中国のグローバル外交攻勢:米バイデン政権の対抗策は?
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異例の3期目入りを果たした中国の習近平政権が世界規模で米国に外交攻勢を仕掛けている。中東ではサウジアラビアとイランを仲介して外交関係正常化を実現させ、ウクライナ問題では交渉解決に向けた提案を発表するなど「責任ある大国」ぶりを世界にアピールした。一方で、欧州の主要国を北京に招いて米国からの自立を促し、中米ではホンジュラスの台湾断交を演出して、米国に真っ向から対抗する構えだ。米欧日の連携で対中包囲網を狙うバイデン政権はどう対応するのか?
「人権」の隙を突かれたバイデン
先に世界の耳目を集めたのは3月10日、中東で長く敵対してきたサウジアラビアとイランが中国の仲介で外交関係を正常化する合意に達したという発表だ。イスラム教スンニ派の盟主国サウジとシーア派大国のイランは2016年の断交を経て、中東の覇権争いを続けてきた。サウジは第二次大戦以来の親米国だったにもかかわらず、オバマ政権が11年、「アラブの春」(民主化運動)を機に人権を重視して米・サウジ関係を悪化させ、この政策を受け継いだバイデン大統領の下でさらに険悪化した。昨年7月、関係修復を求めて就任後初のサウジ訪問に臨んだバイデン氏は、原油の増産を訴えてムハンマド・ビン・サルマン皇太子に頭を下げたものの、その後、増産どころか、逆に減産されて「赤恥」をかかされる羽目に陥った。
こうした展開に着目した中国は昨年12月、習近平国家主席が自らサウジを訪問。他の湾岸・アラブ諸国も交えた首脳会議を主宰し、経済協力も深めた上でイランとの和解をもたらした。一連の合意文書には「内政不干渉」や「人権問題の政治化に反対」が明記され、あからさまに米国の「人権外交」をあてこする内容となっている。中国外交を仕切る王毅・共産党政治局員は「対話の勝利」、「中国は今後も大国の役割を果たす」などと胸を張ってみせ、ウクライナ問題や台湾危機で中東への関与が低下したバイデン外交にとって手痛い敗北を印象付けた。
台湾総統訪米にぶつけた断交劇
台湾の蔡英文総統は3月29日、中国の強い反発を無視して中米2カ国と米国立ち寄り訪問の途についた。この直前の同26日、中国はホンジュラスの外相を北京に招いて進めていた交渉が合意に達し、「ホンジュラスが台湾と断交して、中国と国交を樹立した」と発表した。
ホンジュラスでは「中国との国交樹立」を公約した大統領が昨年1月に就任しており、「断交は時間の問題」とされていたが、総統訪米に合わせて「見せしめ」を狙ったような劇的な断交となった。2016年5月に発足した蔡英文政権にとって、この7年間に台湾と外交関係のある国は22カ国から13カ国になり、9カ国も減った。
ホンジュラスの公的債務は200億ドル(約2兆6000億円)に上り、断交を避ける見返りとしてダム建設などで約24億5000万ドル(約3200億円)の経済支援を台湾に要求していたという。台湾の呉釗燮外交部長(外相)は「ホンジュラスは台湾と中国が提供する援助を見比べた」(※1)と語っており、経済援助をかざして強引な外交を進める中国の手法を浮き彫りにしたといえよう。同時に、「米国の裏庭」と呼ばれた地域においても米国の威信が低下している実情をうかがわせる結果となっている。
「戦略的自立」で欧州を揺さぶり
中国の対米揺さぶり外交は、欧州でも展開中だ。ショルツ独首相(昨年11月)、欧州連合(EU)のミシェル大統領(欧州理事会議長、同12月)、と昨年後半から相次ぐ欧州首脳による北京訪問は、今年に入ってもスペインのサンチェス首相(3月)、マクロン仏大統領とフォンデアライエンEU欧州委員長(4月5日)と継続している。
