日本の経済安保政策:産業・技術基盤の強化が国の安全と直結する時代に―経産省の西川和見氏に聞く
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人工知能めぐる苛烈な米中競争
竹中 治堅 高速・大容量の通信規格「5G」などの先端技術をめぐる米中の対立激化や、一時深刻だった半導体不足などを契機に、経済安全保障政策はこの数年で重要性を増すばかりだ。現状で最大のトピックをどう考えるか。
西川 和見 やはり、人工知能(AI)技術をめぐる動向に世界の注目が集中している。AIの発展が、生産性から社会の在り方、政府の機能などあらゆるものを大きく変えると考えられているからだ。軍事の世界にも影響がある。米国では、「AIは現代版のマンハッタン計画だ」と言われることもある。
世界の覇権をめぐって米国が軍事的優位を確保するためのイノベーション開発について、「オフセット戦略」という言葉が使われる。第1の、「オフセット戦略」は核兵器の開発だ。軍事面の覇権だけでなく、レーザー技術などで世界をリードした。第2は米ソ冷戦時代の誘導ミサイル技術の開発で、そこで発展したのが半導体やコンピューティングであり、IT産業だった。第3は、AIに代表される新興技術。これまでと違うのは、そのコア技術は民生品そのものの世界で開発されることだ。
米中の技術覇権争いは激しく、米国は中国のAI開発をコントロールするためにさまざまな輸出規制、投資規制をかける。これに対して中国は、重要鉱物の輸出規制などで対抗する。これらの動きは、特に日本を含むアジア経済のサプライチェーンに大きな影響を与えている。
重要鉱物の動向
竹中 中国は2023年からゲルマニウム、ガリウムの輸出を許可制とし、24年12月には対米禁輸となった。黒鉛やアンチモンにも輸出規制をしている。いずれも中国のシェアが世界の5割から9割を占めるといわれている。こうした重要鉱物の確保のために日本はどのような対策を行っているのか。
西川 中国は世界のガリウムの9割を生産している。その中国の輸出量が、大幅に減少しているというのが現状だ。日本はリサイクルという手段で、国内でガリウムを賄える部分もある。しかし、輸入の多くは中国に依存している。
中国は、この規制は禁輸ではなく、安全保障にかかわる貿易管理だと説明している。民生品に使う分は輸出できるということだが、残念ながらその輸出量は全体として減っている。岸田政権の時に日中輸出管理対話というチャンネルを両国間でつくり、双方の輸出管理当局の対話を通じて制度に基づいた輸出許可を行うよう申し入れをしている。ただ、日本向けの輸出量が大きく減少する事態となる中、サプライチェーン維持に必要な重要鉱物を確保するべく、経済安全保障法の枠組みによる支援等を活用して、世界各地での安定調達ソースを確保していく。
竹中 脱炭素の点からも重要性が高まっている蓄電池だが、車載用の製品は中国が優位で、2023年時点で5割のシェアを持つ。この分野で政府はトヨタや日産などに巨額の補助金を出しているが、日本企業の蓄電池の競争力についてどう見ているか。
西川 自動車用の蓄電池は、その性能自身がある意味、搭載されるEVやハイブリッド車の性能を決めるところがある。その点を見れば、日本企業はいい蓄電池をつくれるという、そういう競争力はあると思う。一方で、原材料である重要鉱物やいろんなサプライチェーンをしっかり確保できているのか、またそのコストをしっかりと下げて顧客を開拓できるのかという部分はまだまだ、取り組みの途中にある。
また、蓄電池だけではなく、全固体電池のような次世代の電池もある。また、用途は違うがペロブスカイトのような太陽光で発電する電池もある。ペロブスカイトの原料はヨウ素で、国内で調達が可能なものだ。こういった、それぞれのテクノロジーの技術開発と、それに応じたサプライチェーンをしっかりと確保していくという、多正面作戦ですすめることが重要だ。
半導体の動向
竹中 経済安保における産業基盤強化策の中でも最重要と位置付けられる、先端半導体製造の取り組みについて伺う。ラピダスの北海道千歳市の工場が一部完成し、試作品の製造が始まるが、進捗状況をどう見ているか。
西川 これまで米国で行ってきた日米、ベルギーの研究機関imecとの共同研究に基づいて、千歳の工場に試作ラインを実際につくって、しっかりとした製品ができるかを確認するのが2025年度の課題となる。今は急ピッチで製造装置を入れ、ラインを構築している状況だ。試作品の技術審査をきちっとやりながら、着実に進めていくことと承知している。
ラピダスの設立が22年夏。そして製品化に向けた研究開発が23年に始まったわけで、それから2年しかたっていない。その間に実際に工場が建ち、製造装置が搬入される段階になった。ただし、まだ研究開発フェーズだと捉えていただいた方がよいと思う。
竹中 政府はこれまで、ラピダスに第1フェーズで700億円、第2フェーズで3600億円の資金を支援している。第3フェーズは5900億円を予定しているが、これは量産化の設備投資にあてるという位置付けか。2月にラピダスへの政府出資を可能にするための法案が閣議決定され、国会に提出されたが、どのような内容か。
