補選・統一選で維新が「保守浸食」、岸田首相の「安倍頼み」は一段と強まる

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発足以来1年半が経過した岸田文雄政権の「中間評価」選挙と位置付けられた衆参5補欠選挙(4月23日)は、4勝1敗と勝ち越した自民党が議席を増やす一方、引き続き日本維新の会の躍進が目立った。補選の結果から、岸田政権の今後を占う。

難しい解散判断

選挙結果について、自民党の茂木敏充幹事長は「岸田政権に前向きな評価を国民から頂いた」と胸を張った。だが、衆院和歌山1区では自民党の前衆院議員が日本維新の会の新人に敗北。勝った4選挙区も山口4区を除けば当初に予想した以上の接戦だった。

とりわけ今後の岸田政権に大きな影響を及ぼしそうなのが維新の存在である。維新は、安倍晋三、菅義偉両政権に接近して、「与党の補完勢力」とまで揶揄(やゆ)されてきた。ところが岸田政権に対しては、一転して極めて厳しい姿勢を示している。その維新が統一地方選前半戦に続いて、勢力を拡大した意味は、新聞やテレビで報じられている以上に大きい。

衆院和歌山1区の補欠選挙で初当選を決め、日本維新の会の馬場代表(左)と握手する林佑美氏=4月23日深夜、和歌山市(共同)
衆院和歌山1区の補欠選挙で初当選を決め、日本維新の会の馬場代表(左)と握手する林佑美氏=4月23日深夜、和歌山市(共同)

そんな中で岸田氏はいつ衆院の解散・総選挙に踏み切るのか。5月に岸田氏の地元・広島で開くG7サミット直後に解散するのではないかという見方は依然、消えていないが、維新の勢いを考えれば、解散時期の判断は決して簡単ではない。

それだけではない。岸田氏は今後、政権運営と政策立案双方で、いやがうえにも維新を意識することになるのではないだろうか。

何をしたいのか分からない

そもそも今回の5補選は岸田政権の「中間評価選挙」だったのだろうか。実を言うと筆者からすれば、その点からして懐疑的だ。政権の実績を評価するという以前に、「岸田氏が一体、何をしたいのか分からない」といった声が強まる一方だと思うからだ。

それぞれの選挙区で話題となったのは、「政治とカネ」(千葉5区)、「世襲の是非」(山口2区)、「弔い合戦」(山口4区)等々であり、岸田政権の政策が大きな争点になったようには見えない。

では岸田氏は何を目指していたのか。安倍、菅両政権で続いた新自由主義的な政治の修正ではなかったのか。そのために岸田氏自身も「新しい資本主義」を構築すると言っていたのではなかったのか。

「保守」志向に偏り過ぎた自民党を、「中道」に戻そうとしていたようでもある。自民党が長期政権を保ってきたのは、同じ政党の中であっても首相が交代することで、巧みに軌道修正してきた効果でもあった。それは「軽武装・経済重視」を掲げてきた自民党の派閥、宏池会の継承者である岸田氏も意識していただろう。

しかし現実には「安倍政治の修正」=「安倍離れ」どころか、故人となった安倍氏に依存する政治が今も続いている。これは過去に例のない、いびつな政治と言っていい。

安倍派への「配慮」か

今年2月15日。衆院予算委員会でこんなやり取りがあった。

長年の懸案となっている選択的夫婦別姓制度について、立憲民主党の西村智奈美代表代行が「首相は反対なのか」とただしたのに対し、岸田氏は、こう答えた。
「私自身は反対と申し上げたことは一度もない」

かつて岸田氏は、自民党の有志で作る選択的夫婦別姓を「早期に実現する議員連盟」の呼び掛け人の一人だった。ただし一昨年(2021年)の自民党総裁選以降、前向きな姿勢を明確に示したことはない。

だが、仮にこの委員会で、導入に反対する議員から「首相は賛成なのか」と問われていたらどうだったか。岸田氏は「賛成と申し上げたことは一度もない」と答えたのではなかろうか。官僚的な発想で、言質を取らせたくないのかもしれないが、これでは表明すべき自分の考えを持ち合わせていないのではないか、とさえ疑ってしまう。

