韓国・李在明大統領の「実用外交」と国交60年の日韓関係:変数は台湾めぐる立場の相違か

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日韓国交正常化から60年、戦後80年の節目である2025年。韓国で進歩派の李在明(イ・ジェミョン)大統領が就任した。李在明大統領は「実用外交」を掲げ、従来の進歩政権とは異なる姿勢を見せているが、台湾をめぐり日米との立場の違いが見え、今後の不安定要素となる可能性も出ている。

「国家間の信頼の問題」

李在明大統領は就任直後の6月4日の記者会見で、日韓関係において常に争点になってきた歴史問題について、こう述べた。「国家間の関係は政策の一貫性が特に重要だ」「国家間の信頼の問題があるため、一貫性を考慮しないわけにはいかない」「個人的な信念だけを一方的に強要したり貫徹したりすることは容易ではないのが現実だ」

「個人的な信念」「理念」より「国益中心の実用外交」という姿勢を前面に出してきた李在明大統領。石破茂首相との電話協議も米国のトランプ大統領に次いで実施し、「戦略環境が厳しさを増す中で、日韓関係、日米韓の連携は重要であるとの認識で一致」(※1)した。米中の間の「均衡外交」を掲げ、就任後、米国・中国・日本の順に電話会談をした同じ進歩系の文在寅(ムン・ジェイン)元大統領とは明らかに異なるアプローチである。

さらに、カナダの先進7カ国首脳会議(G7サミット)の場において6月17日、日韓首脳会談が早速開催された。李在明大統領は「両国間の小さい違いを乗り越えて、さまざまな面で互いに協力し合い、未来志向で関係を発展させよう」(※2)と述べた。石破首相も「ウクライナ、中東などの国際情勢が厳しいなか、日韓の協力が地域、世界のためになることを期待する」と応えた。ここまでの日韓関係は「実用外交」を前面に出して滑り出しているといってよい。

「小さな違い」に含まれると見られる歴史問題を巡っては、保守系の朴槿恵(パク・クネ)政権が2015年12月に結んだ慰安婦問題に関する日韓合意について、朴大統領が弾劾(だんがい)・罷免(ひめん)され、文在寅政権へと交代すると、合意は事実上破棄され、「国家間の信頼」が損なわれた。まして戦時中の朝鮮人の徴用工問題は、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権下で明示的な国家間合意がないまま韓国側の責任で「解決」されたため、再び韓国で進歩派政権が成立すると第三者弁済のスキームが破綻するのではないか、という懸念が大統領選挙前から日本の政府関係者だけでなく一般国民の間にも根強かった。

尹政権の3年間、日韓関係はあらゆる面で正常化し、日米韓の安保連携も強化されてきたが、今後もそのモメンタムは維持されるのだろうか。

くしくも、25年は戦後/光復(植民地支配からの解放)80年で、日韓国交正常化60周年でもある。その間、日韓の間には、1965年の日韓基本条約や日韓請求権協定はもとより、95年の村山談話、2010年の菅談話、15年の安倍談話、16年の日韓秘密軍事情報保護協定などさまざまなコミットメント(約束事)が成されてきた。韓国新大統領誕生と日韓60年を機に、「合意は拘束する(pacta sunt servanda)」という原則が「国家間の関係」「国家間の信頼の問題」の根幹であることを、双方、改めて確認する必要がある。

ソウルで開かれた日韓国交正常化60周年を記念する行事。韓国の李在明大統領はビデオメッセージを寄せた(右奥)=2025年6月16日(共同)
ソウルで開かれた日韓国交正常化60周年を記念する行事。韓国の李在明大統領はビデオメッセージを寄せた(右奥)=2025年6月16日(共同)

「戒厳=内乱=自主クーデタの終息」「今からが本物の大韓民国」との方針を掲げる李在明大統領が、内政では前任者との断絶とリセットを図りつつ、外交・安保では国家としての「一貫性」をどこまで重視できるのか。

李大統領は、北朝鮮との関係を安定させ「コリア・リスク」を軽減するというが、政権交代にともなって「赤(野党「国民の力」のシンボルカラー)」と「青(与党「共に民主党」)」の間で外交安保政策や国家戦略も大きく変わる「スイング・ステイト(揺れ動く国)」の予見可能性の低さこそが最大のリスクである。

「日米韓」はあっても「インド太平洋」がない

「赤」と「青」の間の分断、保守(右派)と進歩(左派)の分極化は、欧米諸国と同様、韓国でも深刻だ。議会において2大政党の間で合意形成が難しくなるだけでなく、市民の間でも支持政党によって感情的に対立し、相互に敵対視するようになっている。党派性が異なる相手とは結婚しないばかりか、会食もしないという。

こうした分極化は外交・安保の領域でも見られる。特に、日本や北朝鮮との関係において顕著である。

韓国のシンクタンク・東アジア研究院による1月の世論調査では、「対日外交において韓国政府がまず考慮しなければならない課題」として、保守層は「歴史問題の解決(24.0%)」より「未来志向の協力」(55.5%)を挙げる比率が高い。一方、進歩層は逆で、前者(56.2%)が後者(26.8%)を上回っている。中道層では両者が拮抗している。李在明大統領が支持層の意向にそのまま従うのであれば、歴史問題の「再燃」が予想される。