西川 情報処理促進機構(IPA)という独⽴⾏政法⼈が先端半導体の量産化に向けた支援をできるように出資や債務保証といった金融支援を行うことを想定している。情報処理促進法の改正が必要で、これから国会でご審議いただく。これは最先端の半導体を製造する事業者が、製品の量産化をするにあたって政府が⽀援する取り組みだ。もちろん、ラピダスに支援することを決めているわけではなく、国会審議を経て、法改正が認められれば、その後、公募の⼿続きをし、ラピダスが⼿を挙げれば審査の上で⽀援することになる。出資や融資のほか、技術⼈材育成の⽀援も含まれる。(注:法案は4月25日に成立)
竹中 ラピダスは最先端となる2ナノ半導体の量産を目指しているが、果たして製品受注の見込みがどれくらいあるのかが課題に挙げられる。この点について、見通しを伺いたい。
西川 ラピダスの事業見通しについて自分が語る立場にないが、この2年余りで、⽣成AIをめぐる動きが⾮常に激しくなり、世界的にも⼤きな流れができている。そしてAIの世界では、GPU(グラフィックス・プロセシング・ユニット)をはじめとする最先端の半導体がどんどん必要になると⾔われている。さらに、AIの律速要因はエネルギーだ、電⼒だとも⾔われる。この点で、省エネに直結する重要な1つが半導体の微細化にある。
こうしたマクロの環境からいくと、⼀般論として、ラピダスのような事業への期待値は⾼まっていると言えるのではないか。実際、IBMや米国西海岸の設計企業は、ラピダスへの生産受託を既に表明していると聞いている。国内でも、ラピダスとプリファードネットワークス、さくらインターネットとの協業も発表されている
竹中 熊本県のTSMC(台湾積体電路製造)第2工場は、着工時期が「2025年中」に変更されたと報じられているが。
西川 第1⼯場は予定通り昨年12⽉から量産を始めていると承知している。半導体はグローバル・サプライチェーンの象徴例であり、⽶中対⽴や⽶国の関税政策などの影響をさまざまに受ける。しかし、TSMCが作るような最先端の産業⽤半導体のニーズは衰えていない。多少のスケジュールの変更はあるかもしれないが、前に進んでいくことになるのではないか。
竹中 レガシー半導体(旧来技術型の半導体)の、日本の生産力拡充はどのように進んでいるか。
西川 パワー半導体、アナログ半導体、マイコンなどの生産力は国内で着実に増やしている。一方で、現状は中国をはじめ世界ではこの分野への多額の投資があり、過剰生産になるのではとの懸念の声もある。特定国依存を弱めるため、欧米企業が調達先の多様化を探る動きもある。日本としては、国内企業が必要な各種の半導体を複数のルートから調達できる態勢を作ることが重要になっている。
防衛・宇宙分野の位置づけ
竹中 昨年策定された経済安保アクションプランでは、新たな第4の柱としての防衛・宇宙分野の先端技術に注力する方針が示された。具体的にどういう分野を対象に、どのような施策を進めていくのか。
西川 世界的な潮流として、宇宙に関するインフラは国ではなく民間が整備して利用する。それをある意味民間も政府も軍も使うというような形ができつつある。日本では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)を中心に、宇宙の研究開発のために1兆円の基金を用意して進めているが、民間主導でサプライチェーン、インフラ構築を行っていくことが大事になっていると考える。
日本はこれまで、極端なことを言えば1年で数基のロケットを打ち上げていれば足りていた。このため、宇宙に関するサプライチェーンはまだまだ発展途上だ。しかし、米国で民間でのロケット打ち上げは、もう桁が2つぐらい違う。今後は、ある程度計画的に大量につくらなきゃいけないという世界に入ってくる。日本の宇宙産業のサプライチェーンをどうつくるかは、非常に大事な課題になっている。
日本の「不可欠性」確立がカギ
竹中 米中をキープレーヤーとした技術覇権競争の中で、日本が今後、最も注力すべき課題は何だろうか。チャットGPTのような生成AIを日本が自らつくれるようにするということか。
西川 経済安全保障を考える際、かつてのエネルギー安全保障や食料安全保障のように、しっかりと日本に必要なものが調達できるようにすることは当然大事だ。今の時代はそれに加えて、「日本のテクノロジーがないとうまくいかない」という「不可欠性」をしっかり伸ばすというところも大事になってくると思っている。例えば、最先端のAIを開発するするチームの中に日本の企業や日本の研究者がしっかり入っている、といったことだ。
例えば半導体の世界でいえば、半導体の基盤となるウエハーは日本のメーカーなしには成り立たない。AIは目に見えないので分かりにくいが、「この分野は日本がないと作れない」というものを追求していきたいし、「世界にとってかけがえのない国」にしていきたい。ロボティックスとAIを結び付ける分野は有望だ。例えば、コンピューターは米国が強いが、日本は複合機などオフィスマシンの分野で強みを持っている。これはメカトロニクスとITを融合させる技術が進んでいるからだ。
AIの世界は、ゼロサムではない。やらなければいけないことは大量にあり、ビジネスのパイは拡大の一途にある。そのビジネスを友好国、同盟国でどうやって分担していくか、得意な役割をその中で見つけていくことが重要ではないか。
(インタビューは2025年3月26日に行った)
バナー写真:北海道千歳市にあるラピダスの工場。奥は新千歳空港=2025年3月(共同)