「検討が必要だとか、国民の間にさまざまな声があるとかを理由に逃げるのは、政治家としていかがか」と岸田氏にたたみかけた立憲・西村氏の言葉は強烈で、ある意味、本質を突いていた。

こうした岸田氏の姿勢に関しては、自民党内の保守派と呼ばれる勢力に強い反対論がある点に配慮している――というのが、よく聞く解説である。

この選択的夫婦別姓制度導入への慎重姿勢をはじめ、自民党の保守志向をリードしてきたのが、言うまでもなく安倍氏だ。安倍氏が昨年7月、銃弾に倒れた後も、自民党内の派閥・安倍派は党内最大の勢力を保っている。だから敵に回してはいけないと岸田氏が考えるのは当然ではある。

しかし、そうした「配慮」だけだろうか。

肝心の財源論は先送り

岸田氏は一昨年秋の自民党総裁選で「新しい資本主義」の柱となる分配重視政策の目玉として、金融資産課税の強化を掲げていた。安倍氏主導のアベノミクスからの転換を図る政策として注目されたものだ。

ところが株価が急落し、自民党内からも批判が強まると、岸田氏はいともあっさり、先送りしてしまったのは記憶に新しい。既にこの時点で、「岸田氏には信念があるのか?」と疑問符がついていたと言うべきだろう。

今年3月末には「異次元の少子化対策」の叩き台をまとめた。児童手当の支給対象拡大や男性の育休取得率向上などを盛り込み、今後3年間で集中的に取り組んでいくというが、「これなら異次元だ」と国民を納得させるような新しい理念は打ち出せず、バラマキ政策の寄せ集めという印象は免れない。

しかも必要となる財源をどう確保するのか。肝心な議論は先送りだ。社会保険料を引き上げるのか、増税するのか。いずれを採用しても国民の不満が高まるのは確実で、自民党が合意できるかどうかは分からない。

その一方で岸田氏は、防衛費の大幅増額や反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有を決定し、東京電力福島第一原子力発電所事故を機に定められた原発依存度を低減する政府方針も一変させて、「原発の最大限活用」にかじを切った。

自民党の麻生太郎副総裁は「岸田氏は安倍氏にできなかったことをしている。リーダーシップは安倍氏よりある」と手放しで評価するが、これらはいずれも安倍氏がやり残した「宿題」だったに過ぎない。

自民党には今、まるで水戸黄門の印籠(いんろう)のように、「これが安倍氏の遺志だ」と言えば、すんなり通っていくような空気がまん延している。「岸田氏が決断力を発揮した」と見るわけにはいかない。

維新の躍進と保守回帰

今年3月、岸田氏は福島県相馬市の子育て支援施設を訪れた。「どうして総理大臣になろうと思ったのか」と子どもたちから質問された岸田氏はこう言った。

「やりたいと思うことを実現する、やめてほしいと思うことをやめてもらうには、やはり力を付けなきゃいけない。総理大臣は、日本の社会の中で、一応、一番権限の大きい人ということなので、総理大臣を目指した」

首相になりたかったことは理解する。だが首相になって何をしたかったのか。首相になること自体が目的であり、「やりたいと思う政策」がなかったのではないか。そんな疑問が募る。

岸田氏と維新の話に戻そう。

自民党幹部の一人は「安倍政権で強固にした保守基盤が岸田政権になって崩れた。それが、維新に侵食されている」と語る。自民党にとって深刻なのはそこだ。

しかも、維新は自民党の分断を狙っている。このため、元々近かった自民党内の菅前首相のグループと連携していく可能性がある。岸田氏はそれも恐れているのである。

こうした流れを食い止めるには、岸田氏が保守回帰、いや、安倍路線に回帰するしかない。自民党内の求心力を回復し、かつ維新の協力も得るため、岸田氏は、例えば「安倍氏の遺志」であり、かつ維新も積極的な憲法改正にさらに前のめりになっていくだろう。5補選は、そのターニングポイントとなったと筆者はみている。

バナー写真:記者団の取材に応じる岸田文雄首相=4月24日午前、首相官邸(時事)

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