日本人とクマ:増え続ける被害、「隣の野生」アーバンベアとの共存は可能か

社会 文化 暮らし 環境・自然・生物

2023年後半、連日のようにクマによる人的被害が報じられた。餌となるドングリの凶作が主な原因だが、人の生活圏への侵入の背景には、地域の高齢化・過疎化など、さまざまな要因が絡み合っている。駆除には抗議の声も上がるが、「隣の野生」との共存は可能なのか。30年以上ヒグマの研究に携わり、NGO「日本クマネットワーク」代表を務める佐藤喜和氏に聞いた。

佐藤 喜和 SATŌ Yoshikazu

酪農学園大学(北海道江別市)教授。1971年東京生まれ。北海道大学の学生時代からヒグマの生態・軋轢(あつれき)管理に関する研究に取り組む。人とクマの共存を目指す「日本クマネットワーク」代表として、啓発活動や四国のクマの保全活動などにも携わる。著書に『アーバン・ベア:となりのヒグマと向き合う』(東京大学出版会、2021年)など。

木の実の凶作がシンクロ

世界には8種類のクマが存在し、日本では、北海道にヒグマ、本州と四国にはツキノワグマが生息する。ヒグマは雄の体長が約2メートルの大型、ツキノワグマは体長約1.2メートルで比較的小型だ。ツキノワグマは九州では絶滅、四国では絶滅寸前だが、全国的なクマの生息数は明らかに増加しているという。

「長期的に、野生のクマはじわじわと人の生活圏に接近してきました」と佐藤氏は言う。「2000年以降は、市街地への出没が繰り返し起きています。ドングリなど秋の木の実は豊凶のサイクルがあり、数年に一度、一斉に凶作になることがあります。その際、代替の餌を求めて、クマは生活圏に侵入します。その数が、今年はかつてないほど多かった」

環境省によると、2023年4月から11月末時点の速報値で全国のクマによる人的被害は212人、うち死者が6人。06年に記録を取り始めて以来、過去最悪となった。

「これまで、北海道と本州では、クマの大量出没のタイミングがずれていたのに、今年は重なったことも異例です。いずれにせよ、抜本的な対策を講じなければ、数年後にまた、同様の広範なクマ被害が繰り返されます」

ヒグマとの闘いの歴史

都市に隣接する森林で暮らし、一時的に人の生活圏に入り込む「アーバンベア」は、日本に限ったことではない。

「例えば、北米の場合、ツキノワグマに近い小型のアメリカクロクマが、街中でごみを食べたり、民家のプールで泳いだりするケースが発生しています。ただ、ヒグマの仲間のグリズリーは、かつて駆除されて数がかなり減り、カナダ以南の生息地はイエローストーン国立公園などの保護区が中心で、都市周辺にはいません。ヨーロッパではもっと減少しています。札幌市のように、人口200万の都市周辺にヒグマがいる国は日本だけでしょう」

北海道では、明治に始まる開拓期以降、人とヒグマの闘いの歴史があった。1915年12月北海道北部で起きた「三毛別(さんけべつ)ヒグマ事件」では、3日の間にヒグマが農家2軒に侵入、妊婦や子どもを含む10人の死傷者を出して、大きな衝撃を与えた。吉村昭の『羆嵐』をはじめ、小説やドラマの題材にもなっている。ヒグマは恐怖の対象であり、駆除すべき敵だった。

戦後の人口増加や木材需要の高まりから開発、森林伐採が進み、1966年には、冬眠から目覚めたヒグマをわなや銃で駆除する「春グマ駆除制度」が始まった。

駆除から保護へ

1970~80年代には、ヒグマをはじめ、多くの野生動物が生息数を減らしていた。

90年代前後から、世界で自然環境との共存を目指す動きが広がり、日本も生物多様性に関する条約を批准し、野生動物を保護する方針に転換する。

「ヒグマは害獣として無制限に駆除されて数を減らし、分布も縮小していましたが、1990年、春グマ駆除制度を廃止、根絶から保護へ政策転換しました。その成果として、数がじわじわと増えていき、90年代後半以降、農地への出没と作物への食害が増加しました」

エゾシカの増加も、ヒグマに大きな影響を与えている。

「ヒグマは川で捕ったサケを食べるというイメージがありますが、こうした暮らしをするクマは、知床半島など、ごく一部にしかいません。遡上(そじょう)するサケマス類自体が減っています。代わりに、多くのクマがエゾシカを食べるようになりました」

シカはヒグマの好物でもある草本類を食べ尽くす。一方、クマは農地周辺で駆除されたシカの死体や生まれたばかりの子ジカを食べるようになったのだ。

「ツキノワグマもシカは食べていると思います。凶作のときに、今まで以上にイノシシがドングリを先に食べてしまっている可能性もあるでしょう」

札幌市内の「熊出没注意」の張り紙(PIXTA)
札幌市内の「熊出没注意」の張り紙(PIXTA)

2000年代以降の市街地周辺への出没は、国の生物多様性戦略も影響している。都市の主要道路や河川沿いに緑地帯を整備し、森と市街地がつながる緑のネットワーク化が進み、野生動物が街に出没するようになった。札幌市では、2010年代に、住宅街内部までヒグマが侵入した事例が発生した。

「山奥のクマは人を見ると逃げますが、人里の近くに生まれ育ったクマは、生まれたときから車の音を聞き、人の気配に慣れています。ハンターに追われた経験もないので、人を恐れないのです」

高齢化・過疎化が背景に

「北海道では、農村地域の人口減少や高齢化により、この半世紀で農家数は6分の1になりました。全体の耕地面積はほぼ変わらないので、農家一戸あたりの耕地面積が6倍になっています。その結果、農業の大規模機械化が進みました」(佐藤氏)

