生成AI時代のデジタル赤字──日本はどう対処すべきか
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高止まりする日本のデジタル赤字
日本の「デジタル赤字」が高水準で推移している。財務省・日本銀行の国際収支統計によれば、日本のデジタル関連のサービス収支は、2025年も6兆円超の赤字の見込みである。25年はアニメ等のコンテンツのライセンス料が含まれる著作権等使用料の受け取りが増え日本からのデジタル関連サービス輸出は4兆円を超えたが、海外への支払いは10兆円を超えている(下図のグラフ)。
デジタル関連収支は、3つの項目で構成される。1つ目は、「著作権等使用料」である。これには、アニメ等のコンテンツの利用料だけではなく、パソコンやスマートフォンに搭載されたOS(例:WindowsやiOS)の利用料が含まれる。2つ目は、「通信・コンピューター・情報サービス」である。この項目には、クラウド(例:Amazon(AWS)、Microsoft(Azure)等)や生成AIサービス(ChatGPTやGemini等)の利用料が含まれる。3つ目は、「専門・経営コンサルティング」である。この項目には、Googleの検索に連動した広告やFacebookやInstagram等のSNSの広告掲載料が含まれる。
赤字の理由は「デジタル化の進展」と「日本の競争力低下」
なぜデジタル赤字が急速に拡大してきたのか。その背景は大きく分けて2つある。
1つ目は、企業や個人によるデジタルサービスの利用が進んだことである。利便性が高い海外製のデジタルサービスの利用は、企業の業務効率化や新たな価値創出、個人の生活利便性の向上に大きく貢献している。デジタル化の進展に伴うデジタル赤字は、日本経済の効率化や付加価値創出の必要投資でもあり、必ずしも否定的に捉えるべきものではない。
2つ目は、日本のデジタル産業の競争力低下である。海外のデジタルサービスへの支出は必要であるが、国内デジタル産業に競争力があれば、輸入に頼る必要性はない。市場の黎明期には国産クラウドや国産SNSが一定のシェアを有していた。しかし、デジタル分野の競争では利用者が増えるほどサービスの魅力が高まる「ネットワーク効果」等がある。規模に劣る国内事業者が、グローバルで事業を展開するビッグテックとの競争で後れを取った結果が、デジタル赤字として顕在化している。こうした競争力低下に起因するデジタル赤字は、日本の将来のデジタル産業競争力や経済安全保障への脅威となりうる点で、戦略上の課題として捉える必要がある。
今後もデジタル赤字が高止まり・拡大する可能性は高い。趨勢を大きく左右するのが生成AIの活用進展である。仮に、日本の就業者の半数弱にあたる3000万人が、新規で月額3000円の海外の生成AIサービスを契約するだけでも年間1兆円超の支払い増加要因となる。生成AI活用は文章や画像等の生成での利用から、AIが自律的にタスクを実行する「AIエージェント」へと高度化しつつある。将来、企業が社員の業務を代替するようなAIエージェントやAIロボットの導入を進めれば、支払い額は桁違いとなる可能性がある。その大半を海外事業者に依存する構造が続けば、デジタル赤字は拡大するだろう。一方で、デジタルサービスは市場競争が激しい分野であるほか、スマートフォン等向けのアプリストアの販売手数料のように寡占市場では政府の規制が入るなど、価格が低下しているものもある。また、為替要因も今後デジタル赤字の縮小に寄与する可能性がある。
積極活用しながら「戦略的な投資」を
デジタル赤字に対して日本はどう立ち向かうべきか。海外製のデジタルサービスが社会に浸透し、資金力や人材で米中のビッグテックに日本企業が引き離された現状では、日本のデジタル赤字を解消することは容易ではない。デジタル赤字拡大の背景を踏まえ、日本が取り組むべき内容は2つある(下表)。
日本が取り組むべき内容
- デジタル技術の積極利用
- 生成AI等の活用遅れは日本企業の競争力低下につながる
- 赤字が拡大しても、デジタル技術を活用しデジタル以外で稼ぐ
- 主権=ソブリンを確保すべき分野への戦略投資
- 経済安全保障の観点でデジタル主権を確保すべき領域に投資
