高市首相の外交デビュー:「スマイル」路線の次に問われる現実路線
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ASEANとの緊密化が日本の国益
最初の外交舞台は10月26日、マレーシアで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)関連首脳会議への出席だった。就任の5日後で、しかも翌27日にはトランプ米大統領の訪日という大舞台を控えていたため、一時は「欠席」も検討された。だが、恒例の国際会議に不参加となれば、「ASEANや中国に『東南アジア軽視』という誤ったメッセージを送りかねない」と高市氏が決断し、1泊3日の強行日程でクアラルンプールへ向かったという(※1)。
日ASEAN首脳会議で高市氏は、故安倍晋三首相が提唱した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を継承・発展させると宣言し、海洋安全保障での協力やASEAN独自の「インド太平洋構想」(※2)との協調と連携を誓った。恣意(しい)的な高関税政策のために「米国離れ」が進む東南アジア諸国の心をつかみ、日米欧などが主導する開かれた体制へ引き戻す狙いがあった。
折から話題の女性首相に「一目会いたい」との関心が高まったこともあって、ASEAN主要国やオーストラリア首脳などとの個別会談も次々にセットされた。首相同行筋は「地域を重視する日本の姿勢を印象づける、最高のロケットスタートになった」と受け止めている。
日米、重要鉱物・造船などで協力
マレーシアから帰国後の10月28日、高市首相は東京・元赤阪の迎賓館でトランプ大統領と会談した。トランプ氏の黄金趣味に合わせて「日米同盟の新たな黄金時代」の構築を呼びかけた。また、大統領専用ヘリに同乗して米海軍横須賀基地の空母艦上を訪れ、腕を挙げて小躍りする米国民好みのパフォーマンスも披露した。
一部に「はしゃぎ過ぎ」との批判もあったが、安倍外交の後継者として親密な「サナエ」「ドナルド」関係を内外に強く印象付けたのは間違いない。このパフォーマンスが、習近平・中国国家主席との対面会談の実現につながっている。
だが、日米を取り巻く国際環境は「黄金時代」と呼べるほど甘くはない。トランプ氏は中国を締め付けるために高関税を振りかざしたものの、レアアースの輸出規制という強烈な反撃にあって妥協を余儀なくされている。中国が世界シェアの半分以上を占める造船分野においても、軍事・経済安全保障の両面で日米の立ち遅れが深刻な課題に浮上しつつある。
高市氏が米国とレアアースや重要鉱物の安定供給や造船能力の強化などの分野で中国を念頭にした協力枠組みで合意した背景には、そうした切羽詰まった認識がある。
高市氏を警戒する中韓とは実務対話
日米会談を終えた高市氏は10月30日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議出席のために韓国・慶州を訪れ、李在明・韓国大統領との初会談に臨んだ。巧みなスマイルで自らの「対韓強硬派」のイメージを払拭し、左派の「対日強硬派」とされた李在明氏との間で「未来志向の安定した関係をめざす」ことで合意し、日韓シャトル外交の継続も約束した。
さらに翌31日には習近平主席との会談も実現し、「私は信念と実行力を信条としてきた。習主席と率直に対話を重ねてお互いの関係を良くしていきたい」と語りかけ、対話を通じた「戦略的互恵関係」を互いに進めることで一致した。
高市氏は、竹島や慰安婦(対韓国)、靖国神社、台湾、人権(対中国)などの問題で自民党内屈指の「タカ派」とされてきた。中韓から強く警戒される存在であることに変わりはないが、首相就任後は「懸念があるからこそ、よく話したい」(日中会談後の記者会見)と、相互の利益を図る対話重視路線にかじを切った。
高市外交について、米メディアは「トランプ氏を魅了して、インド太平洋と日米同盟への新たな関与強化を引き出した」(※3)と評価し、「トランプ氏の新たな朋友」(※4)とする声もある。
高市氏が従来の持論や姿勢を強く出さずに、柔軟で現実的なスマイル外交に包んだのは評価できる。約10年前の安倍外交と比べても、中ロ、北朝鮮の結束、トランプ関税、ウクライナ・中東情勢など国際安全保障環境ははるかに厳しくなっており、こわもて一本やりでは国益を担保できないからだ。
中国への抑止力に加えて、さらなる「対処力」も必要になった現在、日米同盟を堅実に深化させていくとともに、実利と対話の現実外交を進める必要がある。国内総生産(GDP)比2%の防衛予算前倒しに必要な財源確保や、対米投資5500億ドル(84兆円)の効果的な展開、中韓との関係安定化など、難題を処理する力が試されるのはこれからだ。
バナー写真:米海軍横須賀基地を訪問し、原子力空母「ジョージ・ワシントン」で演説するトランプ米大統領(右)と高市早苗首相=2025年10月28日(共同)
(※1) ^ 読売新聞10月27日朝刊など。
(※2) ^ 正式名称は「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」。2019年6月にASEANが提唱、内政不干渉、開放性、包摂性、国際法の尊重、対話重視、海洋協力などをASEAN主導で推める内容。
(※3) ^ “Trump Bonds With Japan’s Leader Over Baseball and U.S. Beef,” By Katie Rogers, Erica L. Green, Javier C. Hernández, NYT, Oct. 29, 2025
(※4) ^ “Trump’s new bestie: Japan’s prime minister,” by Cate Martel, The Hill, Oct. 28, 2025.