「大谷見るなら有料で」 WBC配信、Netflix独占の衝撃:スポーツ中継は誰のものか
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放映権料高騰、地上波放送なし
昨年12月、日本民間放送連盟(民放連)の早河洋会長は定例の記者会見で、国際スポーツイベントの放送についてこう述べた。「地上波放送は年々難しくなっている現実がある。(スポーツ振興のため)放送は重要だが、採算を度外視するわけにもいかない」
WBCの日本向け放映権料は今回、150億円にまで高騰したと報じられている。日本が優勝した2006年大会は10億円、2023年の前回大会は30億円(いずれも推定)。それからわずか3年で5倍にはね上がったというのは、異常な値上がりといえる。
前回は米AmazonのPrime Videoがネット配信したが、独占ではなく、テレビ朝日系とTBS系の地上波でも無料放送された。大谷の投打にわたる大車輪の活躍などで「侍ジャパン」が3回目の優勝を成し遂げ、テレビ朝日系で中継された米国との決勝は平均世帯視聴率42.4%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)を記録したほどだ。
放映権などのマーケティングを巡る日本の交渉窓口は、前回まで東京ドームで行われる1次リーグの運営を仕切る読売新聞社だった。ところが、今回は読売の頭越しに交渉が進み、Netflixが主催者と直接交渉して放映権を勝ち取った。

東京都千代田区の家電量販店で2006年WBC決勝の中継を見る人々=2006年3月21日(時事)
日テレは映像制作請負い
WBCの主催者は、米大リーグ機構(MLB)と同選手会が設立したWBCI(ワールド・ベースボール・クラシック・インク)という会社である。つまり、国際競技団体が主催する他競技の大会とは異なり、WBCはメジャーリーグの管轄下にあるといっていい。巨大化した米国のビジネスの前に日本のテレビ局は競争にさえ加われなかったのだ。
米国内ではテレビネットワークのFOXが前回大会に続いて独占放映権を獲得したが、ケーブルテレビが普及している米国では、FOXを含めた多チャンネルのパッケージで有料契約を結んでいる世帯が多い。ネットでの有料配信も拡大しており、日本もその影響を受けている模様だ。
日本野球機構(NPB)の榊原定征コミッショナーは昨年9月の12球団オーナー会議の後、「多くのファンが自由に視聴できる環境をどう確保するかは、日本野球にとって極めて重要な課題」と指摘し、地上波との並行放送を模索する必要性を強調した。
しかし、地上波での放送は実現しなかった。開幕前の侍ジャパンの強化試合(対中日、オリックス、阪神)は、TBSとテレビ朝日の系列で放送されたが、本番に関しては、日本テレビがNetflixと試合中継の制作と開幕特集番組の契約を結んだだけだ。日本テレビは大会を盛り上げる「プロモーションパートナー」という立場で、生中継の映像はNetflixのみで配信される。開局の1953年から巨人戦を中心に70年以上もプロ野球中継を担ってきた日本テレビが、ついに米国のネットメディアの下請けに回らざるを得なくなった。
日本テレビの福田博之社長は「下請けのように見えるかもしれないが、少なくとも日本中が注目する野球の試合の中継制作を担当するわけだから、これはプライドを持って臨む仕事だ」と定例記者会見で語った。Netflixにはまだ日本でのスポーツ中継を自社で行うノウハウはない。だからこそ、映像制作を担うのはテレビ局だとの自負はあるのだろう。
今後は既存のテレビ局が作った映像をネットメディアに買ってもらう時代が到来するかもしれない。そのことを予感させる日本テレビの対応だ。

前回大会決勝で米国を破り、大谷(背番号16)に駆け寄る日本代表の選手たち=2023年3月21日、米国・マイアミ(時事)
日本のアカウントは1000万超
Netflixが日本でサービスを開始したのは2015年9月で、昨年10周年を迎えたばかりだ。国内外の映画やドラマを中心に人気を集め、近年は「地面師たち」や「極悪女王」などオリジナル作品を次々と配信している。テレビだけでなく、スマートフォンやタブレット、PCがあれば、どこでも視聴できる便利さがネット動画配信の特長だ。
