災害対策基本法・災害救助法改正の意義:能登半島地震を教訓に「被災者支援」に力点
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交通、通信インフラがことごとく断絶
2024年1月1日に発生したマグニチュード7.6の能登半島地震は、直接死228人、災害関連死397人(25年7月時点)、全半壊住家約3万棟という甚大な被害を及ぼした。半島の中心を貫く大動脈である「のと里山海道」や「能越自動車道」が通行不能となり、また、4メートル以上にも及ぶ海底隆起により水深が浅くなり港が使えないという事態にも直面し、陸路、海路ともに断絶することで、人命救助や被災者支援活動ともに困難な事態が浮き彫りとなった。また、インフラの断絶により、多数の孤立集落が発生するのみならず、電気、通信が途絶えることで、情報も錯綜(さくそう)し、そもそも、どれだけの被災者がどこにいるのかということの把握すら困難を極めた。
被災者支援の官民連携に課題
避難所には多くの被災者が詰めかけ、避難所の過密も問題となり、避難所からあふれた人たちが自主的な避難所や壊れた自宅、蔵、ビニールハウス、車中などで避難生活を送っていた。地元市町の職員も被災し、避難所を運営することも困難な中、発災直後から多数のNPOや民間団体が、避難所運営や炊き出しなどの被災者支援に全国から集まってくださったが、情報共有や施設・設備の活用、資金負担等における官民連携に課題が生じていた。
さらに、過疎化した自治体では水道耐震化の遅れも災いし、長期にわたり水道が復活しないと予想された。そもそも雪や寒さの厳しい地域で、集落での生活を続けることが困難と予想され、また、福祉機能が低下する中で、大がかりな広域避難を実施することとなったが、被災者にかかる情報を市や町を超えて共有することや、支援者である民間人との情報共有において、個人情報保護のルールが立ちはだかった。
福祉サービスが欠かせない被災地
能登半島の市町は極度の高齢化(輪島市、珠洲市、能登町、穴水町の4市町は高齢化率50%)が進んでいる地域で、DMAT(災害医療派遣チーム)などによる活動に加え、現地の介護機能の確保が喫緊の課題だった。そうした中で、DWAT(災害派遣福祉チーム)などの支援活動や看護士、介護士などの派遣調整、要支援者にかかる情報共有の困難性、仮設住宅の建設の際に福祉の視点からの必要な施設やサービス提供の不足など、災害救助法に福祉サービスが規定されていないことからくる初動の遅れが当初より指摘されていた。

能登半島地震で、ビニールハウスの中で避難する人たち=2024年1月9日、石川県輪島市(共同)
「場所」から「人」へ、考え方を転換
上で述べたように、能登半島地震では、半島という地形の持つ特殊性や、高齢化の極度の進展といった地域の特性もあって、被災者、特に要支援者の情報共有を通じた被災者支援が大きな課題として認識されていた。
そのため、中央防災会議「令和6年能登半島地震を踏まえた災害対応の在り方について」(2024年11月)では、「場所(避難所)の支援」から「人(避難者等)の支援」へ、考え方を転換するという理念が示された。
また、石川県では全国初の試みとして、被災者支援を行うためのベースとして、被災者の情報を把握するための被災者データベースを策定した。防災DX官民共創協議会やデジタル庁、さらには他の自治体からの支援も受けて、LINEやSuica(ICカード)などを活用した被災者本人からの情報収集をはじめ、被災者の居所データを集め、義援金の配布や高齢者見守り事業などにおける居所把握として運用するところまでに至った。この取り組みは、さらにデジタル行財政改革会議事務局やデジタル庁からの協力も受けつつ、全国に横展開するためのベースとして被災者データベースの共通基盤の策定へとつながっている。(石川県策定「広域被災者データベース・システム導入手順書及び仕様書」参照)
被災者支援の充実に向けた基本法改正
2025年5月28日、参議院本会議で「災害対策基本法等の一部を改正する法律」が可決された。主な改正内容は、(1)国による災害対応の強化、(2)被災者支援の充実、(3)インフラ復旧・復興の迅速化の3つだが、本稿ではそのうち「被災者支援の充実」の中身について紹介する。
