尹大統領訪日と日韓:関係改善が進めば「インド太平洋」の国際環境にも影響

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韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が「元徴用工」問題を解決するための措置を発表し、訪日して日韓首脳会談が実現したことで、両国は関係改善に向け大きく舵を切った。筆者は、日韓両国が「インド太平洋」など国際社会を舞台に協力する関係を見据え、前進すべきだと指摘する。

関係正常化に向け「大きな一歩」

「日韓関係の正常化にとって大きな一歩となる訪日となりました」。3月16日に東京で行われた首脳会談後の共同会見で、岸田文雄首相は尹大統領の訪日をこう評価した。多国間会議参加のためでなく、日韓首脳会談だけのために両国指導者が相手国を訪問したのは、実に12年ぶりのことであった。

尹大統領の訪日実現に見られるように、2022年5月の尹政権発足から1年を待たずして、過去10年以上冷え切っていた日韓関係が前に向かって大きく動き始めたのは、尹政権の関係改善への熱意と努力によるところが大きい。日本に対する厳しい世論が多数を占める韓国内の状況にもかかわらず、大統領選挙時から一貫して対日関係改善の必要性を訴えて行動してきた尹大統領のリーダーシップをまずは高く評価したい。

しかし、尹大統領訪日後もその対日政策への反対は韓国内で依然強く、日韓関係の改善には多くの困難が待ち受けていることはしっかりと認識しておかなければならない。日韓両政府は、福島原発の処理水放出や佐渡金山の世界文化遺産登録など、今後の日韓摩擦の種になりうる課題に慎重かつ繊細に対応していかなければならない。

同時により重要なのは、尹大統領訪日を持続的な関係改善と新たな関係の構築へと着実につなげていくことである。そのことを念頭に、以下では3月の尹大統領訪日と日韓首脳会談の意義、そして今後の課題を大きく3つに分けて考えてみたい。

「誠意ある呼応」に認識差も

第1に、冒頭の岸田首相の言葉からもうかがえる通り、尹大統領の訪日は、これまで異常なほど悪化していた日韓関係がやっと本格的な改善に向けて動き出す、そのスタートを告げる出来事となった。岸田首相は共同会見で、尹政権が「元徴用工」問題を解決するための措置を発表したことを評価し、日韓首脳がシャトル外交を再開することで一致したと述べた。したがって関係正常化のためには、岸田首相が遅くとも2023年末までには韓国を訪問することが必要となる。もちろん、環境が整い次第できるだけ早く訪韓して、今度は日本のリーダーが韓国民に対して関係改善への強い意志を伝えることが望ましい。

元徴用工問題は、韓国大法院が原告(元徴用工)の訴えを認めて、被告(日本企業)に賠償金の支払いを命じる判決を18年10月に下して以降、日韓関係の最大の懸案となってきた。日本政府及び企業は、この判決は1965年の日韓国交正常化時の協定に反するもので受け入れられないと主張したが、判決にのっとり日本企業の韓国内資産は差し押さえられ、賠償支払いのための「現金化」手続きが進められてきたからである。

この状況に対して尹政権は、賠償支払いは韓国内の「日帝強制動員被害者支援財団」が日本企業に代わって行う、いわゆる第3者弁済で懸案の解決を図ることを決定して3月6日に発表した。尹大統領訪日はそれを受けてのものであった。

この決定は日本政府の主張に沿ったものではあるが、原告らの強い反発を招くこととなり、韓国内でも反対意見が多数を占めている。措置発表の週に韓国ギャラップが実施した世論調査では、第3者弁済に賛成が35%であるのに対し、59%が日本の謝罪と賠償がないため政府案には反対であった。また韓国政治の分極化が激しい中で、野党は尹政権の対日政策を糾弾し続けている。

そのため、関係改善の動きを持続可能なものにするためには、これまで以上に尹政権が原告への説得はもちろん韓国民に対する説明を丁寧に行って理解を得る努力を尽くしていく必要がある。尹政権は、韓国内で理解を得るために日本側の「誠意ある呼応」を引き続き求めていることから、日本側がそれにどれだけ応えることができるのかも、今後の関係改善の行方を左右することになる。ただし、2015年12月の日韓「慰安婦合意」が韓国側によって履行されなかったことから、日本国内には尹政権が発表した措置が解決策になるのか懐疑的な見方が多い。

岸田首相は共同会見で、「日韓共同宣言を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいることを確認」し、「両国の経済団体が未来志向の日韓協力・交流のための基金を創設」(未来パートナーシップ基金の設立)すると発表した。これらは日本側としての「呼応」ではあるが、残念ながら韓国内では十分に評価されてはいない。日本側は関係改善に向けて包括的かつ幅広い分野で呼応措置を取る考えであるのに対し、韓国側が期待しているのはもっぱら歴史問題での呼応措置だからである。この誠意ある呼応をめぐる認識差を狭め、関係改善に向かうイメージを日韓で共有する努力がこれから必要になる。