対北政策も、保守と進歩の間で「安保態勢の強化」(41.5%対17.0%)と「南北交流の拡大」(15.7%対44.6%)の優先順位では歴然とした差が見られる。ただ、「経済制裁の維持・強化」(24.2%対20.4%)ではほぼ差がない。

対米政策も、「韓米同盟の強化」(50.4%対26.6%)と「水平的な関係構築」(9.8%対32.6%)をめぐって同じような差が保守と進歩の間で見られる。ただ、「日米韓の安保連携の強化」については、保守も進歩も「評価する」(84.6%対55.1%)が過半数であり、「評価しない」(12.6%対32.9%)を大きく上回っているのが特徴的である。

こうした選好の相違は、ひとつずつ個別に判断した結果というよりも、「陣営」ごとに感情的に反応しただけかもしれない。自分が支持する政権が進める政策は何でも評価する一方で、支持しない政権のものはそれだけで受け入れがたく映る。だとすると、政権交代後、前任者のイニシアチブは特に継承されにくい。

徴用工問題の解決はその最たる例であるが、李在明大統領はかつて「国家の自尊心を損ねた屈辱対日外交」と厳しく批判したことがある。

もうひとつ、尹前大統領のレガシー(遺産)は、インド太平洋戦略の策定(2022年12月)である。日韓関係の正常化とインド太平洋戦略の共有があってこそ、「グローバル包括戦略同盟」として米韓同盟の再定義(23年4月)、日米韓「キャンプデービッド原則」(23年8月)につながった。

だが、李在明大統領は今回の大統領選挙の期間中から一度も口にしていないのが「インド太平洋」である。何を言うかよりも、何を言わないかのほうが「その」人物や今後の展開を雄弁に語ることがあり、この視点からも李在明大統領の外交政策を展望する必要がある。

浮き彫りになる「台湾海峡」への温度差

「自由で開かれたインド太平洋」は元々、日本発のグローバル戦略であり、その後、米国や韓国だけでなく、オーストラリアやカナダ、欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)も独自に策定している。もはや、特定の地域や政権に限られたものではなく、この時代に共通する課題に取り組むうえで欠かせない国家戦略だ。特に、日韓両国は「IP4(インド太平洋パートナー)」の一員として、2022年以降、NATO首脳会談に参加している。「インド太平洋」と「北大西洋」、ユーラシアの東西の安保がそれだけ不可分になったということである。

同時に、「日米韓」は、日本の同盟国・同志国ネットワークにおいて、「IP4(日豪NZ韓)」「日米英」「日米豪」「QUAD(日米豪印)」「日米比」などミニラテラリズムのひとつである。かつて日韓は「擬似同盟(quasi-alliance)」に例えられたが、いまや日本にとって「準同盟国(semi-alliance/virtual alliance)」はオーストラリアや英国である。「日米韓」で「やるべきこと」「できること」と「できない」ことを冷徹に見極めて、過度に期待したり、早々と諦めたりしないようにしたい。

日米韓「キャンプデービッド原則」では「台湾海峡の平和と安定の重要性[が]再確認」されたし、「グローバル包括戦略同盟」として米韓同盟は朝鮮半島有事に限定されないということである。そもそも在韓米軍は在日米軍とともに米国のインド太平洋戦略の「最前線」「同じ戦域(One-Theater)」に位置している。朝鮮半島だけでなく、台湾海峡や南シナ海での有事の場合には、米韓同盟と日米同盟が柔軟かつ有機的に連携することが求められている。

「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」という脅威認識は、日本では首相が交代しても引き継がれている。そのため抑止力や対処力の向上にも継続して取り組んでいる。

一方、韓国では、台湾は「遠く」、有事の蓋然(がいぜん)性も「低い」と認識されている。驚くことに、李在明大統領は、「中国にも台湾にも『謝々(ありがとう)』と言えばよい」と語ってはばからない。ここには米国の存在がすっかり抜け落ちているし、いざ米中衝突という局面でコミットメントしない可能性がある同盟国からは在韓米軍を一部引き上げるカードをトランプ大統領が切るかもしれないという恐れがみられない。在韓米軍が縮小されれば、北朝鮮との間のパワーバランスも激変するのに、である。

「国家間の信頼の問題」は、同盟関係―日米であれ、米韓であれ―においても、ことほどさように重要なのだ。

李在明大統領は「戦って勝つのは下策であり、そもそも戦う必要がないようにすることが重要だ」と一貫して繰り返してきた。外交の重要性は指摘のとおりだが、「最悪に備える」 のが安保の鉄則である。外交と安保の間の「均衡」がどのように図られるかに、「国益中心の実用外交」の真価がかかっている。

バナー写真:首脳会談を前に握手する石破茂首相(左)と韓国の李在明大統領=2025年6月17日、カナダ・カナナスキス(時事)

(※1) ^ 外務省「日韓首脳電話会談」、6月9日

(※2) ^ 韓国KTV「韓日首脳会談の冒頭動画」、6月18日

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