死刑現場からの声:絞首刑を行う刑務官はどんな思いで職務を遂行するのか?

政策・行政 社会

国際人権団体アムネスティの調べでは、2021年に死刑を執行した国は18カ国だった。日本はその数少ない国の一つである。複数の死刑に立ち会った元刑務官の作家が、執行までの流れと職務に対する複雑な胸中をつづる。

2022年7月26日東京拘置所で死刑が執行された。

拘置所の刑務官は経験上、この日の執行を予想し、心の準備をしていたという。2週間余り前、前代未聞の重大事件が起こっていたからだ。それは、参議院議員選挙運動期間中の7月8日、奈良市内の街頭で候補者の応援演説をしていた安倍晋三元首相が犯人手製の銃器によって殺害された極めてショッキングな事件である。

これまで社会の耳目を驚かす重大殺傷事件が起きると、死刑が執行されることがよくあった。直近では、21年12月21日に、3死刑囚の死刑執行があった。これは逃げ場のない走行中の電車内で他の乗客に対し殺意を持って次々に刃物で切りつけ、放火するといった無差別傷害事件が、8月6日に小田急線で、10月31日には京王線で相次いで起こったためだと推測された。

「また死刑の執行命令がくるぞ! 今度は誰だ?」

多数の死刑囚を収容する東京拘置所の現場刑務官の間でこんな会話がまことしやかにささやかれたという。「重大事件の死刑囚だろうな。オウム真理教の死刑囚13人は4年前の2018年サッカーワールドカップ・ロシア大会の開催中に処刑されているので、今度は秋葉原通り魔事件のK(加藤智大)かもしれない」

この予想は的中した。Kが処刑されたのだ。秋葉原通り魔事件とは、2008年6月8日(日)に秋葉原の歩行者天国で起きた無差別殺傷事件である。歩行者が行き交う大通りにKの運転する2トントラックが突っ込み多数の人をはねた後、下車してダガーナイフで通行人を次々に切りつけて7人を殺害、10人に重軽傷を負わせた重大事件である。

東京拘置所の刑務官たちは一体どんな心境でKの死刑執行に立ち会ったのだろうか。それを考える前に、日本では死刑がどのような手続きを経て行われるのかを見ていこう。

甚大な精神的苦痛を伴う職務

Kの死刑が確定したのは2015年2月。死刑が確定すると、検察庁はおおむね4カ月後までには法務相宛てに「死刑執行上申書」を提出する。その上申書に回答する形で、法務相は死刑の執行命令を発する。「死刑の執行は6カ月以内に行わなければならない」と刑事訴訟法に定められているが、実際にはその通りになっておらず、Kの場合は7年以上、拘置所に入っていた。

22年7月22日(金)、法務相は法務省刑事局からの死刑執行命令の起案に基づき、命令を発出。検事長は東京拘置所長にKの死刑を7月26日(火)に執行するよう指揮をした。東京拘置所の刑務官は土日を挟んだわずかな期日で棺(ひつぎ)の搬入、絞縄(こうじょう=絞首刑に用いられる縄)の取り付け、機器の点検、執行手順マニュアルの確認、予行演習などを行い、確実に刑死させるための準備を整えた。

死刑の執行は行刑業務中、最も困難かつ不快な業務であり失敗は許されない。熟練を要するので処遇部門の警備隊という組織が担っている。警備隊は隊長(看守長)、係長(副看守長)、隊員(看守部長、看守)の総勢15人ほどで構成される。彼らは運動、入浴など死刑囚の日々の処遇にも直接当たっており、毎日言葉を交わし、独房の出入り時には触手による着衣と身体の検査をするので身体のぬくもりも感じている。死刑囚とは顔見知り以上に親しい関係にあると言える。

警備隊に所属する刑務官は全ての死刑執行に関わるのだが、当日の彼らの職務は以下の通りである。

  • 独房から死刑場までの連行
  • 死刑執行言い渡し時の立ち合い
  • 手錠をかけ、顔面を覆う白布を結び、刑壇に立たせて足を縛り、首に絞縄を掛ける
  • 執行後は絞縄を解き、検視後に湯かんをして、宗教に合わせた装束を着せ納棺(のうかん)する
  • 通夜と葬儀に当たる教誨(きょうかい)に立ち合う
  • 棺を遺体運搬車に載せる
  • 出棺(出門)の際は整列して敬礼で見送る

職務とは言え、人を殺すことが、いかに甚大な精神的苦痛を伴うものであるかは言うまでもない。

刑務官3人が同時にボタンを押して囚人を処刑する東京拘置所の「ボタンルーム」。精神的な負担を軽減するため、どのボタンが落とし戸を開くスイッチなのか分からなくなっている(ロイター)
刑務官3人が同時にボタンを押して囚人を処刑する東京拘置所の「ボタンルーム」。精神的な負担を軽減するため、どのボタンが落とし戸を開くスイッチなのか分からなくなっている(ロイター)

直前まで知らされない死刑執行

日本弁護士連合会は死刑制度の廃止を活動方針の一つとしており、再審中は死刑の執行ができないという規定に着目、死刑囚の再審請求を積極的に応援している。現在106人いる死刑確定囚のうち61人が再審請求中とのことである。かつては冤罪(えんざい)を訴える死刑囚以外は再審の訴えを起こしていなかったので、死刑執行の順番も拘置所職員には、ある程度予測ができた。基本的には確定順だったのだ。しかし、今はまるで予測がつかないという。

法令によって死刑は非公開で極秘裏に執行するとされている。現在は執行指定時刻の1時間前に死刑囚を独房から死刑場に隣接された教誨室に連行し、所長またはその代理者である部長が刑の執行指揮書に基づき、人定質問をした後に死刑執行を言い渡している。