欧州指導者らの中国詣での背景には、対中認識を巡る米欧間の微妙な違いがある。バイデン政権は中国・ロシアを一体視して、制裁やデカップリング(経済切り離し)を通じた包囲網の構築を目指している。これに対し、欧州は経済安全保障などの面から対中経済関係を重視し、米国とは一線を画した「戦略的自立」(Strategic Autonomy)を模索しているのが現状だ。例えば、電気自動車(EV)産業に不可欠なリチウムやレアアースの供給について、EUの対中依存率は9割を超えており、「対中デカップリングは実行不能で、欧州の利益にもならない」(フォンデアライエン氏)(※2)という声は切実に響く。
習近平政権もこうした事情に目をつけて、米欧の分断を狙っている。王毅氏は2月、ドイツで開かれた「ミュンヘン安保会議」に乗り込んで基調講演を行った際、米国の「冷戦思考」を非難するとともに、欧州諸国に向けては「米国からの戦略的自立を実現する」(※3)よう呼びかけて、揺さぶりをかけた。
「グローバル安全保障イニシアチブ」の正体
一連の外交攻勢の支柱となっているのは、習近平氏が2022年4月に発表した「グローバル安全保障イニシアチブ(GSI: Global Security Initiative)」である。今の国際秩序は自由、民主主義、人権といった価値を基準として、米欧日を中心とする同盟・パートナー諸国の枠組みを通じて維持されてきた。これに対し、中国のGSIは価値や「冷戦思考」を排除し、一方的制裁や内政干渉をせずに、主権・領土の保全や各国独自の社会制度や「発展の道」を尊重する――という内容(※4)だ。
米国などが自由と民主主義を重視するのに対し、GSIは権威主義や独裁的体制がはびこるグローバル・サウス(南半球を中心とする途上国)にも容易に受け入れられる内容であるのが特徴だ。サウジ・イランの関係正常化は「GSIの成功例」(王毅氏)と宣伝され、中国はこれを通じてより多くの新興国や途上国を取り込み、既存の秩序に代わる新たな秩序づくりを狙っているといってよい。
だが、GSIにも弱点は少なくない。ロシアのウクライナ侵略開始1年にあたる2月24日、中国外務省が発表したウクライナ問題の政治解決に向けた「12項目の提案」はGSIに基づく解決策とされたが、国際社会から「実質的内容がなく、主権や領土保全を言いながら、ウクライナが奪われた領土にも触れていない」と酷評された。3月下旬、キーウを訪問した岸田首相と同時期に習近平氏がロシアを訪問したことで、中国の「侵略者寄り」の姿勢がクローズアップされてしまい、ウクライナ問題で中国が掲げる「客観的で公正な立場」(中ロ首脳共同声明)にも大きな疑問符がついた。
バイデン政権は、国家安全保障戦略の柱に「権威主義(専制主義)国家対自由・民主主義国家」の原則を掲げて中国との長期・戦略的競争に臨んでいる。GSIを通じた中国外交の攻勢に対抗し、国際世論のより多くを味方につけるには、地域ごとの実情などに配慮してグローバル・サウスと対話し、アピールしていく創意工夫が欠かせない。
バナー写真:中国を訪問し、北京で歓迎式典に臨むフランスのマクロン大統領(左)。右は習近平国家主席=2023年4月6日(AFP=時事)
(※1) ^ 読売新聞3月27日朝刊、「ホンジュラス断交、台湾切り崩しに危機感」
(※2) ^ 産経新聞4月4日、「欧州首脳 北京詣で続々」
(※3) ^ 米中経済・安全保障調査委員会(USCC)報告、China’s Paper on Ukraine and Next Steps for Xi’s Global Security Initiative, USCC, Mar.7, 2023.
(※4) ^ “What is China’s Global Security Initiative?” Chris Cash, The Council on Geostrategy, Sept. 29, 2022.