秦剛更迭にみる習近平一強体制下の中国政治と外交

政治・外交

秦剛外相の解任に続き、李尚福国防相の失脚説が取りざたされるなど、中国の習近平政権に異変が起きている。「一強体制」の中でのこれらの動きをどう読み解けばいいのか。

外相に続き、国防相も失脚か

中国政治にただならぬ変動が起きているらしい。2023年6月から中国の秦剛外相の動静が伝えられなくなり、さまざまな憶測を呼んでいたが、7月26日に解任され、外相の職は王毅前外相(国務委員)が兼任することとなった。これと前後して、人民解放軍ロケット軍の司令員と政治委員、さらに8月から9月にかけて李尚福国防相の動静も消え、どうやら失脚したらしいことが報じられている。就任から半年余りで外務・国防の要衝につく指導者が相次いで姿を消す事態は、確かに普通ではない。

秦剛は習近平が引き上げてきた人物であり、スピード出世で外交部長に昇進した外交部のスターであった。21年7月に駐米大使、22年10月の20回党大会で党中央委員となり、同年12月に外交部長に昇進した。23年3月、秦剛は国務委員となり、最年少の指導幹部となった。

この謎めいた失脚をめぐって、さまざまな説が出されている。例えばそれは汚職や不倫、対米政策をめぐる対立、スパイ疑惑、権力闘争などである。これらはそれぞれそれなりの説得力を持つとはいえ、現在のところ確度の高い情報は少ない。最近の『ウォールストリートジャーナル』紙によれば、在米大使時代に愛人と隠し子を作り、これが米国に対するインテリジェンス上の脆弱性となりうると考えられたことが失脚の原因だと、体制内で説明されているという。

なお秦剛は、外相は解任となったものの国務委員には残っており、これもなぜそうなるのか不明である。また、人民解放軍ロケット軍の人事異動や李尚福国防相の動静が見えなくなるなど、最近の軍における人事の変動とかかわりはあるのか否かも実際のところ分からない。

秦剛更迭の真相は分からない。しかしこの事件には20回党大会以降の中国政治の傾向が反映されているように思われる。本稿では、秦剛更迭の背景にある習近平一強体制下の政治の特徴はどのようなものか、そしてそれが外交にどのような影響を与えているかを論じる。

一強体制下でエリート間の政治闘争激化?

中国共産党第20回党大会において、習近平総書記は自分の意向に完全に沿った人事を貫徹し、習近平一強ともいえるような配置が少なくとも表面上は完成した。これは、江沢民~胡錦涛政権時代に見られたような、派閥の均衡で政治が動く時代とは異なる権力構造が出現したことを意味する。

問題はこのような状況においてなぜ秦剛の更迭に見られるような人事異動が連発されているのかという点である。もはや習近平に挑戦できる勢力は存在しないのではないのだろうか。ほとんどすべての高級幹部に関する人事が習近平の面談を経て決められたという状況で、なぜこのような事態が起きるのだろうか。

それは、最高指導者の権力が確立し過ぎたためである、というのが、筆者の見立てである。派閥均衡型の政治に比べて、一強体制下の政治では、部下たちは最高指導者の評価と歓心を得ることに強いインセンティブを持ち、競争を展開する。もはや誰も習近平に対して対抗したり闘争を仕掛けたりすることはない。しかし一人が抜きんでた状況では、誰が最高指導者の意を最もよくくみ取り、政策にするか、誰が最も信頼を得ることができるかという「宮廷政治」といってもよい競争が行われることになる。このようなエリート間の競合状態は、派別均衡型に比べて激しい闘争を伴いやすい。習近平の一強体制が完成した状況において、そして後継者が全く見えない状況において、中国政治は権力闘争・政治闘争がなくなるのではなく、むしろこれから盛んになると考えられる。

そのように考えると、秦剛の更迭は、そのような習近平一強体制のある種の構造的な弱さを反映しているとみることができるだろう。そして、それは最近の国防相の失踪やロケット軍司令部の交代にみられる軍内の動揺にも表れているといえるかもしれない。

特に米国との対立が深まる中で、米国とのつながりを疑われることは中国のエリートにとって大きなマイナス材料となる。中国共産党の歴史をひも解けば、「内部に潜む敵のエージェント」という言葉は権力闘争において政敵を打倒し、抹殺するうえで最も頻繁に貼られてきたレッテルである。

