夏の高校野球「朝夕2部制」は実現可能か?―地球“沸騰”時代のスポーツのあり方を考える

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毎年夏になると議論になる酷暑下でのスポーツ。今年は例年に増して暑さが厳しく、7月の全国の平均気温は観測史上最高を記録し、8月には40度に達した地域もある。高校野球では「朝夕2部制」の導入も検討されたが、今年は実施が見送られた。熱中症による命の危険が懸念される中、大会を運営する側も頭を悩ませている。真夏のスポーツはどうあるべきか──。

「美談で終わらせてはいけない」との苦言

夏の甲子園を目指す全国高校野球選手権の石川大会。決勝が行われた翌日の7月28日、馳浩・石川県知事は県庁で開かれた記者会見で苦言を呈した。話題は夏の大会運営のあり方に及んだ。

「決勝戦の時間帯はおかしいと思います。この暑い時にプレーボールは12時30分ではありませんでしたか。高校生のみなさんにとって、その時間帯で良いのか。私は良くないと判断しています。健康のことや球場への移動を思えば、朝方の8時プレーボールにしてあげれば、それに合わせて準備できる。12時30分の気象条件、気温は例年どんなもんでしょう。高校野球の生徒諸君ががんばっているという美談で終わらせてはいけない」

全国49代表が決まった地方大会の決勝時間をみると、10時や11時など午前の開始が36大会、他の13大会は午後の1時や2時など最も暑い時間帯の開始である。各地で決勝が行われた7月下旬は全国的に猛暑日が続き、熱中症の警戒アラートが発令される地域も少なくなかった。しかし、馳知事が提言する午前8時開始のような時間に実施される大会はなかった。

京都大会では5年前に「朝夕2部制」を実施

2018年の京都大会では「朝夕2部制」で準々決勝4試合が実施されたことがある。第1、2試合を行った後、第3試合を当初予定の午後1時ではなく、午後4時にずらして開始した。続いてナイターで行われた第4試合は午後7時過ぎから始まり、終わった時には午後10時半を回っていた。

その日(7月23日)の京都市の最高気温は38・7度に達した。京都府高校野球連盟は思い切った策で酷暑を避けて試合を実施した。しかし、夜遅くまで試合が長引いた点では課題も残り、これ以降、朝夕2部制には運営面で慎重論も聞かれるようになった。

ただし、そのアイデアが立ち消えになったわけではない。日本高野連と朝日新聞社では、昨年から夏の大会を「朝夕2部制」で実施するかどうかの検討を始めている。今年の導入は見送られたが、運営面での支障がないよう知恵を絞り、早期に実現すべきではないか。

大勢の観客をどう入れ替えるか、チケットの販売や警備の体制も含めて課題は多い。早朝から試合を始める場合は、運営スタッフの準備が間に合うかどうかという問題もある。最後の試合が夜遅くまで延びた場合は、応援団や観客の輸送にも影響が出てくるだろう。

最優先すべき選手や審判の健康管理

甲子園での全国大会だけではない。地方大会では、ナイター設備のない球場でも試合が行われる。容易に実施に踏み切れない事情も理解できる。

とはいえ、何よりも優先すべきはグラウンドに立つ選手や審判の健康管理であるはずだ。最近はプレー中に両足がけいれんして、担架で選手が運ばれるケースも多くなった。大会中の休養日を増やし、白いスパイクを認め、今夏は五回終了時に体を冷やす「クーリングタイム」を設けるなど、高野連もさまざまな対策を練っている。それでも酷暑の危険をすべて払拭できるわけではない。

今大会から甲子園球場のベンチ裏に設けられたクーリングスペース。クーラーや送風機が設置されており、選手たちは五回終了後に10分間、休息をとる 時事
今大会から甲子園球場のベンチ裏に設けられたクーリングスペース。クーラーや送風機が設置されており、選手たちは五回終了後に10分間、休息をとる 時事

8月6日から始まった夏の甲子園では、開幕ゲームの土浦日大―上田西戦で足がつる選手が続出した。土浦日大の香取蒼太外野手は六回の守備につく際、ふくらはぎに違和感を覚え、その回を終えた後の攻守交代時に中堅の位置から動けなくなって担架で運ばれた。上田西もこの回、内野ゴロを放った黒岩大都外野手が一塁まで全力で走り切れず、次の守備から交代した。

神奈川大会決勝では、球審が途中で交代するというアクシデントもあった。慶応と横浜の強豪対決が行われたのは、人工芝の横浜スタジアムだ。午前10時開始だったが、終盤まで接戦が繰り広げられ、時計の針は12時半に差し掛かろうとしていた。

八回裏、横浜が2死二塁の場面で、江崎英俊球審が猛暑の影響で体調不良となったため、自ら試合を止めてネット裏の控室へ。9分間中断した後、清水康大一塁塁審が球審に変更されて試合は再開された。

重要な試合の最終盤、緊張の高まる場面だ。そこで自らタイムを取るということは、倒れてもおかしくない状況だったのかもしれない。

具体的にはどんな方式が実現可能か

元陸上競技選手で400mハードル日本記録保持者の為末大さんは、SNS(ネット交流サービス)に「【夏季期間において10-17時は18歳以下のスポーツ大会を禁止する】としてはどうでしょうか」と投稿して話題になった。

