「もしハリ」「もしトラ」 内向き米国に備えよ
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2024年の米大統領選挙は近年まれに見る展開を見せている。予備選の段階では現職のバイデン大統領とトランプ前大統領が民主、共和両党それぞれの候補者となったが、6月末に行われた両者のテレビ討論会でバイデン氏が精彩に欠け、高齢に関する不安が高まった。7月の暗殺未遂事件では、強い指導者として振る舞ったトランプ氏に一気に有利な流れができたかにみえた。しかし、民主党内でバイデン氏の撤退を求める声が強まり、ハリス副大統領が民主党の大統領候補になると再び流れが変わった。
各種世論調査では、激戦州で接戦が続いていることがうかがえる。米中西部のラストベルト(さびた工業地帯)を中心とする激戦州では両党への支持は拮抗(きっこう)しており、投票行動を決めかねている無党派の動向が最終結果を左右することになる。激戦州に限らず、米国民の最大の関心事は経済であり、次いで不法移民の増加である。このため、米国が直面するウクライナ支援やガザでの停戦交渉など、対外政策は大統領選挙の結果を決める主要な要因とはなり得ない。
ハリス、トランプ両候補の対外政策がどのようなものになり得るのか、これまでの発言や公約、側近の顔ぶれから読み解いてみたい。ただし、両候補の政権移行チームがまだ固まっていないため、本稿はあくまで試論である。
ハリス氏:未知の力量 中ロとどう渡り合う?
ハリス氏は元検察官であり、国際関係について深い考えや経験がない。バイデン政権では副大統領として、アジア訪問、欧州での安全保障会議などを経験してきたが、バイデン氏の代理に過ぎなかった。中南米からの移民対策では、バイデン氏から責任者に指名されたが、成果を上げられなかった。
こうしてみると、基本的にハリス氏の対外政策はバイデン政権の路線の継承になる。国際主義や多国間主義、同盟関係を重視し、気候変動対策や感染症問題など国境を越えるグローバル課題にも取り組むことになるであろう。具体的には、欧州諸国と連携してウクライナ支援を継続し、パレスチナ問題ではイスラエルとパレスチナが共存する「2国家解決」を基本としつつ、双方への支援両立を目指すことが予想される。
中国については、最大の競争相手と位置づけ、最先端技術の流出を阻止しながら、軍事面で抑止と危機管理に力を入れて紛争の管理を目指すであろう。台湾に対しては、自衛力の強化を支援し続けることになると考えられる。国連や先進7か国(G7)など多国間の枠組みも重視するが、激戦州の労働者への配慮から、「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」など市場開放を含む自由貿易体制には距離を取らざるを得ない。
とはいえ、ハリス氏が大統領になれば、単にバイデン外交の継承ではなく、独自色を出す努力もすると考えられる。人権問題にはバイデン政権以上に取り組む可能性が高い。例えば、ハリス氏はヒンズー教第一主義を掲げるインドのモディ政権によるイスラム教徒軽視の姿勢を強く非難したため、インドが反発している。インドは米国にとって戦略的な重要さを増しているが、ハリス氏が大統領になれば米印関係や、「開かれたインド太平洋」に向けた日米豪印協力に一定の制約が生まれるかもしれない。新疆ウイグル自治区の人権問題で中国に対して批判を強めれば、米中対立が加速するだろう。
加えて、外交経験に乏しいハリス氏が、ロシアのプーチン大統領や中国の習近平国家主席らに「元検察官然」として接した場合、成果を予測することは難しい。足元を見られるだけに終わる可能性は否定できない。また、ハリス氏は2020年の大統領選の予備選で関税に反対する姿勢を表明した。貿易の盛んな米西海岸出身であることと相まって、通商政策で何かしらの変化をもたらす意思を示すかが注目される。
