サッチャーと高市首相の類似点、相違点:池本大輔・明学大教授に聞く
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高市内閣発足の日に偶然の出版
─本の出版は2025年10月。高市氏の首相就任時期と重なりましたね。
まったくの偶然です。サッチャーさんは1925年10月13日生まれなので、生誕100年に合わせて9月中に出そうと計画していたのですが、間に合わず10月21日発売になったんです。そしたらちょうどその日に高市さんが首相に選ばれました。
マーガレット・サッチャー Margaret Hilda Thatcher(1925~2013)
英国初の女性首相。英イングランド北部生まれ。1975年、野党保守党の党首に選ばれ、1979年5月の総選挙勝利により首相に就任。在任期間は1990年11月まで英国現代史上最長の11年半に及ぶ。「サッチャリズム」と呼ばれる新自由主義の経済政策や強硬な対ソ連外交を推進。東西冷戦の終結に導く。異名は「鉄の女」。
─冷戦の崩壊期に勝るほど国際秩序が激変しているタイミングです。
そうですね。サッチャーが作るのに貢献したものが、今私達の目の前で壊れている感じです。サッチャーを通じて今壊れているものは何なのか、新しいものを作るとはどういうことなのか、両方を見られると思います。
─サッチャーの方針に閣内でもかなり異論があったのは意外でした。
政権前半は経済運営をめぐる対立があり、半ばからは後継争いが激化します。イギリスは与党が選挙で敗れて政権交代するのが普通なのに、サッチャーは予想外の長期政権なので、保守党内の有力者にとって自分の年齢を考えると、ここで追い落とさないと、出番がなくなると計算する人は当然いただろうと思います。特に財務相や外相を務めたハウは、サッチャーが当選した党首選に出なかったことをずっと悔やんでいたんじゃないかと思います。本来なら自分が首相になってしかるべきだったのにと。
非上流階級出身という共通性
─さて、高市首相はサッチャーへの憧れを公言してきました。両者にはどんな類似点がありますか?
比べてくれと頼まれるのですが、サッチャーは11年間首相をやった人で、高市首相はなったばかりなので、まだ比較するのが難しいですね。そのうえで申し上げると、保守的なスタンスで首相に上り詰めたところは共通しています。そもそも「鉄の女」はソ連メディアがつけた蔑称でしたが、サッチャーはソ連が嫌がって「鉄の女」と言うくらいだから自分に任せても安心だろうと、自ら「私は鉄の女よ」と名乗ったのは、彼女の面白いところです。ただ、首相就任後は必ずしも「鉄の女」路線一本やりではありません。(旧ソ連最後の共産党書記長)ゴルバチョフといち早く意気投合し、冷戦終結に貢献しました。高市さんが敬意を抱いているという安倍晋三元首相も、第2次政権以降は例えば韓国と慰安婦協定を結んだり、外国人労働者を受け入れたり、自分の支持者が必ずしも喜ばないこともやってきた。そういう方向に高市さんも行くのかどうか。安倍さんの強みは自分の右に有力なライバルがいなかったことでしたが、今回自民党が勝ったとはいえ参政党もそれなりに伸びているので、高市さんが真ん中に寄るとそちらに支持が流れる可能性があるので、安倍さんほどにはフリーハンドがないという気もします。
─サッチャーは食料品店の娘で、高市首相もサラリーマン家庭の出身という共通点があります。その経歴で重なる政治スタイルがありますか?
サッチャーはすごくセルフプロデュース力が高かった人です。時代に合わせて自分のイメージを作り変えてる人なんですね。最初は上流階級の英語を身に付けて同化しようとします。裕福な男性と結婚したことで「成り金の女性」と見られることもありました。ところが1975年に党首選に出る直前ぐらいから、自分を叩き上げだと言い出して、言葉遣いも庶民的なしゃべり方に戻し、首相になってからは低い声になってるらしい。最初にテレビに出たときは緊張して「彼女はテレビ向きじゃない」と保守党内で言われたくらいなのに、本人は国会でもテレビでも議論に勝てるようなトレーニングをした。そういう努力家ですよね。

インタビューに答える池本教授=2026年2月13日(川本聖哉撮影)
高市首相のハードワークも?
