NATOと日韓が連携深める:欧州とインド太平洋の安保重層化へ

政治・外交

欧州の集団防衛機構としてスタートした北大西洋条約機構(NATO)と日韓を中心とするインド太平洋諸国の間で安保協力が急速に深まっている。その最大の契機がロシアによるウクライナ侵略とアジアにおける中国の覇権主義的な行動にあることは言うまでもない。

ウクライナは「明日のアジア」

欧州大西洋とインド太平洋の急接近には、日本も重要な一役を果たしている。ウクライナ侵略開始から約4カ月たった2022年6月、マドリードで開かれたNATO首脳会議では、NATOの行動指針である「戦略概念」が12年ぶりに改訂され、ロシアを「欧州大西洋における最も重大で直接的な脅威」と位置付けたほか、中国についても「ロシアと戦略的協力関係を深めており、法に基づく国際秩序を覆そうとする試みを強めている」と断じた。この首脳会議に日本の首相として初めて出席した岸田文雄首相は、ロシアの侵略行動が「欧州だけの問題でなく、国際秩序の根幹を揺るがす暴挙」と非難し、アジアでも東シナ海や南シナ海で力を背景とした「一方的な現状変更の試みが続いている」として、「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」(※1)という強い危機感をアピールしたのである。

この直前に開かれた先進7カ国首脳会議(G7サミット)でも、岸田首相は「欧州とインド太平洋の安全保障は不可分で、力による一方的な現状変更はいかなる場所でも許さない」と力説している。こうした発言をきっかけに、欧州側でもロシア以外に中国や北朝鮮に対する警戒意識が高まり、NATO首脳会議の一環として開かれた「NATOパートナー・セッション」には加盟30カ国に加えて、主要パートナー国・機関として日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、スウェーデン、フィンランド、ジョージア、欧州連合(EU)首脳らも参加して議論を深めた。さらに、岸田首相が日本と共に招待された韓国、オーストラリア、ニュージーランドに呼びかけてNATOの「アジア太平洋パートナー(AP4)」という4カ国間の外交協議枠組みを発足させ、地域内における安保協力の重層化を進めることになった。

事務総長が日韓訪問

さらなる急接近を象徴したのは、今年1月末にNATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長が韓国と日本を訪問し、それぞれに新たな次元の安保協力を約束し合ったことだ。

ストルテンベルグ氏はまず韓国で尹錫悦大統領と会談し、岸田首相と共にNATOのマドリード首脳会議に初参加した尹氏の決断を高く評価した。尹政権は対中・対北朝鮮傾斜が指摘された文在寅前政権に代わって昨年5月に発足したばかりだが、同12月には「価値を共有する日米」との協力・連携を柱とする独自の「インド太平洋戦略」を策定し、「台湾海峡の安定が朝鮮半島の平和にも重要」と明記するなど、日米やNATOとの連携強化に明確なかじを切った。

しかも韓国は昨年夏以降、ウクライナに隣接するNATO加盟国ポーランドに戦車、自走砲などの韓国製兵器を大量に輸出し、とりわけ武器・弾薬の調達面でNATO側の期待を高めている。その背景には、侵略の長期化につれて、ウクライナを支援する米欧諸国で武器・弾薬の不足が指摘される事情がある。NATOとしてはインド太平洋への関与を深めるのと引き換えに、インド太平洋側の国々にもウクライナ支援の負担と関与を求める狙いがある。

また、日本訪問では岸田首相、林芳正外相らとの会談を通じて、「日・NATO共同声明」(※2)を発表し、▽欧州・大西洋とインド太平洋の安全保障は密接に関連▽両者の戦略的連携と情報共有の強化――などを確認した。ストルテンベルグ氏はNATO理事会、参謀長会議への日本の定期的参加の意向を歓迎し、共同演習のオブザーバー相互参加に加え、サイバー、海洋安保、偽情報対策などの幅広い分野で相互の協力を深めていくことになった。

G7サミットをジャンプ台に

NATO事務総長の日韓訪問は、今年のG7サミットで議長国を務める岸田首相が年初に欧州、カナダ、米国を歴訪した外交とも連動している。G7サミットは5月に広島市で開かれ、ウクライナ支援の強化や中国、ロシアの核も念頭に置いた「核廃絶・核不使用」、日米欧の協力の下で「自由で開かれたインド・太平洋構想」(FOIP)を実現するといったメッセージを国際社会に向けて発信する。

その2カ月後の7月には、バルト海に面するリトアニアでNATO首脳会議が開かれることになっており、昨年に引き続いて日韓を含むアジア太平洋のパートナー4カ国(AP4)が招かれる予定だ。NATO首脳会議では、ウクライナ侵略を機にNATO加盟を申請したフィンランド、スウェーデンの同時加盟が実現するかどうかも注目され、中国とロシアに向けた強力な連携と協調のメッセージを発出する重要な機会とされている。日本を除いたG7のメンバー国は、いずれもNATO加盟国でもあり、事務総長の訪問はNATOが広島G7サミットを2023年の重要なジャンプ台と意義づけていることを示しているといえる。

地道な積み重ね

日本とNATOは2010年に情報保護協定を結んでいるが、両者が緊密な協力に踏み込むきっかけとなったのは14年5月、故安倍晋三首相(当時)がブリュッセルのNATO本部を訪問し、中国の異様な軍拡に警戒を呼びかける演説を行ったことだ。安倍氏は中国による南シナ海や尖閣諸島周辺の挑発行動を例示しつつ、NATO加盟国に中国への武器輸出を厳格に管理するよう求めたほか、日本とNATOの間で共通の価値と戦略的利益に基づく相互協力を深めるための「国別パートナーシップ協力計画(IPCP)」を発表した。

当時の欧州諸国の中国に対する認識は今日と比べて雲泥の差があったものの、日・NATOの協力関係は着実に積み重ねられ、18年にはベルギーにNATO日本政府代表部が開設されて現在に至っている。ストルテンベルグ氏は訪日の際に東京都内の大学で行った講演で、中国とロシアの軍事的連携に懸念を示しながら、岸田首相に呼応するように「今日、欧州で起きていることは明日、東アジアでも起こり得る。欧州とインド太平洋の安全保障は相互に結びついている」と述べていた。欧州大西洋とインド太平洋の連携が急速に深化した直接の契機はロシアと中国の行動にあるが、背景には歴代当事者たちによる未来を見据えた地道な積み重ねの努力があったことも忘れてはならない。

バナー写真:共同記者発表後に握手する北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長(左)と岸田文雄首相=2023年1月31日、首相官邸(時事)

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