グローバル展開めざす尹錫悦大統領の外交:米韓同盟に大転換の兆し

国際・海外

尹錫悦(ユン・ソンニョル)・韓国大統領による国賓訪米と米韓首脳会談(4月26日)をきっかけに、米韓同盟のグローバル展開に向けた韓国外交の変化が注目されている。

世界視野に貢献する国家へ

法曹界出身で「政治経験なし」とされた尹錫悦大統領だが、2022年5月の就任直後からの外交的展開は目覚ましい。

大統領就任演説では、国民と世界に向けて「自由と人権の価値に基づく普遍的な国際規範を支え、グローバルな指導国家として、より大きな役割を果たさなければならない」(※1)と訴えて注目された。「より大きな役割」はその後、国内総生産(GDP)で世界10位という中堅国家の地位にふさわしいように、「国際社会の平和、安定、繁栄に積極的に貢献するグローバル中軸国家(Global Pivotal State)」というスローガンに集約され、バイデン政権が大きな関心を寄せるようになった。

続く同年6月、尹氏はマドリードで開かれた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に招待国として初めて参加(岸田文雄首相とも同席)した。中国・ロシアの名指しは避けたものの、「新たな対立と競争の時代に普遍的価値が脅かされている」と語った。12月には、「自由、平和、繁栄のインド太平洋戦略」(※2)と題する外交戦略文書を発表し、普遍的価値と国際規範の擁護を外交安保政策の基軸に据えた行動指針を明示した。

外交・安保分野で韓国がこの種の包括的戦略文書を策定したのは初めてだ。日米の「自由で開かれたインド・太平洋構想」(FOIP)や、オーストラリア、NATO、欧州連合(EU)などの国々と足並みをそろえて中国・ロシアとの競争に挑む姿勢を明らかにしたのだった。こうした積み重ねをバイデン政権も高く評価したことが、尹氏を国賓として歓待し、ホワイトハウスでの首脳会談を開くことに結びついたといってよい。

明確な「対米シフト」

米韓首脳会談では、韓国に対する米国の「核の傘」(拡大抑止力)を強化・充実するための「米韓核協議グループ」(NCG)の新設、米戦略原潜(SSBN)の韓国寄港などの新たな措置が合意された。北朝鮮への抑止強化策として重要な成果だが、それら以上に大きな意味を持つのは、首脳共同声明において国際社会全体に向けた包括的内容が盛り込まれたことである。

共同声明には、▽ロシアを名指ししてウクライナ侵略を糾弾、▽(名指しは避けて)中国を念頭に「台湾海峡の平和と安定」の重要性を強調、▽南シナ海などで「現状を変更するいかなる一方的試み」にも反対――などが記され、ウクライナや台湾問題で日米欧などの国々との連携・協調を打ち出している。また、先端技術、経済安保、サイバー・宇宙分野でも米韓の協力作業が並び、「世界に開かれた同盟」をめざしてさらに進化させる方向が示された。

もともと米韓同盟は朝鮮戦争(1950~53年)後に結ばれた米韓相互防衛条約に基づいており、もっぱら北朝鮮の再侵略に備える局地的・便宜的な安保同盟とされてきた。日米安保条約(新条約、1960年)や、NATOの北大西洋条約では、「民主主義の諸原則、個人の自由及び法の支配の擁護」といった格調のある意義や目標が前文にうたわれているのに比べて、米韓条約にはそうした記述がなく、見劣り感があるのは否めなかった。

冷戦終結後は、経済的膨張を続ける中国に最も近接した「米同盟国」として中国経済圏に飲み込まれそうな位置にある。民族、文化的にも中国と関係の深い歴史も加わって、「安保は米国、経済は中国」という外交を長く強いられてきたといってもよい。特に前任の文在寅政権下では「親北朝鮮、親中」色が深まったことによって、日米などの懸念を呼んでいた経緯もある。そうした中で登場した尹錫悦政権は、これまでの「米中いずれと組むか」といった二者択一のしがらみを断ち切り、「安保も経済もアメリカ」という方向に明確なかじを切った形となった。

フルスペックの同盟へ

尹政権の同盟外交には、米韓同盟をNATOや日米、米豪同盟などのように、価値や国際規範を基軸とする「フルスペックの同盟」にしたいという強い意欲がうかがえる。一方、バイデン政権は相対的な国力低下を補うために、同盟・パートナー諸国の貢献や負担を強く求めている。台湾や南シナ海での紛争に備えて米・フィリピン間で協議を進めているのはその一例だ。

そういう時だけに、中国・ロシアに対抗する日米豪などに韓国が合流すれば、米国には大きな援軍となる。尹政権の「インド太平洋戦略」について米国の有力シンクタンクは「前政権下であいまいにされてきた『韓国が中国と米国のどちらと組むのか』をはっきりさせることになるだろう」(※3)と分析している。

問われる日米

韓国外交の展開は、日本にとっても期待が大きい。岸田首相は尹大統領を相手に約12年ぶりの首脳シャトル外交を再開させた。広島G7サミットにも招待し、7月にリトアニアで開かれるNATO首脳会議にも共に参加する予定だ。

だが、韓国の国内世論は尹外交が目指す方向を十分に支持しているとはいえない。ことに日米が期待を寄せる日韓関係の改善に対する国民感情は、いわゆる元徴用工訴訟問題を見ても複雑だ。日韓防衛当局間では、海上自衛隊機に対する火器管制レーダー照射事件も解決していない。中国が経済・貿易面で脅しや揺さぶりを仕掛けてくる可能性もある。尹外交の展開に向けて日本や米国がどのように側面支援していくかが問われている。

バナー写真:米ホワイトハウスでの夕食会で、バイデン大統領(左)から贈り物のギターを受け取る韓国の尹錫悦大統領。ギターには歌手のドン・マクリーンのサインが入っている=2023年4月26日(AFP=時事)

(※1) ^ Full text of President Yoon’s inaugural address, The Korea Times, May 10, 2022.

(※2) ^ Strategy for a Free, Peaceful, and Prosperous Indo-Pacific Region 「自由、平和、繁栄のインド太平洋戦略」。韓国外交部、2022年12月28日。

(※3) ^Assessment of South Korea’s New Indo-Pacific Strategy,” by Ellen Kim, Deputy Director & Senior Fellow, CSIS, January 19, 2023.

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