中国の「選択」と戦略:既存の国際秩序への対抗

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9月の中国の軍事パレードと、その直前に開かれた上海協力機構(SCO)首脳会議。この2つの外交舞台は、明らかに習近平国家主席による「米国への挑戦状」だと筆者は指摘する。

9月3日に北京で中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年記念式典(以下、80周年式典)が開催された。軍事パレードには中国人民解放軍の最新鋭兵器が並び、中国が経済力のみならず軍事力においても世界の先進である印象を残した。閲兵式に参加した首脳のうち、中心に位置したのは習近平国家主席、ロシアのプーチン大統領、そして北朝鮮の金正恩総書記。周辺には直前の上海協力機構(SCO)首脳会議(8月31日~9月1日)への参加国など26カ国の首脳が並んだ。映像を見た人の多くが、中国を中心とする新しい勢力の台頭を感じただろう。欧米諸国の首脳は参加を控え、2015年の閲兵式では朴槿恵大統領が姿を見せた韓国も李在明大統領は今回の式典を欠席、8月に日本と米国を歴訪して石破茂首相(23日)、トランプ米大統領(25日)との首脳会談に臨んだ。

既存の国際秩序への競合鮮明に

中国の軍事的能力をどう評価するかという分析も非常に重要であるが、外交戦略の観点に立てば、一連の式典において着目すべきは中国の軍事的パワー、関係国と強い連携、そして「戦後国際秩序と平和の擁護者」としての「正当性」を誇示する認知戦の側面であろう。筆者は特に重要なインプリケーションが2つあったと考えている。

1つには、習近平政権が既存の国際秩序に競合する意思と勢力図を鮮明にしたことである(※1)。ロシアはウクライナ侵攻、北朝鮮は核ミサイル開発という異なる理由によるものの、両国が米国を中心とする主要国から制裁を受けていることからすれば、この両国を主賓とすることは既存の国際秩序からの明白な逸脱であった。そしてその背後には、「アメリカを中心とする主要国こそが世界の諸問題の原因である」という独自の世界観がある。なお、これを見たトランプ米大統領はSNSで「ウラジーミル・プーチンと金正恩に私の心からのあいさつを送ってください、あなた方はアメリカ合衆国に対して共謀しているので」と発信し、不快感を露わにしていた。

そしてもう一つは、「第2次世界大戦の戦勝国であり軍事大国である中国は、正当な権利として国際秩序の調整に関与する」というメッセージである。それは式典での習近平演説において、人民解放軍の役割を「中華民族の偉大な復興の実現の戦略的支えを提供する」ことと「世界の平和と発展にさらに大きな貢献をする」ことを並べて挙げた点にも明示的であった。

上海協力機構にみる国際戦略の新展開

80周年式典に見られた中国の外交方針は、直前に開催されたSCOサミットでより鮮明であった。プーチン大統領は9月1日の演説で、SCOによる「真の多国間主義」が「時代遅れの欧州中心モデル、欧州大西洋モデルに取って代わるもの」だと主張した。習国家主席もまた「冷戦思考や陣営対抗、いじめ行為に反対する」としてトランプ政権をけん制しつつ、「SCO開発銀行」を早期に設立し、加盟10カ国に対しては年内に20億元の無償資金援助をすると表明した。正当性を主張すると同時に、ロシアやインドを含むSCO加盟国を経済的に支え、関係国との結束を固める方針を示したと言えよう。

中国がSCOサミットにおける「最大の注目点」(郭嘉昆・中国外務省報道官、9月2日)と位置付けるのが、上海協力機構プラス会議で習近平国家主席が提起した「グローバル・ガバナンス・イニシアティブ(GGI)」である。GGIは主権平等、国際法治、多国間主義、人間本位、行動の道筋の5つの概念を「五大核心理念」として称揚し、国連憲章や国連等の多国間メカニズムを重視しながらも、中国中心のグローバル・ガバナンスを是とする概念である。

従来、習近平政権は3つのグローバル・イニシアティブを示してグローバル・ガバナンスに積極的に関与する意図を明らかにしてきた。2021年に示したグローバル発展イニシアティブ(Global Development Initiative: GDI)、22年のグローバル安全保障イニシアティブ(Global Security Initiative: GSI)そして23年3月に提起されたグローバル文明イニシアティブ(Global Civilization Initiative: GCI)である。年を追うごとに理論化に屋上屋を重ね、最終的に習政権はGDI、GSI、GCIという外交戦略の3本柱の上に「人類運命共同体」という目標を掲げ、中国がこの実現をリードするという国際ビジョンを描くようになっていた。簡潔に言えば、経済、軍事、文明(価値)の3つの重要領域において中国がイニシアティブを発揮して国際社会をまとめる、という戦略ビジョンである。今回はそれを「四大グローバル・イニシアティブ」に拡大し、新たな第4の柱としてGGI(統治)を加えたことになる。

