IOCが触手を伸ばす「eスポーツ」―五輪での採用に実現性はあるのか?

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国際オリンピック委員会(IOC)が、コンピューターゲームなどの腕を競う「eスポーツ」の国際大会を6月下旬にシンガポールで開催した。最近の五輪ではストリート系のスポーツを中心に若者に人気のある新競技の採用が相次いでいる。そんな中、IOCがeスポーツに触手を伸ばす狙いは何なのか、五輪入りの実現性はあるのか──。

コロナ禍で「仮想世界」への抵抗感少なく

シンガポールのコンベンションセンターで4日間にわたって開かれた「オリンピック・eスポーツ・シリーズ」には、世界トップレベルのゲームプレーヤーたちが集まった。参加したのは64カ国・地域から131人。各地での予選を勝ち抜き、今回の決勝大会に駒を進めてきた選手たちだ。

実施されたのは、自転車、アーチェリー、セーリング、ダンス、野球、チェス、テニス、射撃、モータースポーツ、テコンドーの計10競技。選手はステージに上がり、パソコンのマウスやスマートフォン、ゲーム機のコントローラーを手に対戦相手と戦う。自転車やダンス、テコンドーのように、画面を通しての対戦ながらも、激しい身体運動を伴う競技もあった。

他にもエキシビションとして、バスケットボールや卓球が行われた他、eスポーツの最新技術の紹介やシンポジウムが開催された。チケットも販売され、競技の模様はIOCのウェブサイトで中継された。

野球競技にはコナミデジタルエンタテインメント社の『eBASEBALLパワフルプロ野球2020』が採用された ロイター
野球競技にはコナミデジタルエンタテインメント社の『eBASEBALLパワフルプロ野球2020』が採用された©EYEPRESS via Reuters Connect 

卓球競技はエキシビションマッチとして行われ、VR卓球ゲーム『Eleven VR』を使用した ロイター
卓球競技はエキシビションマッチとして行われ、VR卓球ゲーム『Eleven VR』を使用した ©EYEPRESS via Reuters Connect

モータースポーツ競技の開始前、ソニー・インタラクティブエンタテインメント社の『グランツーリスモ7』でレース体験をする来場者たち。大会期間中は観客もさまざまなeスポーツを体感できた AFP=時事
モータースポーツ競技の開始前、ソニー・インタラクティブエンタテインメント社の『グランツーリスモ7』でレース体験をする来場者たち。大会期間中は観客もさまざまなeスポーツを体感できた AFP=時事

IOC内ではこれまでeスポーツに抵抗感を示す委員もおり、一定の距離を置いていた。特に身体運動を伴わないゲームには「スポーツと呼べるのか」という意見も根強かった。今回のように、「eスポーツ」と名乗った大会を主催するのは初めてのことだ。

新型コロナウイルスの感染拡大により、この3年間はあらゆる場での接触が制限された。その半面、社会に広がったのがテレワークやオンライン会議だ。パソコンの画面を通したコミュニケーションが社会的に定着し、スポーツでもバーチャルな世界に抵抗感が少なくなったといえる。伝統の自転車ロードレース「ツール・ド・フランス」では、世界各地の選手をオンラインでつなぎ、固定式の自転車でレースをするバーチャルの大会が実施されたほどだ。

五輪改革の新指針でも連携促進を明記

2017年5月、スイス・ローザンヌで開催された五輪サミットで、IOCは「本格的なeスポーツの選手は、伝統的なスポーツ選手に匹敵するほどの熱心さでトレーニングに励んでいる。スポーツ活動と見なすことができる」との声明を発表した。

その姿勢がさらに強まったのは、2021年3月のIOC総会で決議された五輪改革の新指針「アジェンダ2020+5」だ。今後、五輪が目指すべき方向性の一つとして、「バーチャルスポーツの発展を促し、ビデオゲームコミュニティとの関わりを深める」と提言し、背景説明にこのような文章が記された。

「ビデオゲームは、共通の興味を持つ人々が集まるさまざまなコミュニティを一つにまとめる役割を果たしている。地域レベルでこうしたコミュニティと戦略的パートナーシップを結ぶことにより、競技団体は、その競技界の外部の若年層と接点を持ち、これまでとは異なる層に働きかけつつ、若者をスポーツに引き入れることができる」

ゲームの世界を五輪に近づけることで、若者をスポーツにつなぎとめることができるという論理だ。さらに提言は「オリンピック・コミュニティを超えてつながりを広げる」ことを挙げ、スポーツの世界だけにこだわらず、文化的なコミュニティや科学の世界とも関係を持っていく必要があると強調している。

