NATO東京事務所開設にフランスが反対:対中配慮か

政治・外交

日本が招致を働きかけ、軌道に乗るかに見えた「NATO東京連絡事務所」の開設計画に、フランスが反対を表明したという。中国に配慮した動きとみられる。

日本と北大西洋条約機構(NATO)が進めている「NATO東京連絡事務所」の開設計画に、フランスが反対を表明した。アジアで初めてとなる同連絡事務所には、インド太平洋で覇権主義的行動を強める中国をけん制する狙いが込められているが、開設に強く反発する中国に配慮したマクロン仏大統領の意向が反映しているという。7月に開かれるNATO首脳会議を前に、対中戦略をめぐる同盟の結束が問われそうだ。

対中安保協力の拠点に

NATOが東京連絡事務所の開設に本腰を入れるきっかけとなったのは、ロシアによるウクライナ侵略だ。侵略から4カ月後の昨年6月、マドリードで開かれたNATO首脳会議では、NATOの行動指針「戦略概念」が12年ぶりに改訂され、ロシアを「欧州大西洋における最も重大な脅威」とした。ロシアと戦略的協力を深める中国についても「国際秩序を覆そうとする試みを強めている」と位置付けた。

この首脳会議には岸田文雄首相が日本の首相として初めて出席した。アジアでも台湾周辺などで力を背景とした「一方的な現状変更の試みが続いている」「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」などと訴え、大西洋と太平洋の危機の類似性を米欧諸国に強くアピールした。

これを受けて、今年1月にはストルテンベルグNATO事務総長が日韓両国を訪問、「欧州とインド太平洋の安全保障は相互に結びついている」(ストルテンベルグ氏)との認識を高めた。日本とNATOは戦略的連携と情報共有の強化などで合意し、NATO理事会や参謀長会議への日本の定期的参加や、サイバー、海洋安保、偽情報対策などの幅広い分野で相互協力を深めていく方針が決まった(※1)

NATO事務局と日本政府の間では、7月にリトアニアで開かれるNATO首脳会議に昨年と同様に岸田首相、韓国の尹錫悦大統領、オーストラリア首脳らを招いた上で、「新次元の協力計画」として2024年中に東京連絡事務所を開設するなどの構想を打ち出す方向で準備や調整を重ねているという。

マクロン大統領の横やり

この既定路線に横やりを入れたのが、マクロン大統領だ。英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)によれば、5月下旬~6月初めに開かれた会合で、マクロン氏は「NATOの活動範囲を(北大西洋を越えて)拡大すれば、大きな過ちを犯すことになる」(※2)と述べて、東京連絡事務所の開設に反対したという。

マクロン氏は以前からロシアのウクライナ侵略をやめさせる上で「中国の役割に期待する」と中国を持ち上げ、経済・通商面でも中国との貿易拡大に熱心なことで知られる。4月初めに訪中した際にも、台湾情勢に関して「最悪なことは欧州が米国に追随しなければならないと考えることだ」などと発言して米国を怒らせ、先進7カ国(G7)やNATO内部で波紋を広げたことがある。

また、FT報道と時をほぼ同じくして、中国の習近平政権も「アジア版NATOは不要で、日本は地域の平和と安定を損なうことをすべきでない」(6月6日、中国外務省の汪文斌副報道局長)と、東京連絡事務所の開設に改めて反対を表明している。マクロン氏と中国外務省の言動がタイミングを合わせて行われた可能性もあり、中国への配慮を濃厚ににおわせる結果となっていることは否定できない。

問われる対中ロ戦略

NATOはウクライナ、モルドバ、ジョージアなど10カ国以上の非加盟国に安保協力を図るための連絡事務所を開設している。東京に開設すればアジアでは初めてとなる。しかし、フランスの当局者は連絡事務所の開設に関しては「NATOの規約上、北大西洋理事会での全会一致が必要」と指摘しており、フランス一国でも反対すれば、開設は不可能になりかねない。

ただ、NATOは中国とロシアがグローバルな戦略的連携を深めつつある情勢に対抗するために、日本、韓国、オーストラリアなどの友好国をインド太平洋における「地域パートナー」と位置付けて、幅広い分野で安全保障協力のネットワークを築きたいところだ。東京連絡事務所はそうした新たな活動の展開拠点として期待され、昨年改定された「戦略概念」に最もふさわしい成果の一つとなる。

一方で、台湾危機に最も神経を尖らせる米国に比べて、欧州諸国の間では台湾危機に距離を置こうとする声も少なくない(※3)。この問題では、フランスだけでなく、欧州各国の対応も微妙に影響しそうだ。

日本にとって、東京連絡事務所の開設は故安倍晋三首相(当時)が初めてNATO本部を訪問した2007年以来温めてきた構想だ。2018年、ブリュッセルのNATO本部に日本政府代表部が開設された後は東京連絡事務所の招致が具体的視野に入っていた。

東京連絡事務所の開設を水面下で支援してきたバイデン米政権はこの問題で沈黙を保っており、日本政府も当面は事態の進展を慎重に見守る構えだ。7月のNATO首脳会議へ向けて、日本と加盟国間の静かな外交の成り行きが注目される。

バナー写真:北大西洋条約機構(NATO)の外相会合に出席し、記者会見する林芳正外相(左)とストルテンベルグNATO事務総長=2023年4月4日(AFP=時事)

(※1) ^ 2023年1月31日。日本とNATOの共同声明(外務省)。

(※2) ^France objects to NATO plan for office in Tokyo,” FT, June 6, 2023.

(※3) ^ 産経新聞6月9日付「台湾有事『中立を』EU11カ国の62%

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