トランプ政権の対ロ傾斜外交:ウクライナ停戦が迷走

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トランプ米大統領のロシア寄り外交が鮮明になる中で、ウクライナ情勢が混迷を深めている。その波紋は台湾など東アジア情勢にも及んでいる。

首脳会談決裂と軍事支援停止

トランプ氏の対ロ傾斜姿勢が最も象徴的に現れたのは、2月28日にホワイトハウスで開かれたウクライナのゼレンスキー大統領との首脳会談だ。ゼレンスキー氏は、ロシアによって過去に何度も停戦合意を破られてきた経緯を踏まえて、プーチン氏がいかに信頼できないかを強調し、軍事的対応も含めた「安全の保証」を求めた。

これに対し、トランプ氏は「私は彼(プーチン氏)をよく知っている。戦争をしたくないはずだ」と、取り合おうとしなかった。さらにバンス副大統領が「居丈高だけが取り柄のバイデン(前大統領)とは異なり、今は外交を試すべきだ」と割って入ったのをきっかけに、声高な口論に発展し、会談は決裂した。両首脳が調印する予定だった鉱物資源協定の署名式も中止されてしまった。

これに追い打ちをかけるように、トランプ政権は3月3日、ウクライナに対する全ての軍事支援の一時停止に踏み切った。米高官によると、軍事支援の停止は「ウクライナが和平交渉に誠実な関与を示すまで継続する」という。

認識の違いが決定的

ウクライナ戦争の早期終結はトランプ氏の公約であり、国際社会にとっても早期の停戦が望ましいことは言うまでもない。しかし、最大の問題は、トランプ氏がプーチン氏やロシアをほぼ無条件に信用し、対ロ融和の道にのめりこんでいることだ。米国は2月末の国連総会で、「ロシアの侵略非難・即時撤退」を求める総会決議にも異例の反対票を投じた。トランプ氏自身もロシアを主要国首脳会議(G8)に復帰させるよう訴えるとともに、とロシアの攻撃を「侵略戦争」と呼ぶことを拒み続けているのが現状だ。

一方のウクライナは、2014年のクリミア半島の武力併合以来、何度もロシアに煮え湯を飲まされてきた。トランプ氏が掲げる停戦・和平交渉においても、ロシアの再侵略を防ぐための具体的な「安全の保証」の確保が国家にとって不可欠な命綱といってよい。プーチン政権の行動や約束を信用するか否かをめぐり、ゼレンスキー氏を含む欧州諸国とトランプ政権の間には決定的な認識の違いがある。

このため米・ウクライナ首脳会談の前にも、マクロン仏大統領とスターマー英首相が相次いで訪米し、「安全の保証」に関してトランプ氏から一定の了解を引き出そうとしたが、確約は得られなかった。

首脳会談決裂を受けて3月2日、ロンドンで開かれた欧州など16カ国の首脳会議では、欧州の有志国連合が停戦後にウクライナに部隊を派遣し、再侵略阻止に備えることなどで合意したが、その場合でも衛星監視、偵察、情報、兵站支援などの面で米国の後方支援活動が欠かせない。過去3年間のウクライナに対する軍事支援の約半分は米国が担ってきたこともあり、北大西洋条約機構(NATO)の欧州加盟国も米国の後ろ盾にすがる以外に選択の余地はないため、欧州全体に動揺が広がっている。

感謝を強要する「マフィア」

一方、侵略の被害者国に対するトランプ政権のつれない言動について、批判の声が米メディアや国際社会で出始めている。首脳会談での口論で、トランプ氏やバンス氏がゼレンスキー氏を「無礼だ」と非難し、「米国に感謝せよ」と繰り返し迫ったことについて、米有力紙ワシントン・ポストは「まるでマフィアのボスのようだった」と批判し、ロシアの脅威を「甘く見ている」と指摘した(※1)。停戦を急ぐのはやむを得ないにしても、弱者を見下してひれ伏すよう強要し、資源や土地を強奪するかのような姿勢が米メディアの眼前で展開されたことは、道徳的にも少なからぬ衝撃を広げたとしかいいようがない。

保守系のウォール・ストリート・ジャーナル紙も、バンス氏がウクライナ戦争を「たかが民族紛争」と見くびってきた事実を指摘し、口論となるよう仕向けたのは「ロシアを助けただけだ」と断じた。さらに社説では「ロシアが一方的に有利な和平を得れば、次の侵略先を狙うだろう。他の大国も近隣国の領土を狙うようになる。そんな世界を求めるのか」と、トランプ氏の世界戦略に踏み込んで批判を展開した(※2)

そうした批判や懸念の背景には、弱者のウクライナに領土回復やNATO加盟を断念させれば、ロシアが協議に応じると見込んで、米ロの2国間だけで大勢を決めようとするトランプ政権の姿勢が明白に見えるからだ。

台湾にも波及

バイデン前政権までは、「武力による現状変更を認めない」とする国際社会の基本認識が確立され、「法の支配に基づく国際秩序」を堅持するためにも、ロシアの侵略戦争を許さないことが米欧、日本などのコンセンサスとなってきた。だが、トランプ政権の対ロ傾斜外交では、「侵略者」の定義すらあいまいとなり、ロシア政府は米欧の分断にもろ手を挙げて歓迎している。

ロシア寄りの姿勢が明白になる中で、中国の軍事的威圧にさらされる台湾では、トランプ政権に対する懸念と不安が広がっているという。「台湾有事は日本有事」とする日本にとっても、ロシアの力による現状変更がとがめられないままに停戦となれば、極めて危険なシグナルとなる。米欧、ウクライナが協調と団結を回復して停戦・和平協議に臨めるように、日本も外交の知恵を絞りたい。

バナー写真:米ホワイトハウスの大統領執務室で口論するトランプ大統領(右)とウクライナのゼレンスキー大統領=2025年2月28日(AFP=時事)

(※1) ^ 3月3日、共同通信「トランプ大統領は『マフィア』米有力紙が社説で批判」。

(※2) ^Trump’s Old World Order,” The Editorial Board, WSJ, March 2, 2025.

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