「技能実習」から「育成就労」へ:人材確保と人材育成を両立、課題はスキル形成機能の向上と育成技能の「見える化」

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30年前に導入された技能実習制度は、「人材育成を通じた国際貢献」を建前にして、海外の安い労働力で人手不足を補う労働搾取だと指摘されてきた。技能実習に替わる制度について検討を重ねた政府の有識者会議は、2023年11月末、育成と就労を両立させる方針を軸に最終報告をまとめ、法務大臣に提出した。政府は、通常国会に関連法案の提出を目指す。論点の一つは、別の企業などに移る「転籍」の条件緩和だ。制度見直しのポイントを解説する。

国際労働移動の基本メカニズム

今回の見直しのポイントを理解する上で必要不可欠なのが、国際労働移動の基本メカニズムに関する知識である。国内労働移動と比較した際、大きく異なるのは、求職者と求人側の情報の非対称性が非常に大きいということだ。

国境を越えた労働移動の場合、物理的な距離ゆえにお互いのことがほとんど分からない。複雑なビザ手続きや労働法制など、人材を求める側も仕事を求める側も、さまざまな障壁を乗り越えなければならない。そのサポート役として、送り出し機関や監理団体のような、双方をつなぐ「移住仲介機能」が必要となる。

移住仲介機能は市場を通じたサービス提供であり、サービスに対する需給バランスによって価格(手数料)が決まるが、その裁量の大きさから、常に合法/非合法のグレーゾーンに位置付けられる。つまり、求職者が負担する手数料の問題はこうした国際労働移動に関わる基本メカニズムに由来するもので、技能実習制度に固有のものではない。

もちろん、仲介機能を廃して、労働者個人と雇用企業を直接結び付けようとする試みは過去に数多くなされてきたが、ほぼ成功していない。

一例を挙げよう。2019年に導入した特定技能制度では、海外の求職者が日本の求人側と移住仲介機能を介さず、直接契約できる仕組みを取り入れた。日本-インドネシア間では、インドネシア政府が管理する「労働市場情報システム(IPKOL)」を導入し、特定技能分野での求人・求職のマッチングを試みている。しかし、うまく機能しておらず、駐日インドネシア大使館によれば、23年10月下旬時点で、利用実績は1件もない。このことは、国際労働移動で、移住仲介機能を排することがいかに難しいかを示している。

スキル形成と人権侵害防止

国際労働移動で起きる人権侵害の多くは、労働者のスキルレベルの低さに起因すると考えられている。そのため、外国人労働者の権利保護を推進するには、国際条約や法制度などの整備に加え、スキル形成の重要性が指摘されている。

例えば、技能実習制度で求職者が負担する手数料の高さは、スキルレベルが低い応募者が多く、誰が採用されてもおかしくない中で、少しでも採用確率を上げるために送り出し側による日本側への過剰な接待やキックバックなどに起因すると考えられている。また、一部の事業者による暴力や賃金未払いといった深刻な人権侵害も、スキルレベルが低い労働者はいくらでも代わりがいるという雇用者側の意識に原因があると考えられる。

高いスキルがあれば、雇う側が労働者のパフォーマンスとは無関係な接待やキックバックなどに惑わされず、純粋に能力の高い人を採用するようになる。仲介手数料も安くなるだろう。スキルのある人材を確保するために、雇う側が移住仲介コストを負担するようになれば、労働者側の負担はなくなる可能性もある。高いスキルを持つ稀少な人材であれば、雇用する側も大切に扱うようになることが期待できる。一方でルールやモラルだけで縛ろうとしても、国際労働移動が主に経済的な動機付けによって起きる以上、労働者も雇用者もルールをすり抜ける方法を考え出してしまう。

人材確保の目的を明示

有識者会議による制度見直しの方向性として、以下の4つのポイントを挙げる。

(1)人材確保と並び人材育成を目的とし、外国人がキャリアアップできる仕組みを作る

(2)監理団体や送り出し機関など、移住仲介機能の役割を正面から認める

(3)日本で身につけた技能の「見える化」など、外国人労働者受け入れにおける国際的な潮流を踏まえる

(4)人権保護について多重のセーフティ(安全装置)を設ける

まず(1)に関しては、人材確保の目的を正面から認めたことで、日本が国際労働市場に本格的に参加する意思を明確にしたことに大きな意義がある。同時に、改めて人材育成を目的に掲げたことも重要だ。現在、外国人労働者の受け入れにおいて、スキル形成を通じた送り出し国への技能移転の役割が世界的に大きく注目されているためである。

2018年に国連総会で採択された「安全で秩序ある、正規移民に関するグローバルコンパクト(Global Compact for Safe, Orderly and Regular Migration)」は、「国際移住における能力開発、および技能、資格、適性の相互認証の推進の重要性」を掲げている。また、OECD(経済開発協力機構)や世界銀行は、こうした政策類型を「Skills Mobility Partnerships (SMPs)」「Global Skill Partnership」と呼び、従来の外国人労働者受け入れプログラムに技能形成・技能移転の役割を持たせることの重要性を強調している。

少子高齢化が進む先進各国では、広範なスキルレベルで外国人労働者の受け入れが必要になっている。ミドルスキル層に関して、資格や経験を有する、いわば即戦力となる労働者を受け入れる制度はこれまでもあったが、それだけでは十分な供給が見込めず、働きながら学ぶエントリーレベルの未熟練労働者を受け入れることが有望な選択肢となりつつあるのだ。その意味でも、今回、改めて「SMPs」の役割を明示した意義は大きい。