しかし、50年余り前までは前日あるいは前々日に告知し、家族に別れを告げる面会の機会を与えていた。当時は死刑囚処遇を拘置所の最重要業務と位置づけ、罪を悔い猛省させた後に刑死させなければ被害者とその遺族に申し訳ないという矯正処遇の理念があった。死刑囚を集団で処遇し、レクリエーション、文化活動、情操教育などを行い、個別の面接指導を重ね自省を促した。また所長自ら直接死刑囚と対話の機会を設けるなど心情の把握にも努めていた。

2021年11月、「死刑執行を死刑囚に当日告知する運用は憲法に違反し非人道的だ」として、死刑囚2人が、国に精神的苦痛への慰謝料計約2000万円の支払いなどを求め、大阪地裁に提訴した。その原告側の証拠として、大阪拘置所の死刑記録の録音テープが提出された。これは1955年2月、執行2日前に所長室で行われた死刑執行言い渡しから刑死までのやり取りを極秘のうちに録音したものである。当時、国会では超党派で死刑廃止法案提出の動きがあり、死刑論議が高まろうとしていた。6年間の在任中に46人の死刑執行に立ち会った玉井策郎拘置所長が離任を前に死刑の実態を公表するための録音の機会はこれが最後と、教育課長に命じて録音させたテープである。

1970(昭和45)年、死刑囚の処遇が「集団処遇」から「単独処遇」と改められた。これによって死刑囚は懲役刑の受刑者のように集団での刑務作業もなく、孤独な生活を強いられることになった。同時に死刑執行日の「前日告知」が「直前告知(当日告知)」となった。これは当時、中核派や革マル派など過激派が起こした事件で現行犯逮捕された被疑者が大量に入所したことや、彼らの反抗的な態度への対処に追われ、死刑囚処遇に人手と時間を費やすことが難しくなったためである。

複雑な刑務官の胸中

拘置所で死刑囚に接する刑務官はどんな思いで死刑囚に接しているのだろうか。筆者の知り合いの刑務官に尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「積極的な改善更生の処遇を行っていないので、心情が分からない。刺激を与えないように、腫れ物に触るような取り扱いになっている。とにかく死刑囚には気を遣っています」

また、半世紀前には前日あるいは前々日の告知だったが、現在は告知しないことについては、「今では無理でしょうが、きめ細やかな処遇をしていれば前日告知がいいのではないかと思います」と言う。

現在の死刑囚処遇は完全単独処遇である。居室は独房。逃走と自殺防止のため天井のカメラで、24時間監視している。監視カメラは、脳梗塞などが発症した際に早期発見するための重要な保安設備になっている。しかし2018年、熊本刑務所に服役中の受刑者が、独房の監視カメラはプライバシーの侵害だと国に賠償請求を求めた訴訟で、熊本地裁は刑務所側の違法性を一部認め、国に支払いを命じたこともあった。

この判決に対して、「死刑囚は何としても刑死してもらわなければならないので、心身ともに健康な状態を確保しなくてはなりません。そのために監視カメラは必要だと思います」と刑務官は言う。

絞首刑が残虐な刑罰に当たり憲法違反だという訴えが過去に何度かあったが、いずれも合憲だという判決が出ている。しかしこの処刑方法は、1873(明治6)年以来変わっていない。米国が電気椅子、ガス室、そして薬物注射へと変わり、タイでも銃殺から米国と同じ薬物注射へと変えているが、日本では処刑方法の変更について検討されたことはない。

現行の絞首刑は刑務官にとって精神的負担が極めて大きいことは事実である。タイの例を挙げ、処刑方法の変更についてどう思うかと聞くと、「日本も薬物注射になればいいと思います。絞首刑は自分たちの手で殺したという言いようのない罪悪感と重圧が心の深層に刻まれ、何年たっても夢に見ます」と胸中を語ってくれた。こうした思いは、全ての刑務官に当てはまらないかもしれないが、彼らの多くは同様の気持ちを抱きながら職務に取り組んでいると筆者は考える。

東京拘置所の死刑執行室の落とし戸が開いた状態(ロイター)
東京拘置所の死刑執行室の落とし戸が開いた状態(ロイター)

死刑制度が重大殺傷事件を誘発

死刑が選択刑として規定されている殺人等を犯した犯人のうち死刑の判決が出るのは、1%程度というのが現実である。99%の遺族は極刑を望んでも懲役刑の判決が出ているということだ。これは裁判官が死刑判決を下す厳格な基準を設けた判例に縛られているからである。被害者の数、犯行の態様(=ありさま)などであるが、それが広く認知されているので、死刑になりたいという動機で複数人を殺害する無差別殺人犯が現れるとも言われる。

死刑制度が犯罪の抑止でなく、重大殺傷事件を誘発しているというのも事実である。死刑制度の存廃について論議するとき、世論調査結果や被害者遺族感情から死刑制度を存置するという考えが結論として導き出されるが、実態とは齟齬(そご)がある。懲役刑になった殺人犯の多くは刑務所の中で悔い改めて刑に服しており、刑務作業で得た報奨金で遺族に賠償したいと申し出る者も多いと聞く。

内閣府が5年おきに実施している「死刑制度に対する意識調査」で死刑を容認するという答えが2004年以降4回連続して8割を超えているが、凶悪犯罪者の再犯防止のためにも、国民がその実態を踏まえた上で今後の死刑制度の在り方を改めて議論すべきである。

死刑についてのあなたの意見は?

バナー写真=絞首刑が執行される死刑場。正面ガラス奥は検察官、拘置所長がいる立ち合い室で、落とし戸が開いた後で地下室まで見渡せるようになっている(ロイター)

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