「これは夏の間のスポーツ活動禁止ではありません。日中の大会を夕方以降にすれば大会開催は可能です。例えば10:00-15:00を17:00-22:00にずらします。南欧州では、17時以降に大会が行われており、私のレースも23:00あたりでした。または早朝でも構いません」と提言している。

高校野球の場合、1試合を消化するのに2時間~2時間半前後かかることが多い。熱中症予防の観点から想定すると、朝夕2部制を導入する場合、午前中は早朝から1試合、午後は夕方からナイターを含む2試合にして計3試合とするのが妥当ではないか。朝夕別のチケットにすれば、昼の時間に余裕をもって観客の入れ替えもできるだろう。

今夏の甲子園では1日に4試合を行う日が9日間ある。これを1日3試合にすれば単純計算で日程は3日延びる。プロ野球との関係もあって球場確保はいつも懸案だが、主催者も球場側も「朝夕2部制」の実現に向けてぜひ善処してほしいものだ。

地方大会はナイター施設がない球場もあるため、日程をよりスムーズに消化させるための工夫が求められる。一案としてだが、5~6月の週末や祝日を使ってリーグ戦を行い、その各組上位チームによる決勝トーナメントを7月に行うような方式は考えられないだろうか。そうして試合数を絞り込めば、日程も調整しやすくなる。今年の7月は各地で豪雨災害が相次いだ。現在のように、7月にほぼ全ての地方大会を実施するのでは、将来的に無理が生じるかもしれない。

球場の構造も、夏の気候を意識した変化が求められる。阪神電鉄は、甲子園球場の内野席上部を覆う「銀傘」と呼ばれる屋根を応援団が陣取るアルプス席まで拡張する構想を発表した。

応援の生徒たちが陣取るアルプススタンドも直射日光にさらされる。甲子園球場を保有する阪神電鉄は7月28日、球場内野席の銀傘をアルプス席まで拡張する構想を発表した  時事
応援の生徒たちが陣取るアルプススタンドも直射日光にさらされる。甲子園球場を保有する阪神電鉄は7月28日、球場内野席の銀傘をアルプス席まで拡張する構想を発表した  時事

2010年に完了した前回リニューアルの際は、当初、ドーム球場建設の話もあったというが、歴史と伝統を重視してその案はすぐさま消滅したという。ただ、将来的にはウィンブルドンのセンターコートのように、従来の施設を生かしつつ、開閉式屋根の設置を検討できないものか。土のグラウンドや天然芝を残し、伝統も継承できる。夏のスポーツが危険視される時代だ。荒唐無稽な話ではなく、考えてみる価値はあるはずだ。

「新しい日常」でスポーツを持続可能に

「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰の時代が到来した」。そう表現したのは、国連のグテレス事務総長である。今年7月の世界の平均気温が過去最高となることが確実となり、その発表の際に述べたコメントだ。日本でも7月は全国の平均気温が45年ぶりに過去最高を更新。各地で40度に迫る気温が連日観測された。

ギリシャ各地では7月下旬、連日の熱波で気温が40度を超えて山火事が発生。バカンス客に人気のコルフ島でも火の手が上がり避難勧告が出された ロイター
ギリシャ各地では7月下旬、連日の熱波で気温が40度を超えて山火事が発生。バカンス客に人気のコルフ島でも火の手が上がり避難勧告が出された ロイター

今年の全国高校総体(インターハイ)は北海道で開催されているが、涼しいはずの北海道でも、ホッケーやテニスの会場で熱中症となった選手が救急車で運ばれた。山形県では中学校の部活動を終えた生徒が帰宅途中に熱中症とみられる症状で搬送され、死亡するというニュースもあった。

日本スポーツ協会の「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」では、暑さ指数(WBGT)によって「25以上=警戒(積極的に休憩)」「28以上=厳重警戒(激しい運動は中止)」「31以上=運動は原則中止」などという基準が示されている。しかし、このガイドラインがスポーツの現場に浸透しているとは言いがたい。

2019年の世界陸上選手権は中東カタールのドーハで9~10月に開催されたが、日中の酷暑を避けるため、マラソンや競歩は深夜に行われた。これを受けて、国際オリンピック委員会(IOC)が東京五輪のマラソンと競歩を札幌開催に変更し、早朝スタートとなったのは記憶に新しいところだ。

2019年世界陸上選手権の女子マラソンは、午前0時スタートとなったものの、気温32度超、湿度70%超という過酷なコンデション。棄権者は出場選手の4割を超えた 時事
2019年世界陸上選手権の女子マラソンは、午前0時スタートとなったものの、気温32度超、湿度70%超という過酷なコンデション。棄権者は出場選手の4割を超えた 時事

スポーツ文化を持続可能としていくには、従来の常識にこだわらない姿勢が大切だ。新型コロナウイルスの感染拡大時に叫ばれた「新しい日常(ニュー・ノーマル)」。激しい気候変動に見舞われる今、スポーツ界にもコロナ下と同様の発想転換が求められる。

バナー写真:夏の甲子園大会、開幕試合の土浦日大―上田西戦、六回裏を終えて倒れ込み、担架で運ばれる土浦日大の香取蒼太選手(2023年8月6日、甲子園球場)時事

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