国際政治の観点に立てば、GGIの内容の是非や意義──中国側は盛んにその重要性を喧伝しているが──よりも重要なのは、「新たにGGIを提起した」という行為そのもののインプリケーションであろう。中国国内からは、80周年式典の在り方について「中国・ロシア・北朝鮮」という構図が固定されることに反対の声もあったと言われる。だが習近平政権は明らかに自らの立ち位置を選択し、米国への挑戦状を示した。後に振り返ったとき2025年9月は、これから続く東アジア地域の勢力構図が示された起点として想起されるかもしれない。

勢力分布が長期化する可能性

閲兵式を経て浮かび上がった対立構図は、どれだけ構造化しているものなのか。そもそも中・ロ・北朝鮮の3カ国の関係は機会主義的で、西側諸国のように共有する価値に基づく長期的なものではないではないか。こうした論点を考えるために、中国におけるプロパガンダの政治的効果を概観しよう。

党中央直属の「共産党中央宣伝部」という専門機関が存在することに明らかなように、中国においてプロパガンダの活用は伝統的な統治手法の一つである。中国の世論工作ではいわゆる「アメとむち」の方策が用いられており、高度な監視システムを用いて逸脱者に懲罰を与えるだけでなく、プロパガンダを用いて世論誘導を行いつつ、プロパガンダから逸脱しないアクターには報酬が与えられる。なお付言するならば、これは統治の正統性を選挙で担保されない統治者が求心力を維持するための政治メカニズムであり、中国だけでなく共産主義の統治システムに広く共通する特徴でもある。

いまや習政権はこうした国内世論を管理・誘導する手法を、徐々に海外に在住するアクターや国際機関、他の国家に対して応用するようになっている。中国政治において「話語権(ディスコース・パワー)」をめぐる国際戦略として議論される問題だ。2021年5月に開催された中共中央政治局第30回グループ学習ですでに、習近平総書記自身が「中国の実践を中国の理論で説明し、中国の理論を中国の実践で昇華させ、中国と海外を統合する新しい概念、新しいカテゴリー、新しい表現を創造し、中国の物語とその背後にある思想と精神の力をより完全かつ明確に提示しなければならない」(下線は筆者)ため、「総合国力と国際的立場に見合った国際的なディスコース・パワー(国際話語権)」が必要であると説いていた。

こうした方針に鑑みるならば、80周年式典やSCOサミットで示されたのは一過性の政治的アピールではなく、習政権の長期的な国際戦略の一端だと考えられる。つまり中国当局は、習近平総書記の指示を貫徹するためにも、軍事的パワーを基盤とした「戦後国際秩序と平和の擁護者」の立場を主張し続け、それから逸脱するナラティブを抑圧しようとするだろう。すでにその対象は国外にもおよび、世界中で中国が「平和の擁護者」であるという言説を流布している。その際に対照的な批判のターゲットとなり得るのが米国をはじめとする西側諸国と、「抗日戦争」の敵役である日本である。戦後80周年を機とする各種のイベントや映画公開において、中国国内のみならず海外の華人社会において極端な嫌日認識が広がらないよう、日本は注視する必要がある。

習近平政権が示した戦略は、既存の秩序を批判して自国を正当化することに主眼を置いたアプローチだ。どちらの秩序がより「正しい」のかは、どちらの勢力が勝つかによって定められることになる。だがプロパガンダが膨れ上がるほどに中国社会は──甚だ残念な事ではあるが──内向き志向が強くなり、「中国以外が説明する中国の実践」をますます受け入れ難くなっていくのだろう。それは中国自身にとっても望ましくはない状況だろうが、われわれはそうした中国とある程度は長く付き合うことを覚悟する必要がある。

参考資料

バナー写真:中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年記念行事で、北京の天安門広場に向かって歩く習近平国家主席(中央)とロシアのプーチン大統領(左隣)、金正恩朝鮮労働党総書記(右隣)ら=2025年9月3日(朝鮮通信/共同通信イメージズ)

(※1) ^ 軍事パレード参加国の特徴を分析した山口(2025)は、「広範な国際的友好をアピールした2015年とは対照的に、2025年のパレードは、西側主導の既存の秩序に対抗する準同盟国や同志国が中心となった」と評価している。

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