日中対立の本質とは(後編): 戦略的曖昧性を磨き直す契機に

政治・外交

今回の日中対立が、更新を重ねてきた日米同盟と、長く据え置かれた日中の政治的了解との「時間軸のずれ」に根差すことを「前編」で論じた。「後編」では、日中双方の誤読を回避するための方策を考える。

日本の国内法理解と、中国の主権ナラティブの衝突

存立危機事態をめぐる発言が、中国側から「核心的利益への踏み込み」として強い反発を招いた背景には、単なる感情的反応や国内向け誇張では捉えきれない構造がある。問題の核心は、日本側が前提としてきた安全保障上の理解と、中国側が日中関係を把握する際に用いてきた認知の枠組みとの間に、長年かけて蓄積された断絶が存在する点にある。

日本側の認識に立てば、存立危機事態は国内法上の概念であり、日米同盟の運用という「内側」で機能する判断の枠組みである。台湾海峡における危機が在日米軍の運用や日本周辺の空海域の安全に直結し得ることは、地理的条件と軍事的連接性からすれば、実務の世界では半ば自明の前提として扱われてきた。

したがって、存立危機事態という概念が台湾有事と結び付けて語られたとしても、それ自体をもって対中政策の転換や外交文書の逸脱といった「決定的な意味の変化」として読み取る発想は、日本側では生じにくい。

他方で、中国側の認知は質的に異なる。中国にとって台湾問題は、主権・領土・国家統合と不可分の「核心的利益」であり、第三国の関与は、その具体的態様以上に、政治的意図と戦略的立場を測る指標として扱われやすい。

ゆえに、日本の発言が国内法概念に基づく説明であったとしても、台湾との関連が示唆された瞬間、それは同盟内部の技術的整理ではなく、対中姿勢の再定義、あるいは日中の基本政治文書が前提としてきた枠組みへの挑戦として解釈される余地を持つ。ここで問題となるのは、発言の「法的形式」ではなく、その発言が中国側の主権ナラティブに接触したという事実である。

この非対称性を増幅させたのが、日中関係を支えてきた政治文書の性格である。1972年の日中共同声明以来、日中関係は台湾の地位を最終的に確定しない表現の上に構築されてきた。そこで機能してきたのは、同じ文言を互いに異なる意味で保持するという政治的な併存であり、共通理解を厚くすることではなかった。言い換えれば、日中関係の安定は、説明の積み増しではなく、説明を回避することで維持されてきた側面が強い。

その結果、日本側では安全保障の実務が日米同盟の枠内で高度化し、台湾海峡を含む複合シナリオが現実的前提として組み込まれていく一方で、それを対外的に説明する言語は、1970年代に形成された外交文書の語彙に依存し続けた。すなわち「内側の進化」と「外側の停滞」が並存し、説明されないまま進む領域が拡大していったのである。しかも中国側では、台湾を「核心的利益」として位置づける政治言説が強化され、第三国の関与を「主権への干渉」として読み替える語彙(ごい)が制度化されてきた。この2つのベクトルが交差する地点で、認知ギャップは臨界点に近づいていった。

限界をさらした日中の「認知ギャップ」

さらに、このギャップを政治的に増幅させる回路として、歴史言説の動員がある。中国側の対日批判は、個別の政策論争にとどまらず、「歴史問題」や「軍事化」等のフレームと接続されることで、日本の安全保障上の言語を、主権・歴史・体制の問題へと変換しやすい。台湾に関する言及が「核心的利益」フレームに接触した瞬間、同盟の運用をめぐる議論は、容易に「戦後秩序」や「歴史認識」を含む大きな物語へと接合され、反発は単なる政策摩擦を超えた意味を帯びる。ここに、同じ発言が日本側には技術的説明として見え、中国側には政治的挑戦として見える認知の分岐が生まれる。

今回の問題は、その空白が偶発的な発言を契機として可視化された事例である。中国側から見れば、日本は暗黙のうちに保たれてきた一線を、十分な説明や調整なしに越えたように映る。他方、日本側から見れば、既存の制度と現実を言語化したにすぎず、なぜそこまでの反応が生じるのか理解しがたい。この落差こそが、認知ギャップの実態である。