─高市首相の「働いて、働いて……」はサッチャーを真似したんでしょうか。
どうなんでしょう。本人に聞いてみたいですね。でもそういうふうに解釈はできます。服装も青い服が好きだったりとか。偶然とは思えないですよね。サッチャーは若いときから3時間ぐらいしか寝ないでも大丈夫だったそうです。
─ハードワークの努力家なんですね。
英国で公開されたサッチャー関係の公文書を見ると、本人による書き込みの多さが目につきます。役所から渡された政策資料に秘書が「ここが大事です」ってマーカーを引いている。それにサッチャーがペンでグリグリと自分が大事だと思うところに線を引いたり、コメントを入れたりしているんです。役所の方針に対して、納得がいかないと反論していたんでしょう。だから届いたペーパーはちゃんと読み込んで、自分なりの考えを組み立てていたんでしょう。加えて周囲に信頼できる人があまりいなかったってこともある。サッチャーはすごく頑固と当時のイギリスメディアでも言われてるんですけど、資料を読んでみるとそれはストーリーの半分だけで、やっぱり男性の閣僚が彼女の言うことをあまり聞かなかったこともあったと思います。
─非フェミニストというか、女性の立場にあまりこだわらない点も共通点でしょうか。
自分が女性であることを強調しないのはそうだと思います。サッチャーは自分が初の女性首相だと言ったことはほとんどなくて、男だろうが女だろうが、実力のある人が出世すべきだという立場でした。特に保守党は「法と秩序の政党」というイメージがあり、年配の女性の支持者が多いため、女性の社会進出を前面に出すのは避けたようです。
─サッチャーはイギリスの「戦後コンセンサス」を軌道修正したと指摘されています。日本の政治に当てはめた場合、高市首相が挑戦するのは何でしょう。
やっぱり高市首相の場合、一番は安全保障でしょうか。防衛費の増額であったり、武器輸出であったりですね。憲法改正に乗り出すかどうかは分かりませんが、彼女が日本の戦後政治にチャレンジするとしたら、経済よりもそっちの方ではないですか。
「小さな政府」路線と「責任ある積極財政」
─逆に相違点についてうかがいます。
サッチャー政権当時、第2次石油ショックで世界中がインフレでした。イギリスは特にひどかったので、彼女は財政赤字を削って、金融も引き締めて、失業者がたくさん出るのをいとわずにインフレの抑え込みを図ったんです。これに対して高市首相の金融政策はタカ派とは言えません。インフレそのものを抑え込むよりは、対症療法的にインフレでもみんなが何とかやっていけるようにしようとしているのではないかと思います。財政政策の方向性も、「責任ある積極財政」をうたう高市首相はサッチャーとは違います。
─サッチャーは「小さな政府」路線ということですね。
基本的にはそうです。ただサッチャーは構造改革とか規制緩和とか民営化とか、いわゆる「小泉改革」の先駆け的な印象があるんですが、実は不動産ブームを起こしていて政権の11年で不動産価格が3倍以上になっている。持ち家を奨励して、住宅ローン減税をやって、不動産や株など資産価格の上昇で国民に満足してもらおうという面も彼女の経済政策にはある。そういう意味ではアベノミクスの先駆け的なところもあるんですね。高市首相はどちらかというとアベノミクス寄りかもしれませんが、水と油かというとそうではない面もある。金融政策も、だんだん引き締めの方向に動いていかざるを得ないのではないでしょうか。
─サッチャーが持ち家を奨励したのは自己責任論があるんですか。
彼女の保守の理念からすると、持ち家があるのが理想で、逆に国が提供する公営住宅に依存するのは良くないっていうことなんだと思います。公営住宅に住んでいる人が、ライバル労働党の支持基盤だという党派的な事情もありました。ただし、今はみんな自己責任に疲れちゃったところがあります。それが移民を責めたり、外部に責任を転嫁するポピュリズムが出てきやすい土壌なんじゃないかと思います。
聞き手・nippon.com常務理事 古賀攻
バナー写真:高市早苗首相(左)=2026年2月撮影(時事)と英国のサッチャー元首相=1988年撮影(AFP=時事)
