性的少数者が直面する課題を克服するためには「差別禁止法」こそが必要

社会 文化 政治・外交

首相秘書官の「差別発言」による更迭という事態を受け、性的少数者への理解増進を目的とする議員立法「LGBT理解増進法案」の国会提出に向けた議論が自民党内で進んでいる。しかし、その内容については多くの当事者・支援者から懸念の声も上がっている。

2023年2月3日夜、首相官邸でのオフレコを前提にした取材で、荒井勝喜首相秘書官が性的少数者について「僕だって見るのも嫌だ。隣に住んでいるのもちょっと嫌だ」と発言すると同時に、同性カップルの権利保障をめぐって「社会に与える影響が大きい。マイナスだ。秘書官室もみんな反対する」と差別的な発言をしたことは記憶に新しい。岸田首相はすぐに荒井氏を更迭したが、その姿勢は「トカゲの尻尾切り」だと非難されている。

今回の差別発言を機に21年から棚上げされている、いわゆる「理解増進法案(性的指向及び性自認の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律案)」についての議論が再燃しているが、筆者が所属する一般社団法人LGBT法連合会(以下、当会)含め、多くの当事者や支援者は本法案が成立したとしても、性的指向や性自認等に関連し当事者等が直面している差別や暴力などといった課題の解決には直接的にはつながらないばかりか、地方自治体や各事業者の今後の取り組みを減速させるものになってしまうのではないかと懸念している。

本稿では、まず性的少数者を取り巻く課題の実情や法整備の現状について説明すると同時に、当会の活動について紹介する。次に、理解増進法案の問題点を指摘すると同時に、今年5月に広島で開催されるG7サミットの議長国である日本がG7諸国と比べ、性的指向や性自認等に基づく課題を解決するための法整備という観点からいかに遅れをとっているかについて説明する。最後に、日本が国際的な場面でどのように位置付けられているかを示すと同時に、今後国内でどのような法整備を進めるべきかについて記す。

当事者が抱える課題と「国」以外で進む取り組み

性的少数者が直面する課題についての調査は様々なものがあるが、例えば、10代のLGBTQは過去1年に48.1%が自殺念慮、14.0%が自殺未遂を経験し、これらの数字は同年代と比べ、自殺念慮は3.8倍高く、自殺未遂経験は4.1倍高い状況にある。(※1)また、職場でのカミングアウトについて、レズビアンの8.6%、ゲイの5.9%、バイセクシュアルの7.3%、トランスジェンダーの15.3%が「カミングアウトしている(誰か一人にでも伝えている)」と回答した一方、職場以外では、誰にもカミングアウトしていないという回答が6~7割に上るといった調査結果(※2)もあり、当事者がいかに差別を恐れ、自分らしく振る舞うことが出来ないでいるのかがわかる。

このような現状を踏まえ、性的指向や性自認に基づく差別を禁止する条例が約60の自治体で導入され、また、200以上の自治体において「パートナーシップ制度」が導入されている。さらに社会の認識も徐々に変化してきており、ある調査では、回答者の87.7%が「性的マイノリティに対するいじめや差別を禁止する法律や条例の制定」に賛成と答えている(※3)。しかしながら、日本には依然として「性的指向や性自認に基づく差別を禁止する法律」は制定されていない。

当会は差別禁止法の制定を目指し、2015年に設立された市民団体である。全国約100の市民団体が加盟する全国組織であり、「LGBTに関する課題を考える議員連盟(以下、議連)」に所属する議員などと連携しながら、性的指向や性自認等に関する課題を解決するための政策について政府に対し予算要望を実施し、各党や省庁などからのヒアリングにも対応し、当事者等が抱える課題について声を届け続けている。

その結果、性的指向・性自認を理由とする差別禁止を含む「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念実現のための条例」が18年に成立。また、19年に一部改正された「労働施策総合推進法」において、「性的指向・性自認に関するハラスメント及び性的指向・性自認の望まぬ暴露であるいわゆるアウティングの防止」がパワーハラスメント防止対策の一環として各企業等に義務付けられることとなった。

理解増進だけでは不十分

そのような中、2021年に議連が「性的指向及び性自認の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律案(以下、理解増進法案)」をまとめた。本法案は性的指向や性自認に関する国民の理解を増進するために行政の体制整備をする内容であり、当会が設立当初から掲げる「差別的取り扱いを禁止する」規定は盛り込まれなかった。