従来の避難所を支援するという考え方に加え、避難所に来ることのできない被災者、あるいは高齢者などの要配慮者や、避難所にいない在宅避難者など多様な被災者に対応することができるよう、災害救助法の救助の種類に「福祉サービスの提供」が追加され、災害対策基本法においても「福祉サービスの提供」が明記された。
広域避難においては、被災者の住民票のある自治体から(県の内外問わず)他の自治体へと移動しても行政サービスを享受するには、避難元の自治体と避難先の自治体との住民情報共有が必要となる。従来は、こうした住民情報は個人情報保護の観点から、そのアクセスが限定されており、災害時にどのような手段で他の自治体と共有できるかについても課題が生じた。今回の改正では災害対策基本法において、被災市町が作成する被災者台帳の作成について、都道府県の支援を明確化し、その結果として広域自治体を通じた避難元と避難先との情報連携を可能とした。
「協力団体」の登録制度を創設
能登でも避難所の運営支援、炊き出し、被災家屋の片づけなど、多くのNPOやボランティア団体が支援に入ったが、当初は、そうした団体と地元の自治体や社会福祉協議会との間に協力関係の構築について経験知がなく、いくつかの課題が発生した。これを教訓に、今回の法改正では国が支援団体の登録制度を創設することとし、登録団体と市町村の間での情報共有や、そうした団体の行う救助業務に対して国からの財政的な支援を可能として、支援を拡充した。
石川県での被災者データベースの取り組みを受け、被災者の居場所に関わらず「人への支援」を行うためには、時々刻々と変化する被災者にかかる情報の把握及び提供にあたってデジタル技術は欠かせないということから、今回の法改正ではデジタル技術の活用についての努力義務が明記された。
備蓄状況の公表を義務化
今回の地震では、石川県及び被災市町における備蓄の不足が、当初大きく問題となった。発災が1月1日であったため、被災地に通常の住民より多く観光客や帰省客がいたことも、備蓄物資の不足に拍車をかけた。また、道路などの崩壊がひどく、国による物資支援もなかなか避難所や孤立集落に届くまで時間がかかった。
こうした経験から、孤立が想定される集落など地域の実情に応じつつ、備蓄の必要性を認識するとともに、地元住民が自分の地域の備蓄状況を他の地域とも比較しながら理解することができるよう、備蓄状況を自治体が毎年1回公表することが規定された。
6本の法律を一括改正
今回は、災害対策基本法と災害救助法に加え、インフラ復旧・復興の迅速化に向けて水道法や大規模災害復興法、大規模地震対策法の改正、また国による災害対応の強化として、地方公共団体に対する支援体制の強化を行うとともに、内閣府に司令塔として「防災監」を設置するといった内閣府設置法を合わせて6本の法律が一括改正された。
このうち、「災害対策基本法」は、死者・行方不明者が5000人以上にも及んだ伊勢湾台風(1959年)を契機として61年に制定された法律で、具体的には、災害発生時や平常時の防災についての行動指針を示している。一方、「災害救助法」は、応急救助に対応する法律とされており、1946年の南海地震を契機に翌47年に制定され、以後、救助の中身が拡大されてきている。災害救助法が適用されると、法に基づく救助は都道府県知事が行うこととなり(法定受託事務)、避難所や応急仮設住宅、炊き出しその他の食料品や飲料品、生活必需品の供給、医療や障害物除去など、都道府県の知事が救助要請や指示を出して市町村長を補助し、必要な費用を国が負担するという流れとなっている。
この2つの法律を基軸に、わが国の災害対策がなされてきているが、大規模な災害が起こるたびに新たな課題や問題点が指摘され、その都度議論されている。被災者の支援に力点が置かれた今回の改正が、災害関連死の防止にもつながることを期待している。
バナー写真:能登半島地震による火災で燃えた自宅から、妻の裁縫用はさみを見つけた男性=2024年1月4日、石川県輪島市(時事)
