日中対立の本質とは(前編):時間軸のずれが生んだ構造的帰結
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日米同盟の更新と、日中共同声明の塩漬け
日本の安全保障政策において、台湾海峡をめぐる軍事的緊張は、日米同盟管理と日本の防衛をめぐる中核的課題として位置付けられている。他方で、日中関係において台湾をめぐる政治的了解を表現する言語は、1972年の日中共同声明を起点とする政治文書の表現に、ほぼそのまま依拠し続けてきた。
問題はこの2つの時間軸が、異なる速度で進んだことである。安全保障の現実は、日米同盟運用と日本の防衛政策の双方において更新され続けてきた。その一方で、日中のあいだで共有されてきた台湾をめぐる政治的了解は、意図的な曖昧(あいまい)さのもとで長く据え置かれてきた。その結果として生じたずれが、存立危機事態をめぐる高市早苗首相の国会答弁を契機に、一気に表面化したのである。
今回の外交応酬は、日本が新たな一線を踏み越えた結果というよりも、国内および同盟内では説明され、制度化されてきた安全保障の現実が、日中間の外交的了解の枠組みと接続されないまま進展してきたことによって生じた構造的な帰結と言ってよい。
「存立危機事態」は安保法制の中核概念
2015年9月の平和安全法制によって「存立危機事態」が制度化されてからすでに10年を経ている。この考え方は、冷戦終結後の安全保障環境の変化の中で、日米同盟を現実の危機において機能させるために検討を積み重ね、産み出された日本独自の法的概念である。台湾海峡を含む地域の緊張が高まる中で、この概念が再び注目を集めているのは偶然ではない。
冷戦期の日米同盟は、旧ソ連から日本への武力攻撃を主要な想定に置き、その抑止と対処において日米の役割分担と共同対処を組み合わせる形で運用されてきた。同盟の抑止力の中核をなす拡大抑止や主要な打撃力の提供は米国に依拠しつつ、日本も情報・警戒監視、周辺海空域での活動、後方分野を含む支援を通じて同盟の運用を具体化した。ただし、冷戦期の主たる想定は日本有事であり、個別的自衛権の行使と同盟の運用は、実質的に密接に結びついた形で構想されていた。
しかし冷戦終結後、脅威の性質は変化し、地域紛争や弾道ミサイルの拡散、朝鮮半島や台湾海峡をめぐる不測の事態など、日本が直接攻撃を受けていない状況でも、同盟の一体性が問われる局面が増えていった。また、国際テロや大量破壊兵器の拡散など、グローバルな脅威も空間を横断して日本の安全保障に影響を及ぼしうる状況に向き合う必要が生まれた。
この変化を背景に、同盟運用上の矛盾が次第に顕在化する。日米共同作戦中に米軍艦艇が攻撃を受けた場合、日本はそれを目前にしながら行動できないのか。弾道ミサイル防衛において、日本が迎撃能力を有していながら、それが自国防衛に直結しないという理由で対応を控えることは、同盟として合理的なのか。これらは憲法解釈の抽象論ではなく、同盟の実効性そのものに関わる実務上の問題であった。
こうした問題意識を受け、第2次安倍政権で形成された「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」は14年6月に報告書を取りまとめ、米艦防護や弾道ミサイル防衛など、同盟が機能不全に陥り得る具体的局面を回避するための、限定的かつ類型化された対応を提唱した。
これを受け、14年7月1日の閣議決定「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」では、集団的自衛権の行使を一律に否定してきた従来の憲法解釈が見直された。すなわち、日本に対する武力攻撃が発生していなくとも、「わが国と密接な関係にある他国への武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合には、例外的かつ限定的に武力行使を認め得るという判断の枠組みが新たに提示されたのである。
この枠組みは「自衛の措置としての武力の行使の新三要件」として整理され、平和安全法制(事態対処法第2条4及び自衛隊法第76条2)における具体的運用の基礎となっていく。存立危機事態は、こうした新三要件に基づく判断を具体的事態に当てはめるための中核的な法概念であった。