ハリス氏が誰を対外政策に関する側近に指名するかも重要である。通常、大統領候補は選挙の年の春には政権移行チームを編成するが、急きょ大統領候補になったため、移行チームがまだできていない。なにより、同氏周辺に外交の側近と呼べる人物がほとんどいない。副大統領の国家安全保障担当補佐官であるフィリップ・ゴードン氏らの影響力が強まるとみられている。彼らの共通点は米国の国力の限界を明示的に意識し、対外的な介入に自制的な点である。
バイデン政権はアフガニスタンからの米軍撤収を強引に進め、ウクライナ支援に慎重すぎる側面があったが、ハリス政権になればこれらの傾向がさらに強まる可能性がある。仮に台湾有事が発生した場合も、軍事介入に極めて慎重な姿勢を取るかもしれない。
トランプ氏:陣営内で割れる外交・安保のスタンス
トランプ氏が再選した場合はどうなるであろうか。1期目の外交や、選挙中の発言などから次のように言えるだろう。関税の引き上げと、気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」からの再離脱により、米国第一主義を再び強化することは間違いない。関税に関しては、1期目は通商政策の一環として貿易赤字の削減が主目的だったが、2期目は産業政策の一環として国内産業の復活に力を入れることになるだろう。CPTPPへの加盟はあり得ず、日本や米国などによる新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の交渉についても、米国から他国への市場参入がないという理由で離脱するかもしれない。
日本を含めた同盟国に対しては負担の分担と自律性を求める一方、ロシアや中国、イラン、北朝鮮など強権主義国家に対しては圧力と取引を持ちかけることになるだろう。ウクライナ支援については、トランプ氏は停戦仲介に関心を示すものの、具体的な手法は明らかでない。
同氏の周辺では、前国務長官のマイク・ポンペオ氏や大統領補佐官(国家安全保障担当)を務めたロバート・オブライエン氏らがウクライナへの軍事支援強化を主張する一方、元副大統領補佐官(国家安全保障担当)のキース・ケロッグ氏や国家安全保障会議の首席補佐官兼事務局長だったフレッド・フライツ氏らは支援打ち切りを主張する。再選の際にトランプ氏がどちらの声を聞き入れるか、振れ幅は大きい。
北大西洋条約機構(NATO)に関して、トランプ氏は国防費の対国内総生産(GDP)比2%を達成していない加盟国に対して、集団的自衛権の行使を制限する可能性はあるだろう。中東では、イスラエル支持をさらに強める一方、パレスチナ支援は削減し、2国家解決にも消極的になる。東アジアでも不確定要素がある。台湾政策では、戦略的曖昧性を維持しつつ、中国との貿易交渉で台湾を外交カードとして使うかもしれない。北朝鮮とは、核保有国であることを前提として、軍備管理交渉を行うこともあり得る。
ウクライナ支援に消極的なトランプ陣営のシンクタンク「米国第一政策研究所」の影響力が強まるとみられるが、8月に発表された移行チームの事務局長など主要なポストは決まっていない。具体的な人事は再選後になるとみられ、トランプ氏周辺にいる国際派と米国第一主義派の力関係については、現時点での予測が難しい。
自民新総裁は新大統領との信頼構築が急務
最後に、日米関係について触れておきたい。トランプ氏再選の場合、日本政府は国務長官の最有力候補とみられる前駐日大使、ハガティ上院議員ら前政権の高官との関係を維持しているため、関税などの難しい問題があるとしても交渉の余地があるだろう。
ハリス氏勝利の場合は、現バイデン政権から人事の引き継ぎが一定程度見込まれるため、短期的には大きな混乱はないとみられる。ただし、ハリス氏周辺の親族や地元カリフォルニアの人脈など、日本側がまだ十分に接触できていない側近がいるため、これらを把握し、関係を構築する必要がある。
いずれにせよ、自民党の新総裁は早急に権力基盤を固め、米国の新指導者との信頼関係を築くことが求められる。
バナー写真:米大統領選の候補者討論会で激論を戦わせたトランプ前大統領(左)とハリス副大統領=2024年9月10日、米フィラデルフィア(REUTERS)