バルト海は「NATOの海」に:スウェーデン加盟がロシアに与える打撃

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スウェーデンの北大西洋条約機構(NATO)加盟によって、バルト海のほぼ全域が「NATOの海」と化し、バルト三国の防衛・抑止態勢も大幅に強化される見通しとなった。昨年のフィンランドに続くスウェーデンの加盟は、ウクライナ侵略戦争がもたらした地政学的反作用であり、ロシアのプーチン大統領には手痛いしっぺ返しとなりそうだ。

北欧4国のそろい踏み

スウェーデンとフィンランドは、冷戦終結後も長らく「中立国」の立場を貫いてきた。だが、ウクライナ侵攻開始2カ月後の2022年5月、「ロシアは一変した」、「われわれには(NATOの)集団的自衛が必要になった」として、そろって加盟申請に踏み切った。既加盟のノルウェー、デンマークに両国を加えた北欧4国がそろったことで、NATOは北欧~北極圏一帯を防衛する切れ目のない態勢を手にしたことになる。

欧州のNATO加盟国

欧州の安全保障環境を大きく変える歴史的決定というだけではない。とりわけ重要とされるのは、ロシアが戦略的に重視するバルト海が加盟国で包囲された「NATOの海」となることだ(※1)。ロシア海軍はバルト海に臨むサンクトペテルブルクと飛び地カリーニングラードの2カ所に基地を持ち、バルト海経由で北大西洋へ向かう戦略拠点としてきた。

バルト海は平均水深が約55mという浅い海で、水路や海底の地形は複雑だ。海底にはNATO加盟諸国の生命線ともいえる通信ケーブルや天然ガスパイプラインも多く敷設されている。その実情を熟知して国防に生かしてきたスウェーデンの加盟によって、加盟国全体の戦略的インフラの保全と防護態勢の飛躍的向上が期待されている。当然ながら、バルト海の制海・制空権も確保されることになり、ロシア軍の動向を海と空から監視する警戒・探査が拡充される。

バルト海のほぼ中央に位置するゴットランド島はカリーニングラードから直線距離で300km、ストックホルムからは190kmにあり、バルト海を制する要衝とされている。NATO加盟後はこの要衝の島の警備も重点的に強化される見込みだ。

軍事・技術強国

スウェーデンは欧州でも指折りのハイテク産業国だ。自動車、家具、機械など民生用の製品でも世界的競争力を誇り、軍事分野でも加盟国の期待を裏切らない力量に富んでいる。英米にひけをとらない最新型戦闘機や、水中能力の高さで折り紙付きの攻撃型潜水艦をはじめとして、主要な兵器や装備は自力で開発・生産してきた。国民の国防意識も高く、冷戦時代にはバルト海で旧ソ連潜水艦を何度も追い回して苦しめた武勇伝がある。

冷戦中はソ連の脅威に対応するために国防支出が国内総生産(GDP)の3%に達した時期もあったが、冷戦終結後は予算を大幅に削減していた。しかし、2022年以降はNATO加盟手続きと並行して、再びGDPの2%超をめざす国防増強路線に転じた。先に加盟を果たしたフィンランドも昨年以来、国防予算の拡大に努めている。また、米国は昨年末、両国との間でそれぞれ防衛協力協定を結び、米軍が両国の海・空軍基地を使用したり、有事に備えて米軍の武器や装備(核を除く)を備蓄したりできるようになった。いずれもウクライナ侵略が両国の世論を加盟に向けて大きく促した結果といえる。

「NATOのアキレス腱(けん)」もカバー

加盟国の中でスウェーデンに最大の期待を寄せているのは、エストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国だろう。この三国はロシア、ベラルーシと国境を接している上に、ロシア系住民も多く抱えることから、「ウクライナに次ぐプーチンの標的」とみなされ、政府も国民も脅威感の高まりにさいなまれてきた。

その大きな理由となっているのが、リトアニアとポーランドの国境に沿った「スバウキ回廊」と呼ばれる地域だ。回廊の長さは約65kmにすぎないが、ベラルーシとカリーニングラードを陸路で結ぶ重要ルートだ。この回廊をロシア地上軍に制圧されてしまうと、バルト三国は他の加盟国から切り離されて陸の孤島と化してしまうからだ。このため、スバウキ回廊は「NATOのアキレス腱(けん)」とも呼ばれてきた。

「NATOの海」は、この危機を打開する切り札となる。スウェーデンを軸とするNATOの多国籍部隊が編成され、ゴットランド島を拠点に海・空両面でバルト三国に支援部隊や救援物資を急速かつ安定して供給できるようになると期待されている。北欧4国の空軍は既に昨年3月、防空態勢の連携強化を図る方針で合意した(※2)。今後はこうした想定に立って、NATOの共同作戦構想づくりが進められることになるだろう。

歴史的な誤算

スウェーデンの加盟によってNATOは32カ国体制に拡大した。既に昨年のフィンランドの加盟によって、NATO加盟国とロシアの国境は計約2600kmに倍増した。プーチン政権はバルト海ばかりか、北極圏周辺の守りも増強せざるを得ない立場に陥っている。

米、英、仏、独などNATO主要国の首脳も一様にスウェーデンの加盟を歓迎、祝福している。すぐれた国産兵器の提供や地政学的優位、戦略要衝の確保などを通して、スウェーデンの国防専門家は「スウェーデンの加盟は、NATOの抑止と防衛態勢の増強に大いに役立つだろう」(※3)と指摘している。

同国にとってNATOへの加盟は約200年間にわたって堅持してきた「中立・非同盟」外交の大転換を意味している。加盟承認をじらしてきたハンガリーの議会がようやく承認手続きを終えた2月26日、スウェーデンのクリステション首相はSNSで「今日は歴史的な日だ」と語った。裏返していえば、プーチン大統領は歴史的な大誤算を犯し、いっそう厳しい安全保障環境を引き寄せてしまったということだ。

バナー写真:ハンガリー議会の承認を受け、NATO加盟決定の記者会見に臨むスウェーデンのクリステション首相=2024年2月26日、ストックホルム(AFP=時事)

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