若者のスポーツ離れが進んでいることにIOCは危機感を抱き、近年の五輪ではサーフィンやスケートボード、スポーツクライミング、3人制のバスケットボール、ブレイクダンス(競技名ブレイキン)など、若い世代に人気のスポーツが相次いで採用されている。

IOCの故ジャック・ロゲ前会長は若者のスポーツ離れに警鐘を鳴らし、2010年には原則14~18歳の選手によるユース五輪を創設した。娯楽が多様化する中、テレビやゲームなどに夢中になる「スクリーン病」と呼ばれる子どもが増えていることが問題意識としてあった。「世界では肥満の人が10億人を超し、子どもたちはテレビゲームに夢中だ」と、かつての記事にはロゲ氏の言葉が残されている。

2019年には世界保健機関(WHO)が、ゲームのやり過ぎで日常生活が困難になる「ゲーム障害」を国際疾病として正式に認定した。ギャンブル依存症などと同様の精神疾患として、世界的な患者数の把握を進めている。

eスポーツに関わるのであれば、IOCもそのような「負の側面」から目をそらすことはできないはずだ。若者の健全な成長を促すという五輪本来の姿を考え、危険性も直視して将来の五輪像を描かなければならない。

今秋の杭州アジア大会では正式競技に

五輪のアジア版といわれ、4年ごとに開催される「アジア大会」は9月下旬、中国・杭州で開幕する。これまでも多種多様な競技を採用してきたアジア大会だが、今回はeスポーツを正式競技として採用し、サッカーゲームやバトル型のゲームなどを行う。

そもそもスポーツとは何か、その定義から見直す必要もあるだろう。

ラテン語の「デポルターレ(deportare)」がスポーツの語源といわれる。この言葉は英語でde=away、portare=carryに分けられ、日本語では「遠くへ運ぶ」が転じて「気晴らし」という意味に訳されている。身体運動の有無をスポーツの定義に求めるかどうかは判断が分かれるところだが、アジア大会で実施される囲碁やチェスは、思考能力を争う「マインドスポーツ」と位置付けられ、eスポーツもその仲間として分類されているようだ。

ただし、アジア大会で実施されるといっても、単純に五輪に採用されるわけではない。五輪の正式競技に入るには、「五輪の精神」を体現できるのかどうかにかかっている。

eスポーツの中には、武器を持って相手と格闘するような暴力的要素を含むものが少なくない。五輪は平和の祭典であり、若者の交流や青少年の教育に存在価値を置いている。そうであれば、eスポーツの一部とは相いれない部分があるかもしれない。

トーマス・バッハ会長は「我々は明確な線を引いている。暴力やあらゆる差別を助長するゲームとは関わらない」と強調しており、その境界線が今後は問われることになりそうだ。

五輪憲章の根本原則に合致するか

五輪憲章にeスポーツが合致するか、十分な検討が必要だ。憲章の根本原則にはこう記されている。

「オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、バランスよく結合させる生き方の哲学である。オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、 生き方の創造を探求するものである。その生き方は努力する喜び、良い模範であることの教育的価値、社会的な責任、さらに普遍的で根本的な倫理規範の尊重を基盤とする」

eスポーツには、さまざまな「壁」を乗り越えて対戦できる長所もある。競技によっては、性別や年齢、身体的なハンディキャップなどに関わりなく、試合ができる。そうなれば、多様性や寛容さを求める現代社会にも適合する。IOCとしても新たな価値観を世界に示すことができるかもしれない。肉体的な接触がなく、けがの心配をせずに済むことも利点だ。

今後は商業的価値を求める動きも強くなるだろう。国際eスポーツ連盟(IESF)によれば、2022年のeスポーツの世界市場における収益は、約13億8000万ドル(約1987億円)。スマートフォンなどの機器の普及によって、eスポーツは年々、市場規模を拡大させている。これまでのIOCスポンサーとは別に、ゲーム業界に新たなビジネスチャンスも見込まれる。

だが、そうであっても商業主義的な利益ばかりを追い求めては、五輪の価値を損ないかねない。eスポーツ採用の是非は今後の大きなテーマだ。五輪は何のために存在するのか、その本質を見つめ、しっかりと議論を重ねる必要がある。

バナー写真:画面と連動するフィットネスバイクを漕いで走るゲームソフト『Zwift』を使用して行われた自転車競技。男子8人・女子8人の16人のファイナリストが4つの男女混合チームに分かれて競った AFP=時事

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