世界陸上で試される脱「電通依存」:五輪不正受けたスポーツビジネスの「東京モデル」は根付くのか

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東京・国立競技場で9月13日に開幕する陸上の世界選手権(世界陸上)では、従来の国際大会では多かった広告代理店「電通」への依存から脱し、運営組織「東京2025世界陸上財団」が独自にスポンサー集めをした。東京五輪・パラリンピックでの不正を受けた、透明性を前面に打ち出す「東京モデル」だ。

公式サイトでスポンサー公募

「当財団は、大会ビジョンにおいて『フェアネスを体現した信頼される組織運営を通じて、未来に向けた国際スポーツの新しい世界標準、“東京モデル”を確立』を掲げており、スポンサーシップ販売方針においても、カテゴリー(業種)ごとに公募・入札を実施するなど、透明性の高いオープンで新しい手法を採用いたします」

世界陸上財団は、このように公式ウェブサイトで明記している。東京五輪の反省と教訓から透明性を重視し、スポンサーの獲得など世界陸上のマーケティング活動を進めてきた。

日本国内での商業権を得る公式スポンサーは、協賛基準額に応じて以下の3段階に分けられている。

  • プリンシパルサポーター(1社当たり3億円以上)
  • サポーター(1社当たり1億円以上)
  • サプライヤー(1社当たり3000万円以上)

この条件を公表して、入札方式で公式スポンサーを決める仕組みを採用した。

協賛社には、「東京2025世界陸上」の呼称や大会ロゴを使った商業権が認められ、競技会場での広告掲出や公式印刷物への広告出稿、チケットの無償取得など20に及ぶ権利が付与される。権利の内容も協賛金額に応じて分けられ、詳細は財団のサイトで公表されている。

従来、スポンサー契約の多くはビジネス上の「守秘義務」があるとして、関係者以外には契約条件などは開示されず、不透明だった。今回はその内容を明示していること自体、大きな特徴と言える。

入札の結果、最高位の「プリンシパルサポーター」には、近畿日本ツーリスト、森ビル、TBS、東京メトロの4社が決まり、次のクラスの「サポーター」には近鉄エクスプレス販売や東京ガスなどの5社、「サプライヤー」には朝日新聞社、LIVE BOARDなど4社が名を連ねた。

財団は大会総経費を150億円規模と見込み、都や国からの支援が80億円、チケット収入は30億円、協賛金・寄付金は計30億円、残りの10億円は日本陸連が負担するという予算を設定して大会準備を進めてきた。

このほど開かれた財団の理事会では財政計画が更新され、チケット収入が14億円増の44億円、協賛金・寄付金が10億円増の40億円となり、大会総経費も174億円と増額された。数字通りの収入が確保されたのであれば、目標は達成されたことになる。

大規模不正事件に発展した東京五輪

世界陸上財団が広告代理店を通さずにスポンサーを公募したのは、東京五輪・パラリンピックでのスポンサー選定を巡る贈収賄事件や、テスト大会と本大会の運営会社を決める際の入札談合事件が背景にある。

「電通」本社ビル=2022年11月、東京都港区(時事)
「電通」本社ビル=2022年11月、東京都港区(時事)

贈収賄事件では、スポーツビジネス界の「大御所」といわれた電通元専務の高橋治之氏が組織委員会の理事の立場を利用し、スポンサーや公式ライセンス商品の販売業者の選定で便宜を図り、見返りに賄賂を受け取ったとされる。「贈った側」の企業関係者も多く逮捕・起訴された。まさに祝祭の水面下で起きた汚職だった。

談合事件にも電通は深く関わった。組織委だけでなく、イベント制作会社や他の広告代理店など複数の企業を巻き込み、テスト大会や本大会の運営業務を割り振った。この際、公正な競争入札は行われなかった。電通グループは2審で東京高裁から罰金3億円の有罪判決を言い渡されたが、判決を不服として上告している。

東京五輪・パラリンピックの公式グッズ(時事)
東京五輪・パラリンピックの公式グッズ(時事)

「専任代理店」に依存する体質

東京五輪・パラリンピックの組織委が電通と「専任代理店」契約をしたのは、招致決定の翌年の2014年。「当社はこれまで長年にわたり培ってきたスポーツ事業における知見やノウハウを生かし、大会の成功に向けて、グループの総力を挙げて貢献してまいります」。当時、電通は高らかに宣言している。

