熊本とは「助けあえる友人」―陳其邁高雄市長 :自治体間連携を戦略的なパートナーシップへ

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「台湾有事」の最前線である台湾南部の高雄市が、日本の地方自治体との関係を強めている。機縁は、米中対立の中で安全保障上の重要性が高まる半導体産業と、和食ブームによる海産物需要の拡大。自治体外交を進める同市の陳其邁(ちん・きまい)市長はニッポンドットコムのインタビューに対し、単なる自治体間協力を超えた、相互扶助の精神に基づく日台パートナーシップ醸成の意義を語った。

陳 其邁 CHEN Chi-Mai

高雄市長。1964年生まれ。台中中山医学大学卒、国立台湾大学公共衛生研究所にて予防医学修士取得。立法委員を4期務める。行政院スポークスマン、行政院副院長など歴任。2020年高雄市長補選で当選、2022年に再選を果たす。民主進歩党籍。

熊本から知事と市長の合同訪問

高雄には半導体受託生産の世界最大手TSMC(台湾積体電路製造)の楠梓(なんし)工場が稼働しており、現在製造設備のアップデートが進んでいる。TSMCを軸に高雄との交流を進めているのが、2024年2月24日に同社の日本で最初の工場の開所式が行われる予定の熊本だ。

2023年1月、熊本県の蒲島郁夫知事と熊本市の大西一史市長を中心とする高雄訪問団は、TSMCの工場建設の経験などについて理解を深めた。高雄の陳其邁市長が「知事と市長の同時訪問は前代未聞」と振り返るように、熊本側の熱意がうかがえる。以前から交流の素地はあった。高雄は熊本県、熊本市と2013年に国際交流促進の覚書(MOU)を締結。2015年には高雄・熊本間の直行便が就航し、2017年には3者で友好交流協定を結んだ。モノと人の交流が続いてきた延長線上に、半導体を縁とした協力も始まったのだ。

2023年1月、熊本県の蒲島郁夫知事と熊本市の大西一史市長が高雄市を訪問し、TSMC工場建設について理解を深めた(高雄市提供)
2023年1月、熊本県の蒲島郁夫知事と熊本市の大西一史市長が高雄市を訪問し、TSMC工場建設について理解を深めた(高雄市提供)

TSMCの工場建設が進む熊本県菊陽町は、熊本市中心部から15キロほどの距離にある人口4万人余りのベッドタウンだが、近年は半導体関連をはじめとする工場が集積し、将来的には台湾からも多くの半導体関係の人材がやって来るとみられる。県は新たなコミュニティーづくりのほか、地元住民に向けた広報の充実など受け入れ態勢を急ピッチで整えている。

熊本への提言:教育と交通インフラの強化

陳市長は蒲島氏と大西氏の訪問を受けて、「教育」と「交通インフラ」の重要度を引き上げることを提言した。半導体産業には先端の人材が必要。つまり相応の高等教育機関での人材育成が求められるということだ。TSMC本社がある台湾北部の新竹がその典型例で、地元の清華大学と陽明交通大学などから一流の人材を得ている。

他にもサイエンスパークの従業員の子女のために、市内に小学校1校と中学と高校を併設した「実験中学」を新設する。

次に交通インフラの重要性だが、半導体製造に欠かせない化学薬品は専用車両で輸送する必要があり、高い安全性が求められる。陳市長は輸送の安全を確保することが必要だと考え、高雄の楠梓インターチェンジに分岐路を新設。TSMCの工場があるエリアに直結させた。

陳市長の提言を踏まえるように、熊本県は2023年5月に熊本県立技術短期大学校に「半導体技術科」の新設を発表。熊本工業高校、熊本高等専門学校も台南の成功大学の半導体学院と覚書を交わし、未来の人材育成について協力することになった。交通インフラ面では、新たな高速道路の整備が始まっている。

高雄と熊本は経済安全保障の戦略的パートナー

世界情勢は常に変化しており、各国は経済安保戦略を強化することで技術流出の防止、サプライチェーンの強靭化を図っている。台湾に何かあれば全世界の半導体サプライチェーンは大混乱に陥る。しかし、陳市長は、日本と台湾は同じ半導体サプライチェーン上にあり、熊本での生産で需要を補うことができれば、有事への備えになると考える。

陳其邁市長は、熊本と高雄は自治体外交を超えた国際安全保障上の戦略的パートナーであると話す(黃森源撮影)
陳其邁市長は、熊本と高雄は自治体外交を超えた国際安全保障上の戦略的パートナーであると話す(黃森源撮影)