習近平一強体制と米中対立の深まりは、中国政治における粛清と権力闘争を激化させる恐れがある。

外交部に対する党の指導強化

もう一点指摘する必要がある中国政治の傾向は、党の指導の強化である。中国は「ばらばらな権威主義体制」と呼ばれてきたように、中国共産党が政治権力を独占する一方で、実際の政治過程において権威が分散化され、必ずしも党中央が一元的に政策を決定するのではなく、より複雑な過程を経ることで知られている。習近平政権が始まった2012年頃にはこうした問題は中国の対外政策の統合性を損なっていると見られていた。

習近平は、外交領域における政策決定の集権化を推し進めてきた。特にトップダウンの政策決定と調整機能の向上が目指されてきた。18年5月には、中央外事工作委員会が設置された。これは従来の中央外事工作領導小組と呼ばれる党内に設置された政策調整グループを格上げし、正式の委員会としたものである。

従来の領導小組は、外交にかかわる諸部門の調整の場であったが、会議の開催はアドホックであり、日常的に部門間の調整ができていたわけではない。これに対して、委員会への格上げを通じて、よりフォーマルな調整機関としようとしている。6月、習近平は中央外事工作会議において、「党中央の権威を擁護することをもって、党の対外工作に対する集中統一的指導を導く」ことが最も重要であると強調した 。

こうした最高指導レベルの政策決定に関する権力集中に加えて、習近平は外交部に対する直接的・間接的な監視を強めている。象徴的なのが、斉玉・元党中央組織部副部長の外交部党委書記への起用である。

中国では各政府機関内に党委員会が設置され、政策決定に強い影響力を持つ。外交部において党委書記は、外交部長に次ぐナンバーツーの地位となる。しかし、斉玉が異例なのは、党内組織を管轄する中央組織部出身であり、かつ外交経験のないまま外交部ナンバーツーに収まったことである。

外交部にとって、習近平と党の指示を徹底しないことはリスクであり、過剰なまでに党の方針を徹底する素地となっている。

基本路線は不変も、政策執行には細かいブレも

それではこのような習近平一強体制の下での中国外交にはどのような特徴があらわれるだろうか。

第一に、外交政策のちぐはぐさ、あるいは細かいブレである。これは大きな政策方針をめぐる路線の対立や転換が頻繁におきるというわけではない。筆者は中国の指導部に対米政策をめぐる路線の相違はなく、今回の更迭人事の外交への影響はほとんどないと考える。現在の対米政策の基本路線は習近平の判断に基づくものであり、それは米国とある程度の関係の安定化を目指しつつも、その意図を信用せず、米国との政治・外交・認知・経済・軍事など広範な闘争を展開するという路線である。

ただし、人事変動がある中で、基本路線に変更はなくても不安定さや、ちぐはぐな行動が出る可能性はある。習近平体制の内部の不安定さ(習近平の権力の不安定ではない)は、外交政策の執行における「ちぐはぐさ」や「ブレ」につながるだろう。

第二に、「戦狼外交」は今後も継続するだろう。習近平政権内部の不安定さや外交部に対する党の指導の強化は、外交部が習近平と党の指示に過剰なまでに反応する背景となっている。このことは、近年みられる外交官の強硬な言動や態度につながっている。

習近平政権は、対外的な影響力を向上することを重視し、「国際的話語権」を獲得することで、欧米のイデオロギー上の覇権を打破することを目指している。「話語権」とは自国の観点やナラティブを広め、これに反する観点を排除するような権力を指す。

特に新型コロナウィルス感染症の世界的な蔓延以降、中国の外交官たちは中国の責任に関する議論やその発生起源をめぐる議論に対して、強い言葉で反撃を加え、時にはおよそ外交とは思えない言葉を用いて欧米の政府を非難している。こうした傾向は、今後も続くであろう。実際に福島原子力発電所のALPS処理水海洋放出をめぐって、中国は外交官やメディアが一体となって日本に対する強い批判を行うだけでなく、フェイクニュースを拡散させてきた。

習近平政権が長期化するにしたがって、習近平個人の権力は一強と呼べるものになったが、しかし同時に体制内部の不安定さが露見するようになってきた。こうした不安定さは、習近平が年齢を重ね、後継者をどうするのかという問題が浮上してくると、より深刻になっていくだろう。権力闘争も生じやすくなると考えられる。この問題は、当然ながら外交にも影響が表れるだろう。我々は、こうした中国の体制リスクを念頭に置かなければならない。

バナー写真:訪中したブリンケン米国務長官(左)を迎え、会談前に挨拶する中国の秦剛外相=2023年6月18日、北京の釣魚台迎賓館(AFP=時事)

外交 中国 習近平