無人化が進み、クマにとって作物にアクセスしやすい状況だ。酪農地帯では飼料の自給率を高めるために、国が補助金を出し、牧草地に飼料用デントコーンの作付面積が急増している。畑作地帯にあるビートやスイートコーンとともに、ヒグマにとって「このうえないごちそう」になっている。

「冬眠を控えた8月下旬から冬眠に入る12月までの間は、クマが最も食欲旺盛な時期です。春から主食としてきた草本類が、秋の主食となるドングリなどの果実類に代わる前の端境期(8~9月)には、山でクマが食べられる餌が減ります。一方で、この時期に旬を迎えるトウモロコシが増えているわけです」

「クマ問題は、少子高齢化問題と密接に結び付いている」と佐藤氏は指摘する。「農山村の人が減り、野生動物と人との境界の最前線で、人の影響力は弱まっています」

「人間の勢いが強く、野生動物を打ち負かした時代の国の仕組みが変わっていない。『スマートシティ』『コンパクトシティ』『スマート農業』など、人口減でも今の豊かさを維持するための仕組みは考えても、力を取り戻した野生動物には目を向けず、対応が後手に回ったのです」

猟友会任せではなく、専門家の育成を

今、佐藤氏が一番懸念していることは何か。

「クマとの共存ができないという声が大きくなり、行き当たりばったりのかじ取りがされることです」

「10年ほど前から分布も広がってきたので、このまま個体数が増え続ける状況を放置していいのか、という議論はありました。研究者たちは、クマ、シカ、イノシシなど野生動物を管理する専門人材を地方の現場に配置するべきだと主張してきましたが、ほぼ実現していません」

佐藤氏によれば、鳥獣害に強い地域づくりを進めている先駆的な自治体もある。例えば、島根県では、被害対策と保護管理に関わる鳥獣行政を一体化して林業部門が担い、関連機関がモニタリングなど調査研究も行う。市町でも鳥獣専門指導員の配置が進み、地域住民と行政、市町と県の間をつなぐ役割を果たしている。

「しかし、多くの場合、県は市町村任せ、市町村は猟友会任せです。猟友会はもともと趣味で狩猟をする人たちの団体で、保護管理に関する教育、経験があるわけではありません。地域に対する責任感で、体を張ってクマ問題に対処していますが、高齢化も進み、なり手不足も生じています」

「行政がハンターを育成・雇用する仕組みも必要です。広範なクマ被害は、今後も必ず起きる。専門家人材の育成・配置を織り込んだ対策を予算にしっかり組み込んでいかなければ、同じことを繰り返すだけです」

危機管理の可視化

北海道東部の標茶(しべちゃ)町や厚岸(あっけし)町などで、2019年からの4年間、66頭の家畜の牛を襲ったヒグマは「OSO(オソ)18」というコードネームで呼ばれ、恐れられた。しかし、今年7月末にハンターが駆除したクマが「OSO18」と判明すると、なぜ殺したのかと批判も相次いだという。秋田県などでも、クマの駆除に保護派からの批判が寄せられていると報じられた。

北海道で家畜の牛を襲い、駆除されたヒグマ「OSO18」[標茶町提供](時事)
北海道で家畜の牛を襲い、駆除されたヒグマ「OSO18」[標茶町提供](時事)

「クマ対策用電気柵を設置し、ごみの管理をきちんとしたうえで、それでも人の生活圏に出没するクマはやむを得ず駆除したと、どんな立場の人でも理解できるような危機管理システムが望ましい」と佐藤氏は言う。

「地域に配置された専門家が、日常的にモニタリングをして、データを取る。そして、具体的な対策については、直接被害を受ける人、受けない人を含めて地域の人たちの意見調整ができれば理想です。悪いことをするクマは、特定の個体に限られることが多い。どのクマがどんな “悪さ”をして駆除され、その結果、問題はどのように解決したのかを可視化していく必要があります」

アイヌのヒグマ観に学ぶ

先住民族のアイヌは、ヒグマを単なる敵でも獲物でもない、相反する2つの「神」の姿で捉えていた。肉や毛皮をもたらしてくれるヒグマを「キムンカムイ(山の神)」として、狩猟の際には感謝の儀式でその魂を神の国に送り、再来を願った。

だが、人や家畜に危害を与えるヒグマは「ウエンカムイ(悪い神)」として、毅然として立ち向かい、確実に仕留め、その肉は決して口にしなかった。

「『アーバンベア』問題は、このウエンカムイを駆除することで、離れた場所でもその後の出没が収まることがよくあります。増えすぎた個体数を無作為に減らすのではなく、特定のウエンカムイを速やかに駆除することで、地域の安全が守られ、クマの保全にもつながる。そのことを忘れるべきではありません」

佐藤氏が初めて野生のヒグマを見たのは、1991年、まだ目撃情報が少なかった頃、北海道大学のヒグマ研究グループの一員として観察調査に参加した時だった。川沿いの草原で草を食む親子のヒグマ。夕日を浴び、金色に輝く背中の毛が風になびく姿が美しかった。その時の感動をまだ覚えている。

「私たちの子ども、孫の世代まで、森の中でクマが元気に暮らしているという状況を維持したい。地域個体群を守ることが大事です。これだけの数の野生のクマが生息している先進国は、日本だけです。豊かな自然環境を享受しながら、みんながもっとクマのことを知り、野生との新しい付き合い方を身に付けてほしいと願っています」

バナー写真:2023年7月、秋田県が鹿角市に設置した自動撮影カメラに映ったクマ[県自然保護課提供](時事)

北海道 環境・生物・自然 環境行政(生物多様性も、統計類も) クマ 野生動物 環境・自然