「広告付きスタンダード・月890円」、「スタンダード・月1590円」、高画質の「プレミアム・月2290円」(3月18日までは月498~1145円の新規割引)のいずれに加入していなければ、WBCを視聴することはできない。無料のラジオではニッポン放送が生中継するが、もちろん音声のみだ。
24年の前半にはNetflixの日本でのアカウント数が1000万人を超えたと報道されている。昨年の総務省の統計では日本の世帯数は6128万7994世帯。Netflixのアカウント数が増加しているのは間違いないが、まだすべての家庭でWBCが視聴できる環境にない。多くの国民がともに熱狂を味わった前回大会とは異なる状況になるだろう。
サッカー界は将来へ危機感
サッカー界はこうした状況に危機感を抱いてきた。問題になったのは、2022年ワールドカップ(W杯)カタール大会のアジア最終予選でのことだ。アジア地区の予選全試合の放映権を握っていたのは、スポーツ専門の動画配信メディア、DAZN(ダゾーン)だった。
日本代表のホームでの試合は地上波のテレビ局も放映権を持っていた。しかし、アウェーでの放映権はDAZNでしか見られない契約だった。結局、日本代表の本大会出場が決まるオーストラリア戦はアウェーでの開催となり、DAZNの有料加入者でなければ視聴できなかったからだ。当時、日本サッカー協会の田嶋幸三会長は「自腹を切ってでも地上波でできないかと考えている」と語ったが、無料での視聴は実現しなかった。その後、田嶋氏は五輪やW杯など国民的関心の高い大会の有料独占を認めていない英国を例に「国にも動いていただかないと」と法整備の必要性を訴えた。
英国では、国民の多くが関心を持つ大会などは公共性が高いため、放送法によって「特定行事」に指定され、無料放送が義務付けられている。英国のような制度の根元には「ユニバーサル・アクセス権」と呼ばれる考えがあり、誰もが情報に接する基本的人権として認められている。特定行事に指定される基準は、公共性の有無である。
今年6月に米国、カナダ、メキシコの北中米3カ国共催で開かれるW杯の日本向け放映権も、放映権料は300~350億円程度(前回は推定180億円)と高騰し、DAZNが全試合を配信する権利を得た。しかし、交渉の結果、NHK、日本テレビ、フジテレビも日本代表戦など、注目度の高い試合は地上波で放送することになった。日本ではまだユニバーサル・アクセス権の議論が進まないが、テレビ局が辛うじて踏みとどまったといえる。
無料放送を維持してきた五輪
世界的なビッグイベントの中で、五輪・パラリンピックは無料での地上波放送を維持してきた。このほど閉幕したミラノ・コルティナ冬季五輪も、日本ではNHKと民放各局で地上波や衛星で放送され、ネットでもNHK-ONEや民放系のTVerで無料配信された。
五輪が無料放送の方針を貫いてきたのは、スポーツを通じて世界の人々が交流し、平和を希求する五輪精神の広まり(オリンピック・ムーブメント)を重視しているからだ。その感動や興奮を世界中で共有するところに五輪の意義はある。
だが、お隣の韓国では衛星放送やケーブルテレビで有料チャンネルを展開する「JTBC」がミラノ・コルティナ五輪の国内中継権を獲得。地上波テレビ局への再販売交渉が決裂したため、契約者しか視聴できない状況になり、国民の関心が著しく低下したと波紋を呼んでいる。
地上波での放送は競技の普及に重要な役割を果たしてきた。しかし、日本ではボクシングのようにネット配信が主流になり、地上波から姿を消したスポーツもある。そうなると、料金を支払う熱心なファンしか競技に接することができなくなる。
サッカーをはじめ、スポーツ界はその状況が崩れることに懸念を抱き始めている。少子化が進む中、子どものスポーツ離れが指摘されて久しい。無料放送の消滅は、競技人口の減少や将来的なスポーツ文化の衰退につながる問題だ。野球界も、WBCの有料独占配信がどんな影響をもたらすかを検証する必要がある。
バナー写真:侍ジャパンの全体練習に合流した大谷翔平(中央)=2026年2月26日、バンテリンドームナゴヤ(時事)