監理団体の独立性と育成技能の「見える化」

(2)に関しては、国際労働移動における移住仲介機能の役割は排除できないと認めたうえで、厳格に管理することを掲げた。しかし、監理団体の要件厳格化について言及したものの、いかに管理するかという具体的な方法に関しては十分に記述できなかった。

受け入れ企業を指導・監督する役割を担う監理団体の独立性・中立性と非営利性という二つの論点をきちんと整理・検討できなかったためだ。経営の独立性・中立性は、非営利性とは相反することが多い。特定の受け入れ企業に依存しない経営の独立性を保てなければ、中立的な立場で役割を果たすことができない。NPO法人並みの収益事業の実施や内部留保の形成を通じた事業への再投資といった選択肢が必要になる。そこまで踏み込んで、明確に提言すべきであった。

(3)については今回、「本邦において従事しようとする業務と同種の業務に外国において従事した経験を有すること」とする「前職要件」など、国際貢献目的に由来する要件は撤廃するとした。その一方、政府は、研修生が修得した技能が帰国後に生かされ、同国からの継続的な送り出しにもつながるよう、育成される技能の「見える化」などを推進するとした。資格の国際的な相互認証などの取り組みを想定したものであり、今後、国際協力については国が主導して行うことを明確にしたといえる。

「転籍」の多層的背景

最後に(4)の人権保護について要点を整理しておきたい。人権保護については、本人の意向による転籍を認めるべきだという論点のみが注目される傾向が強いが、転籍の背景は以下のように多層的だという点を踏まえる必要がある。

第1層は現行制度が認めている「やむを得ない事情がある場合」の転籍だ。最終報告では、その範囲の拡大、および明確化を提言した。

現在、技能実習生の失踪は年間9000件で、全体の約3%にあたる。同値は出入国在留管理庁(入管庁)の調査で、賃金が来日前に期待したより少ないとした実習生のうち、「契約よりも少ない」「来日前と契約が異なる」といった、何らかの人権侵害を予想させる理由を挙げた者(4.8%)とほぼ同程度である。もし、失踪の多くが深刻な人権侵害と結び付いているとすれば、最初に取り組むべきなのは、こうした人たちの救済である。

第2層は必ずしも人権侵害とはいえないまでも、経営不振など、受け入れ企業側の都合による実習の中止によるものである。これは現在でも「技能実習実施困難時届出件数」で把握することが可能であり、入管庁の資料によれば、こうした実習生たちのうち、約80%は次の受け入れ機関が見つかっている。

第3層が、現在は認められていない本人の意向による転籍である。最終報告では、受け入れ先の企業で1年以上働いていること、一定の技能水準や日本語能力があること、転籍先が一定の要件を満たすことを条件として挙げた。また、元の受け入れ企業が負担した初期費用などを、転籍後の企業が一定程度分担させることも提言した。

労働移動を通じた人権保障は、本人の意向による転籍のみを重視することで達成されるわけではない。まず、第1層と2層におけるセーフティが十分に機能していることが重要だということを忘れるべきではない。

最低就労期間「1年」の背景

1年で転籍を認めてしまうと、賃金水準の低い地方部から高い都市部への人材流出が起きるのではという懸念が一部にある。だが、その見方は短絡的だ。以下のような観点から、多くの転籍者が発生するとは考えにくい。

1)受け入れ企業に一定の要件や初期費用の分担といったハードルを設けている 

2)育成期間中の外国人のスキルレベルはまだ低く、雇用者側がさほど関心を示さない可能性が高い

3)転籍者を雇用するより、転籍制限のない特定技能1号の外国人を雇用する方が合理的。現在、海外実施の試験に合格した特定技能1号外国人の新規入国が増えており、今後、技能実習からの移行も含め、一層の増加が見込まれる

(注:特定技能1号=建設、造船・舶用工業、農業、介護など12分野が対象。在留期間は最長5年、技能実習3年以上の実習で移行可能)

4)見直し案では育成期間を最長でも3年(現行は5年)としている。転籍に伴う「摩擦的失業」期間(自分に適した職を見つけるまでの期間)が生じた場合、その間は無収入となることから、本人にとって、3年間の見込み所得額が低下してしまう恐れがある

有識者会議の議論はさまざまな観点を検討し、国内の労働法制との整合性も踏まえたうえで、1年としている。これをいたずらに引き上げることは今後の育成就労制度の制度的安定性を損ねることとなり、本来の目的の達成も危うくする点には注意する必要があるだろう。

スキル形成機能をどう高めるか

今後の課題は技能実習制度で蓄積してきたスキル形成の機能をどのようにしてより高めるかという点である。特に特定技能1号だけではなく、家族帯同や永住資格の申請にもつながる特定技能2号を取得するための日本語試験(日本語能力試験N3相当)および技能評価試験への合格にどうつなげていけるか。これが最大のポイントになるだろう。

そうした取り組みは単に人手不足の解消といった一次的目標の達成だけではなく、それぞれの産業分野における生産性の向上やイノベーションといった成長戦略にも関わる重要な論点といえる。

バナー写真:PIXTA

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