注目すべきは、こうしたギャップが今回初めて生じたものではない点である。日中関係は台湾問題に限らず、安全保障をめぐる多くの領域で、相互の前提を明示しないまま進化してきた。その均衡は平時には機能するが、安全保障のリアリティーが急速に高まる局面では脆弱(ぜいじゃく)である。今回露呈したのは「不用意な発言」の是非ではなく、言わずに済ませてきた領域が、もはや言語化を回避できない段階に入ったという事実である。台湾海峡をめぐる環境変化は、日中関係が依拠してきた暗黙の了解を侵食し、その限界をさらしたと言ってよい。

曖昧性が機能する条件とは

今回の一連の混乱を、台湾有事をめぐる日本の立場が「曖昧(あいまい)であった」ことに起因すると捉えるのは正確ではない。問題は曖昧であったことそのものではなく、その曖昧性が、どのような設計思想に基づき、どの範囲で共有され、いかなる前提の下で運用されてきたのかが、十分に整理されてこなかった点にある。

戦略的曖昧性とは、明確な約束を回避する消極的態度ではなく、不確実性を意図的に配分する統治技術である。誰に対して不確実性を残し、誰とのあいだでは前提を共有するのか。その線引きがなされて初めて、曖昧性は抑止として機能する。曖昧であること自体が問題なのではない。曖昧性の所在と意味が共有されていないことが、最も不安定な状態を生み出す。

存立危機事態は、こうした発想の下で設計されてきた制度であった。自動的な介入を約束することなく、しかし政治判断として行動し得る余地を確保する。この制度は、日本が同盟運用と国内統治の双方において、決断の柔軟性を保持するための装置であり、その意味では「日本版の戦略的曖昧性」を体現する法概念であったと言える。

しかし、その設計思想は、日米同盟の内側では共有されつつも、対外的には十分に言語化されてこなかった。結果として、日本国内では実務的前提として受け止められてきた論理が、中国側からは「核心的利益への踏み込み」として解釈される余地を残した。ここにあったのは、政策転換というよりも、説明の非対称性である。

対話の不在がもたらす「誤読」の危機

この点で重要なのは、今回の摩擦を「不用意な発言」や「メッセージ管理の失敗」に還元しないことである。むしろ、長年にわたり、曖昧性を前提とした均衡が、説明を回避することで辛うじて維持されてきた構造そのものが、限界に達していたと捉えるべきであろう。安全保障の現実が高度化する一方で、それを包み込む外交的言語が更新されてこなかったことが、偶発的な衝突を必然にしたのである。

今後、日本に求められるのは、台湾有事への関与を事前に明示することでも、存立危機事態の射程を形式的に限定することでもない。必要なのは、どのような事態が日本の存立に関わり得るのかという判断の射程を国内でより明確に共有し、その存在を対外的にどのような言語で伝えるのかを再設計することである。これは決断の自動化ではなく、政治判断の責任と条件を可視化する作業にほかならない。

同時に、曖昧性を抑止として機能させるためには、中国との対話の回路が不可欠である。曖昧性は、対話と切り離されたとき、最も誤読されやすい。日本が何を意図していないのか、どの条件の下で深刻な対応が生じ得るのか、その最低限の理解が共有されなければ、曖昧性は抑止ではなく誤算の温床となる。これは譲歩の問題ではなく、リスク管理の問題である。

存立危機事態をめぐる今回の混乱は、日本外交の失敗ではない。それは、日米同盟の内側で進化してきた安全保障の現実と、それを包み込んできた外交的了解とのあいだに生じた亀裂を、否応なく可視化した出来事であった。重要なのは、この警告を一過性の騒動として処理するのではなく、日本版の戦略的曖昧性を、統治技術として磨き直す契機とすることである。

台湾海峡をめぐる不確実性が高まる中で、日本に求められているのは、明確な約束を競うことではない。誤読を減らし、信頼性を確保し、政治判断の余地を戦略的に残すことである。存立危機事態とは、そのための道具であり続けるべきであり、いま問われているのは、その道具をいかに精緻に設計し直すかという問題なのである。

バナー写真:「青天白日旗」を掲げて新年を祝う台湾の人々=2026年1月1日、高雄市 ©Cheng-Chia Huang/ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ

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