二国間の安保協力進展が今後の課題

第2に、日韓関係は、歴史問題による関係悪化が経済や安全保障さらには人的交流の領域にまで波及して総体的な悪循環の構造に陥っていた状況から、やっと抜け出すことになった。共同会見で尹大統領は、「安保、経済、人的・文化交流など多様な分野での協力を増進するための論議を加速化させることにした」と述べたし、両首脳は、中断していた日韓安全保障対話と次官級戦略対話を再開すること、そして経済安全保障に関する協議を立ち上げることで合意した。

経済分野では、日本側が2019年7月以来実施している対韓輸出管理厳格化のうち半導体材料3品目への措置は解除され、韓国側は世界貿易機関(WTO)への提訴を取り下げた。尹大統領は、「いわゆるホワイトリスト措置についても早急な原状回復のため緊密に対話をしていくことにした」と述べて、さらなる進展への期待を表した。実施で合意した日韓経済安保協議を実のある場にするためにも、対韓輸出管理を早期に元に戻せるよう引き続き注力すべきである。

安保分野では、尹大統領が日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の運用を「完全に正常化」すると宣言したし、両首脳は、北朝鮮の核・ミサイル脅威に対応するために日韓そして日米韓の安全保障協力をさらに進めていくことで一致をした。日米韓協力については、尹政権発足以降、3カ国政策協議が閣僚級、次官級、局長級などあらゆるレベルで活性化しているし、日米韓首脳会談も既に2回開かれた。11月には日米韓首脳共同声明が発表され、北朝鮮のミサイル警戒データをリアルタイムで共有する方針が盛り込まれた。3カ国合同演習も22年8月から10月にかけて弾道ミサイル迎撃訓練、対潜水艦作戦訓練が実施されたし、日韓首脳会談後にも演習が行われた。

一方で、日韓二国間の安保協力を前へ進めていくのはそれほど容易ではない。特に、18年12月の韓国海軍艦艇による海上自衛隊哨戒機への火器管制レーダー照射問題を受けて、日本の防衛当局や関係者には韓国への不信感が募ったままである。信頼関係を回復していくためには、安保対話や戦略対話の再開に加え、再発防止策を講ずるなどの措置が伴う必要があろう。本来であれば、日韓間では外務・防衛閣僚会合(2プラス2)が開かれてしかるべきである。岸田政権は、外交安保政策での日本との連携を重視する尹政権との間で、日韓2プラス2の実施を目指した方がよい。首脳会談での合意を受けて4月17日にソウルで日韓安全保障対話が5年ぶりに開かれたことをまずは評価したい。

「インド太平洋」で協力関係再構築を

第3に、日韓両国がインド太平洋さらには国際社会を舞台に共に協力していく可能性を再度確認する機会となった。1998年10月の日韓共同宣言を経て、両国は東アジア地域協力を共に推進する重要なパートナーとなり、2008年4月の首脳会談後に発表された日韓共同プレス発表では「国際社会に共に寄与していく」ことが記された。しかしその後の関係悪化により、日韓協力による国際公共財の提供は長い間持ち越された課題となっていた。尹政権の発足と日韓関係の改善は、その課題を再度実践していく契機を今一度提供することになった。

尹政権は、国際社会への積極的貢献を通じて「グローバル中軸国家」(Global Pivotal State)になることを外交安保政策の目標に掲げている。そして、22年12月には「自由、平和、繁栄のインド太平洋戦略」を発表した。これらを背景として、尹大統領は共同会見で、韓国のインド太平洋戦略と日本の「自由で開かれたインド太平洋」の推進に際して、国際社会と緊密に連帯し協力していくと述べた。

そして、3月17日の慶應義塾大学での講演では日韓の学生たちを前に、両国が「自由、人権、法治という普遍的な価値を基盤とする自由民主主義国家ということは、それ自体が特別な意味を持ちます。それは、両国が単純に国際社会の規範を守り、互いに尊重することを超えて、連帯と協力を通じて国際社会の平和と繁栄という共同の目標に向かってリーダーシップを発揮しようとしていることを意味します」との認識を示したのである。

日本政府は22年末に国家安全保障戦略など安保3文書を改定したし、岸田首相は日韓首脳会談後まもなく訪問したインドで、「自由で開かれたインド太平洋」のための新たなプランを発表した。くしくも、日韓両国がそれぞれの外交安保政策を大きく転換させる中で、互いの戦略や政策を共有し、協力していくことのできる機会が訪れたのである。この機会をつかむことができるのかどうかが、日本と韓国だけでなくインド太平洋の将来を大きく左右することになる。

尹大統領は学生たちを前に、「韓国の責任ある政治家として、韓日両国の若い世代の素晴らしい未来のために、勇気を持って最善を尽くしていきます」と力強く誓った。24年4月の韓国総選挙の結果が尹政権の対日政策を含む国政運営全般の行方にとって大きな分水嶺にはなるが、尹大統領にはあと4年の任期が残されている。関係改善への道は依然険しいが、日韓両指導者とも引き続き勇気を持って前に進んでくれることを期待したい。

バナー写真:東京・銀座のすき焼き店で会食する日韓首脳夫妻。左から韓国の金建希大統領夫人、尹錫悦大統領、岸田文雄首相、裕子夫人=2023年3月16日夜、東京都中央区[内閣広報室提供](時事)

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