これは遺憾な点である。なぜなら、「差別的取り扱いの禁止」規定がないと「レズビアンであることを理由に解雇された」といった具体的な事例に対処することが難しくなるからである。また、「理解増進」のみを進める法律が国レベルで成立してしまうと、将来条例を制定する自治体で、差別禁止ではなく「理解増進」を主軸とした条例を制定してしまう可能性が高くなることも指摘される。

21年に法案は一部議員からの反対を受け、国会に提出されることなく今日までたなざらし状態であったが、先述の荒井首相秘書官による差別発言を受け、与党は本法案を今国会で成立させようとしている。当事者が直面する具体的な課題を解決することが難しい法案の成立の意義が再度問われていると言ってよいだろう。

G7エルマウサミット首脳コミュニケの重要性

ここで、2022年ドイツ・エルマウサミットで採択された首脳コミュニケのジェンダー平等の項目に書かれた一文を確認してみたい。そこには次のように書かれている。

“我々は、女性と男性、トランスジェンダー及びノンバイナリーの人々の間の平等を実現することに持続的に焦点を当て、性自認、性表現あるいは性的指向に関係なく、誰もが同じ機会を得て、差別や暴力から保護されることを確保することへの我々の完全なコミットメントを再確認する。”

“我々は、全ての個人の包括的なSRHR(※4)を達成することへの完全なコミットメントを再確認し、人道的危機における緊急時の性と生殖に関する保健サービスへのアクセスの重要性を強調する。”

2021年の英国コーンウォールサミットで採択された首脳コミュニケでは「LGBTQI+の人々に対する暴力及び差別に対処することについて考慮する必要がある。」といった内容が記載されたが、それと比べ、エルマウサミット首脳コミュニケは、性的指向や性自認などに基づく差別や暴力から人々が保護されるよう、各国に非常に強く求めていることがわかる。もちろん、岸田首相もエルマウサミットに参加し、この国際公約を守るために日本でも取り組みを進めていかなければならないのだが、その対策として進めている法案が「差別を禁止する規定を含まない理解増進法案」であることが、首脳コミュニケとは真逆の不祥事たる秘書官発言の後で、どのように見られるかは火を見るより明らかではないか。

また、日本では法的な性別を変更する上で「生殖能力をなくすこと」が要件の一つとして求められているが、これは人権侵害であると国内外から批判されている。もちろん、他のG7諸国ではこのような要件は求められていない。この点においても日本がいかに国際公約に反するような政策をとり続けているかがわかるだろう。

G7議長国として日本に求められること

G7諸国を含め、世界では80以上の国々で性的指向に基づく差別を禁止する法律が整備されている。一方で、LGBTQIの人々を包摂する法制度に関するOECDの調査によると、日本は35カ国中34位で、他の国際的な指標においても日本は「法整備が進んでいない国」として位置付けられている。

本稿を執筆している現在、筆者はオーストラリアのシドニーで開催されている性的少数者に関する国際会議「シドニーワールドプライド人権会議」に参加しているのだが、世界各国から集まるアクティビストや政府機関職員、国連機関職員などに理解増進法案について説明すると、一瞬疑問の眼差しを向けられたのち、あきれられる。なぜなら、当事者が抱える課題を解決するためには差別禁止が必要であることは国際的には当たり前のように認知されているからだ。

今回の荒井首相秘書官による差別発言及び法整備の遅れは、改めて日本が性的少数者を保護する上で未成熟な国であることを示すと同時に、G7議長国としての責任を問われざるを得ない状況にあることも示している。このような事態を改善し、性的指向や性自認等に基づく差別や暴力、その他あらゆる人権侵害に直面している人々を救うためには、差別禁止法を速やかに制定することが必要だ。

5月にG7広島サミットを控えた今、国内外からの注目が日本政府に向けられている。

バナー写真:3年ぶりに開催された「東京レインボープライド2022」のパレード=2022年4月24日、東京都渋谷区(時事)

(※1) ^ 認定NPO法人ReBitによる『LGBTQ子ども・若者調査2022』

(※2) ^ 調査名:令和元年度厚生労働省委託事業 職場におけるダイバーシティ推進事業

(※3) ^ 「性的マイノリティについての意識:2019年(第2回)全国調査」(広島修道大学 河口和也らによる)

(※4) ^ 編集部注:SRHRは、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(Sexual Reproductive Health and Rights:「性と生殖に関する健康と権利」)。国際的に、基本的人権の一つと考えられている。

人権 LGBTQ 性的少数者