「密接な関係にある他国」とはどこか
この成立過程を踏まえれば、存立危機事態が日米同盟の実効性を確保するという要請から形成された概念であることは明らかである。その目的意識は、同盟が危機に直面した際に機能不全に陥ることをいかに回避するか、すなわち日米同盟そのものの存立をいかに担保するかという点にあった。
他方で、平和安全法制は、日米同盟にとどまらず、米国以外の同志国との安全保障協力を制度的に拡張することも視野に入れて構築されている。そのため、存立危機事態の適用対象を事前に固定するものではなく、個別具体の状況に即して、攻撃の態様、地理的条件、事態の波及性、国民生活への影響などを総合的に勘案して判断される枠組みとして設計された。
このため政府は、「密接な関係にある他国」がどの国を指すのかを、あらかじめ列挙することを意図的に避けてきた。存立危機事態の適用対象が特定の国に限定されないことは、自国の存立に関わる事態を自ら判断するという、法理上当然の帰結であった。
翻って、2015年の平和安全法制成立以降の約10年間を振り返れば、米中戦略的対立の中核に台湾問題が位置付けられてきたことは明らかである。この間、政府内外の政策検討や研究機関において、台湾有事を想定した各種のシミュレーションや分析が繰り返し行われてきたが、その多くは、米軍の介入形態と、それを支える日米同盟および自衛隊の役割を前提に構想されてきた。
実際、台湾海峡をめぐる危機シナリオでは、重要影響事態の段階にとどまらず、在日米軍の機能や拠点の維持が日本の安全保障そのものに直結し得る局面、さらには日本の安全保障環境全体に深刻な影響が波及する事態が想定されてきた。こうした局面において、同盟の実効性を法的に下支えする枠組みとして位置付けられるのが、重要影響事態から存立危機事態へと射程を拡張した平和安全法制である。
存立危機事態は、台湾有事を特定の想定として固定することなく、しかしそれを排除することもなく、日米同盟が危機に直面した際に機能不全に陥ることを回避するために形成された法概念として位置付けられている。台湾海峡における段階的かつ同時並行的に進行し得るエスカレーションの現実を前提としつつ、政治判断の柔軟性を確保する戦略的曖昧性と深く親和していたと言える。
台湾有事と戦略的曖昧性の管理
台湾有事をめぐる安全保障環境は、もはや抽象的なシナリオとして語られる段階を過ぎている。中国軍の能力向上と演習の常態化、米国の関与をめぐる不確実性、そして台湾を取り巻く軍事的・政治的圧力は、台湾海峡を地域的緊張の焦点から、東アジア全体の安全保障秩序を左右する要因へと押し上げてきた。米国防総省の2025年年次報告書も、中国軍が2027年頃を視野に台湾侵攻を可能にし得る態勢構築に向けて前進している旨を分析している。
この時間軸と、中国側の政治日程(党大会や建軍記念年など)を重ね合わせ、「2027年問題」と呼ぶ議論も広がっている。もっとも、能力の増大や政治的シンボルが直ちに台湾有事を不可避にするわけではない。中国側の能力や意図の関係を単線で結び、国際政治を決定論的に捉えることは、分析としても政策としても慎重であるべきである。
より重要なのは、仮に中国が武力行使を企図したとしても、その決断を躊躇(ちゅうちょ)させるだけの抑止力が機能しているかという点である。そして、その抑止力の最大の変数は、米軍が本格的に介入するか否かに他ならない。
しかし、台湾有事における抑止の構図を複雑にしているのは、米国の軍事介入の可能性が「戦略的曖昧性」によって管理されてきた点である。米国は台湾有事の際の介入の有無をあえて明示せず、不確実性を意図的に維持することで、中国には侵攻コストの計算を迫り、台湾には独立誘発のモラルハザードを与えないという、いわば二重抑止(dual deterrence)の均衡を追求してきた。
戦略的曖昧性は、抑止力と政治的安定のトレードオフを管理する技法である。介入の明瞭さを高めれば抑止のシグナリング効果は増幅するが、中国との政治的緊張関係は悪化しやすい。逆に、軍事介入の能力や意思を示さなければ政治的対立は相対的に抑えられる一方で、台湾防衛の抑止力は毀損され、中国侵攻の「機会の窓」が生じやすくなる。この均衡線上で、戦略的曖昧性は、意図(何を発言するか/しないか)だけでなく、能力(軍事介入能力の担保)を含む総合的な管理として機能してきた。