陳市長は、高雄と熊本は競争相手ではなく「助け合える友人だ」と話す。「両者の関係は自治体外交を超えた、国際安全保障戦略上のパートナーシップです」。日台は同じ民主自由世界における「半導体生態系」に共存しており、陳市長は「同じサプライチェーンで商売している者同士は、家族も当然なのです」と、その絆を強調する。

台湾の最大漁港改修で豊洲市場を視察

一方、高雄市側が日本側に学ぶ機会もあった。高雄港の一部をなし、台湾最大の遠洋漁業基地である前鎮(ぜんちん)漁港で進む改修工事についてのヒントを探ろうと、陳市長は2022年12月、東京の豊洲市場を視察し、大きな収穫を得たという。

1967年に完成した前鎮漁港は設備の老朽化が著しく、2021年に台湾政府は60億元(約280億円)の予算と81.37億元(約383億円)の追加予算をかけて改修工事を進めた。「漁港にはHACCP(ハサップ、食品衛生管理の国際基準)に沿った衛生基準が求められる」(陳市長)ため、世界最先端の魚市場であり、豊富な経験を持つ豊洲市場に学ぼうと考えたのだ。「(衛生基準には)産地から売り場や食卓、すし店などの飲食店まで、流通の過程で一定の温度を保つことも含まれる」ことから、豊洲市場の動線設計は漁港改修工事への大きなヒントとなった。

2022年12月、豊洲市場を訪れた陳其邁市長(右から2人目)と水産業者(高雄市提供)
2022年12月、豊洲市場を訪れた陳其邁市長(右から2人目)と水産業者(高雄市提供)

日本の魚市場を視察先に選んだのは、「競り文化」の共通性があったことも大きい。台湾の競り制度は日本の統治時代に伝わったもので、競り人による独特の掛け声、迅速に仲買人によって競り落とされていく様子は、「台湾と日本で非常に似ている」(陳市長)という。中でも注目したのが、市場関係者によって長年培われてきた「人情味ある空気」だった。「食品の安全は、長きにわたる人と人との信頼感の上に成り立っていると思いました」。ハードとソフトの両面から市場づくりを進める重要性について認識を深めた。

和食ブーム受け、漁港軸のビジネスチャンス探る

高雄籍の船で水揚げされたマグロは、超低温状態で静岡県の清水港などへ運ばれ、豊洲市場で取り引きされる。高雄市海洋局の独自推計では、日本で流通する超低温マグロの4割にあたる量が高雄籍の船で漁獲したものだという。水産庁によると、2021年に日本国内で流通したマグロ類34万1000トンのうち、16万9000トンが日本で水揚げされたもので、台湾の5万2000トンが続く。つまり、日本にとって台湾は「海外マグロ」の供給元第1位なのである。

だが、そうした輸出優先志向も変わるかもしれない。「昔の台湾はどちらかというと貧しかった。だから(水産物のうち)質のいいものは全て日本に輸出していました。現在は自分たちでも食べるようになり、日本の食文化から影響を受けています。しかも消費者の多くは若者です」。陳市長がこう語るように、台湾でも和食ブームが起きており、特に回転すし市場は大きく躍進している。「くら寿司」(2014年)、「はま寿司」(16年)、「スシロー」(18年)、「金沢まいもん寿司」(20年)など、日本の回転すしが次々と台湾に上陸し、すし愛好家は増える一方だ。消費者層の拡大によって前鎮漁港の観光面でのビジネスチャンスは大きくなっており、陳市長は2月1日に開業予定の観光施設「豊洲 千客万来」を参考に、観光客を誘致できる設備の導入も視野に入れる。2025年までに稼働する予定の新しい前鎮漁港へは地下鉄の整備計画が進められており、ゆりかもめなど豊洲市場の良好なアクセス性が参考にされている。

台湾には「魚幫水、水幫魚(魚は水を助け、水もまた魚を助ける)」という表現がある。半導体という経済安全保障の問題からマグロという食文化まで、全く異なる分野において足りない部分を補い合い、互いに恩恵を受ける。幾多の災害などでの相互援助を通じて深まってきた日台の友情は、さらに緊密なものになっていくだろう。

原文中国語(繁体字)、インタビューは2023年11月に実施した

バナー写真 : ニッポンドットコムのインタビューに熱弁をふるう台湾の陳其邁高雄市長

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