- 国内のデータセンター確保、特化型の国産AIモデル開発支援等、中長期視点でデジタル産業を強化
出所:三菱総合研究所作成
第1に、生成AI等のデジタルサービスを企業・個人が積極的に活用し続けることである。デジタル赤字拡大の要因として、企業・個人のデジタル化の進展をあげたが、日本の取り組みはまだ遅れている。情報処理推進機構の「DX動向2025」によれば、生成AIについて前向きな取り組み(※1)をしている企業の割合は、日本は米独と比べて低く5割弱にとどまっている。生成AIをはじめとしたデジタル技術の活用の遅れは、企業の競争力低下にもつながる。デジタル赤字が拡大したとしても、AIを前提とした業務スタイルに変革する「AIファースト企業」となることで生産性を大幅に高めたり、自社の製品・サービスの付加価値を高めることで、デジタル分野以外で稼ぐことが重要となる。
第2は、デジタル産業の競争力強化に向けた戦略投資である。中長期的に国内のデジタル産業の競争力が高まれば、特定企業への過度な依存やデジタル赤字の緩和にもつながる。ただし、ビッグテックと比較し資金力や人材に劣る日本が勝負するには、投資領域を限定する必要がある。そこでキーワードとなるのが「主権=ソブリン」、すなわち経済安全保障の観点から日本がデジタル分野で主権を確保すべき領域である。
デジタル分野での主権確保に向けた動きはハード・ソフトの両面から政策検討が進んでいる。
生成AI活用で必要となるデータセンター等のハード面のインフラ整備では「ワット・ビット連携」の取り組みがある。生成AIの利用やデータセンターの増加は、電力需要の増加にもつながる。そのため、ワット・ビット連携では、再生可能エネルギー等の脱炭素電源の有効活用と地域データセンター等のデジタルインフラの整備を一体で検討することで、日本のDX・GXの両立を目指している。国内のデータセンターは東京圏を中心に外資系の投資規模が大きいが、ソフトバンクやKDDI、さくらインターネットなどが東京圏以外へのデータセンター投資を拡大している。これらの動きが続けば、海外への支払い抑制につながる可能性がある。
ソフト面では、海外に依存せず自国の技術やインフラ、人材、データを活用した「ソブリンAI」の開発や利用がある。政府が2025年に閣議決定した「AI基本計画」では、「日本の勝ち筋となるAIモデル等の開発推進」、「信頼できるAI基盤モデル等の開発」等の国産AI開発を強化する方針が示された。国産のAI開発は、NTTやソフトバンク、NECなどの大手企業や、経済産業省の支援を受けたスタートアップを中心に進んでいる。また、AI基本計画では国内の高品質な日本語データ、産業データを集積・整備しAIの精度向上に役立てる方針も打ち出された。これらの取り組みは、デジタル主権を確保しながら、国内デジタル産業の競争力強化につながることが期待される。
赤字に惑わされず日本が守るべき分野の見極めを
デジタル赤字は金額の大きさが注目を集めるが、赤字が拡大してきた背景を理解したうえで、日本が取り組むべき内容を検討することが重要である。海外の便利なデジタルサービスを現実的に活用しつつ、日本として何を守るのか、その優先順位を戦略的に考えることが、デジタル赤字問題の本質である。
その上で重要なのは、デジタル赤字の拡大そのものを短期的に抑えることではなく、競争力を維持・強化するために必要なデジタル技術を活用し続けることである。そのためには、企業はAIファーストへの転換を進めなければならない。並行して、データセンターの国内整備やソブリンAI等の開発に投資し、国産デジタル比率を高めつつ生成AIを安心・安全に活用できる環境を整備することが必要だ。
データセンターと電力の問題、デジタル主権の確保は日本だけではなく、欧州やASEANなど世界の多くの国で課題となっている。ワット・ビット連携の実装技術や国産AIモデル開発のノウハウは、将来的には海外に展開する余地もある。これらの取組を進めることで、デジタル分野での海外への過度な依存を緩和し、日本の自律性と選択肢を広げることにつなげていきたい。
バナー写真:PIXTA
(※1) ^ 「導入している」「現在、試験利用をしている」「利用に向けて検討を進めている」との回答の合計