米国では戦略的曖昧性から戦略的明確化へとシフトすべきだという議論も盛んになった。背景にあるのは、第1に中国の軍事力増強によって、曖昧性が依拠してきた抑止効果が相対的に低下しているという認識である。第2に、新興技術と迅速な統合作戦が判断時間を圧縮し、曖昧性が前提としてきた「危機の途中でシグナルを発して相手の計算を変える」という運用が難しくなりつつあるという事情である。
バイデン政権期には、大統領自身が台湾有事における米国の軍事関与を肯定する発言を複数回行い、従来より踏み込んだ姿勢を示した。他方で、その直後には国務省が「一つの中国政策に変更はない」と説明し、対中緊張を不必要に高めないよう留保を加える対応が繰り返された。意図のレベルでは曖昧性を維持しつつ、能力面では介入の信ぴょう性を高めるという二重構造に、本質的な変化はもたらされなかった。
米国を危機管理に引き込む必要性
能力面で重視されてきたのは、中国の接近阻止・地域拒否(A2/AD)能力の拡大を前提とした戦域において、いかに作戦アクセスを確保し、エスカレーション管理における主導権を維持するかという点である。米軍の戦域内展開のコストが増大する中で、戦域内に位置する同盟国との役割分担や共同作戦の重要性は、相対的に一段と高まってきた。とりわけ、ハイエンド紛争を想定した日米共同作戦は、米軍の介入能力そのものの信憑性を下支えする要素として位置付けられてきた。
台湾危機から米軍介入に至る複数のシナリオを想定すれば、米軍の戦域内作戦を自衛隊が支援する局面は当然に視野に入る。その進展段階によっては、「重要影響事態」を超え、「存立危機事態」に該当するか否かが、政府にとって具体的な判断対象となる局面に至る可能性も想定されてきた。台湾封鎖や限定的武力行使、南西諸島周辺での海空封鎖に近い行動が生じた場合、在日米軍基地の機能維持は作戦上の核心となり得るため、日本政府がそれを国家の存立に直結する問題として扱う可能性は現実的である。
重要なのは、国内法上「どの条件の下で行動が可能となり得るのか」という射程をあらかじめ確保しておくことで、日米が能力向上の議論をハイエンド紛争の水準まで引き上げ、計画と訓練を積み重ねるうえで、能力の信憑性を支える前提条件の一つとなっている、という整理である。戦略的曖昧性の下で抑止を成立させるには、言葉を抑制しつつ、能力面では介入可能性を下支えする必要がある。その制度的前提の一つとして、日米共同の能力構築の中に存立危機事態が位置づけられてきた。
しかし、抑止の最大変数であった米軍介入そのものが、以前より疑わしいものとして意識される局面が増えている。トランプ2.0政権の下では、同盟への関与が「既定路線」ではなく、その時々の政治判断として扱われやすくなり、介入の信憑性はより揺らぎやすい。ここで問題となるのは、存立危機事態を含む多くの想定が、米軍の介入を暗黙の前提として設計され、計画と演習によって具体化されてきたという点である。不確実性は、もはや対中抑止のために外部へ向けて管理されるだけでなく、同盟内部の前提条件そのものとしても、意識的に管理されなければならない段階に入ったと言える。
このような状況下で、日本に残された選択肢は受動的なものに限られない。米国が介入の意思を明示しないのであれば、日本側が同盟運用の現実を通じて、米国をより深く危機管理の枠組みに巻き込むという、別種のシグナリングが成立し得る。すなわち、台湾有事が日本の安全保障と不可分であることを、制度設計、能力構築、共同計画といった形で積み重ねることによって、米国にとっても「介入しない選択肢のコスト」を高めるという発想である。
以上を踏まえると、日本政府に求められるのは、戦略的曖昧性を文字通り戦略的な管理対象として扱い、意図の留保と能力の更新を同時進行させる術である。しかし、その術が十分に成熟しているとは言い難い。曖昧性は高度な設計と対外発信、そして危機時の意思決定の筋道を必要とする。
バナー写真:高市早苗首相(左、時事)と中国の習近平国家主席(AFP=時事)