電通は組織委に対し、1800億円のスポンサー収入を最低保証したとされる。最終的な協賛金は国内68社で総額3761億円に上ったが、その「知見」や「ノウハウ」が公正さを欠いていたのは事件の発覚からも明らかだ。スポーツ大会における「電通任せ」の体質の弊害が露呈したといえる。

90年代、スポーツ界自立の動きは頓挫

スポーツ界にも経済的な自立を求める動きは存在した。1998年長野冬季五輪の5年前には、日本オリンピック委員会(JOC)が「ジャパン・オリンピック・マーケティング(JOM)」という会社を設立して独自の商業活動を展開しようとした。

しかし、JOCの内紛でJOMの社長が解任され、結局は代理店に業務を委ねる方式に戻り、電通が専任代理店の権利を獲得したという経緯がある。JOMは7年ほどで消滅し、多くの競技団体も電通への依存度を高めていった。

電通の影響力は海外でも大きく、五輪だけでなく、サッカー・ワールドカップなど主要な国際大会のビジネスに関わってきた。陸上でも、2001年に始まった世界陸連(WA)と全世界のマーケティング権と放送権の独占契約は、29年まで続く。長期にわたる世界規模の商業権を保有しているのだ。

電通の影響力が強い陸上競技の国際大会で、世界陸上財団が電通と距離を置き、独自に国内スポンサーの公募を実施したのは、依存体質に陥っていたスポーツビジネス界に変化が起きていることを示すものだ。

アジア大会、デフリンピックも電通抜き

来年9~10月には「五輪のアジア版」と呼ばれるアジア大会が愛知県と名古屋市の共催で開かれる。競技数では五輪をしのぐ巨大イベントだ。当初は電通が代理店に内定していたが、東京五輪の不正を受けて辞退。このため、地元の広告代理店「新東通信」を代表とする4社がマーケティング業務を担当している。

26年アジア大会のイベントでカウントダウンボードを披露する広沢一郎名古屋市長(左)とサッカー元日本代表GKの楢崎正剛氏=2025年5月7日、名古屋市中区
26年アジア大会のイベントでカウントダウンボードを披露する広沢一郎名古屋市長(左)とサッカー元日本代表GKの楢崎正剛氏=2025年5月7日、名古屋市中区(時事)

協賛金額は20億円、10億円、5億円、1億円の4段階に分けられ、協賛企業の公募が進められている。五輪を巡る不正が影響しているのか、企業の動きは鈍く、スポンサー集めが順調に進んでいるとは言い難い。それでも、組織委は世界陸上と同様、協賛の手続きをウェブサイトで公表し、入札の情報を明らかにしている。

今年11月に開かれる聴覚障害者の国際競技大会、デフリンピック東京大会の準備運営本部も広告代理店には委託せず、ウェブサイトで協賛社を募集したり、職員らが直接企業を回ったりして営業活動を進めている。現在、100を超える企業・団体と協賛契約を結んでおり、運営費の一部をクラウドファンディングでも集めている。

試金石となる「東京モデル」

2年前に世界陸上財団が設立された際、尾縣貢会長(当時日本陸連会長)はこう述べている。

「世界中から集結したトップアスリートが大歓声の中で躍動する姿は、多くの人々に感動や元気を届け、スポーツの魅力や価値を伝える。私たちは東京五輪・パラリンピック後の新しい国際競技大会のモデルを作り上げたい。そのためには、大会を準備し、運営する組織がガバナンスの利いた健全なものではなくてはならない」

新型コロナウイルス禍で社会活動が制限される中、東京五輪・パラリンピックは原則無観客で行われ、開催自体を疑問視する声も多かった。さらに閉幕後に発覚した数々の不正。札幌市が世論の支持を得られず冬季五輪の招致を断念したように、巨大イベントに対する社会の不信感はまだ拭えていない。

今回の世界陸上では大勢の観客が詰めかけ、熱気にあふれるだろう。人々の共感を得るためには、大会の舞台裏で展開されるスポーツビジネスも透明性を確保し、競技と同様、公正なものでなければならない。世界陸上の「東京モデル」がスポーツ界の自立を促し、今後のあるべき姿を示してほしいものだ。

バナー写真:東京2025世界陸上の会場となる国立競技場=2025年8月25日(リチャード・A・ブルックス/AFP、時事)

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