっぱりとこう述べた。

「ベッティングに関してですが、プロ野球は参加できない。賭博には八百長やギャンブル依存といった問題もある。インテグリティー(高潔性)を保つ上で日本社会の理解は得られないだろう。サッカーのワールドカップが示したように、スポーツの価値とはウソやまやかしがないところにある」

合法化された場合、競技団体やリーグには、賭博を行う民間事業者からデータの使用料や権利料が支払われることが想定されている。だが、巨人はその流れに加わらない方針だという。

もちろん、巨人側の考えがプロ野球全体の意見を代弁しているとは限らない。賭博導入を求めるスポーツエコシステム推進協議会には、楽天やソフトバンク、DeNAが理事企業として名を連ねている。ビジネス拡大の可能性を模索しているからだろう。

スポーツ界は今後、財政難の時代を迎えるかもしれない。今のところ、賭博導入の是非について、競技関係者から目立った意見は表明されていないが、いずれ真剣に議論しなければならないテーマだ。目先の金銭的な利益にとらわれていては、進むべき道を誤ることもある。スポーツの文化的な発展はどうあるべきかを第一に考え、将来像を描いていかなければならない。

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