第2次トランプ政権の国家防衛戦略とインド太平洋―「3つの顔」を持つ米国と付き合う

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米国が2026年1月に発表した「国家防衛戦略(NDS)」は、インド太平洋地域への関与継続を打ち出した。イランや中国、台湾にまつわるトランプ大統領の判断には不確実性も付きまとう。国際政治の構図を揺さぶるトランプ政権に日本はどう向き合うべきか。米国の世界戦略に詳しい慶応大法学部の森聡教授に聞いた。

森 聡 MORI Satoru

慶応義塾大学法学部教授。専門は国際政治学、現代米国外交。1972年生まれ。京都大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。外務省職員、法政大学法学部教授などを経て2022年から現職。著書に「ヴェトナム戦争と同盟外交」(東京大学出版会、2009年)。

最優先は「西半球」「インド洋」

─トランプ政権は戦略文書で、「西半球」「インド太平洋」の優先を打ち出しているが、日本としてはこれをどう評価すべきか?

今回のNDSでは、「西半球」「インド太平洋」の優先化、「欧州」「中東」「朝鮮半島」の非優先化という方針が示されている。米国にとってのインド太平洋地域の位置づけは、日本にとって決して悪い内容ではない。

第1に、インド太平洋地域を経済成長の中心地と理解し、その平和と繁栄が米国の平和と繁栄に直結しているという考え方が明示されていることは極めて重要だ。この地域に米国が重要な利害を有し、それを自らの手で守る戦略的意思があるということは、この地域への米国の関与のコミットメントや同盟国やパートナーを防衛するコミットメントに信頼性を与える。

第2に、第一列島線に沿った「拒否的抑止」を確立するというトランプ政権の方針は、日本としては歓迎すべきものだ。米国は率先して現状を防衛し、中国による地域覇権を許さないという意味を持つ。この点は、特に文書内での欧州の扱われ方と対照的なものだ。東南アジアへの関与がどうなるか不明だが、日本が豪州と協力して、米国を巻き込んでいくことが必要だ。

第3に、連邦議会が採択した2026年国防権限法(国防予算)に含まれるインド太平洋関連の項目も重要だ。これらはインド太平洋軍(INDOPACOM)の戦力態勢、能力、訓練・演習の強化、台湾への支援、地域の同盟国・パートナーとの安全保障・防衛協力の強化を目的としており、総じて心強い内容だ。

武力による現状変更を抑止し、いかなる国による地域覇権も阻止するという戦略目標が日米で共有されている点は好ましい。実態面でも、日本は防衛力の強化に努め、インド太平洋軍も即応体制を強化し、協力を強化している。日米双方は、防衛産業の活性化と共同生産などにも取り組もうとしており、一筋縄ではいかないことも多々あろうが、必要な取り組みの方向性は明確だ。

不安定なトランプ外交

─トランプ大統領の不確実性が各地で不安を生んでいるが、懸念はどこにあるのか?

戦略文書で明確に優先度・関与の度合いを示したにもかかわらず、トランプ政権は今回、リスクと不確実性に満ちたイラン攻撃に踏み切った。これがインド太平洋における米国の関与に今後どれほどの影響を与えるかは不透明だが、もし仮に政権首脳陣の関心と米軍のリソースが大きく割かれていくとすれば懸念も出てくる。

また、抑止における「意思」の要素には政治的な不確実性が残る。万が一台湾危機が発生した場合、トランプ大統領がどう反応するか分からないからだ。信頼性を伴った抑止力を発揮するためには、ある国が現状を力で変えようとすれば必ず米国が介入して現状を防衛するという確信を相手に与えなければならない。これは大統領が誰であれ、ハードルの高い課題だ。

いずれにせよ、日本や台湾、フィリピンのような前線の国・地域、そして米国は、電撃戦による現状変更とその既成事実化を阻止するための取り組みを進めるとともに、紛争が長期化する可能性も想定して、継戦能力と継戦意思を強固にし、現状を防衛する能力を高めることが課題となっている。これは今まさに日本政府が取り組んでいる課題で、新たな戦略3文書で各種の取り組みを打ち出すと思われるが、拒否的抑止を実効的なものにするためには日本だけでなく、米国とその同盟国やパートナーがともに取り組む必要がある。

同盟国を選別、負担を再定義

─トランプ政権は同盟国を「選別」しているようにみえるが、同盟国に対する負担分担の要求をどう受け止めるべきか?

トランプ政権は、「新たな世界基準」として国内総生産(GDP)比5%の防衛費支出を同盟国に求めている。これは、単に「これまでタダ乗りしてきたのだからもっと負担しろ」と言っているわけではない。国家安全保障戦略(NSS、2025年12月公表)の12ページに「負担分担と負担転嫁(burden-sharing and burden-shifting)」という小見出しがある。これは、トランプ政権内で2種類の負担の分かち合い方が想定されていることを示唆している。

負担転嫁は、敵対国を抑止できるとトランプ政権が考える同盟国に対し、第一義的な通常抑止の発揮を求めるという対応を指すものと考えられる。具体的には、欧州にはロシアを抑止できるだけの力があり、韓国には北朝鮮を抑止できるだけの力があるという想定だ。

負担分担は、米国が引き続き抑止において主導的な役割を担いつつも、同盟国やパートナーには従来以上に通常抑止で大きな役割を求めるという対応を指す。コルビー国防次官は政権入りする前、「米国が甘受可能なコストで防衛できる防衛力を持つ同盟国でなければ、米国の防衛コミットメントに信頼性は生まれない」と論じていたが、これはまさにその通りだ。同盟国に対する負担分担の要求には、戦略的な含意があり、日本による防衛力強化には、米国の防衛コミットメントの信頼性を高め、ひいては日本自身の安全保障をさらに改善するという意味があることは広く理解されるべきだ。

懸念される「経済と安保のディール」

─トランプ大統領は訪中で何を達成しようとするのか?

昨年トランプ大統領は、中国に対して関税という「ムチ」で圧力をかけて譲歩を引き出そうとして、中国からレアアース輸出規制と報復関税という「ムチ」で返り討ちにあった。今度は「ムチ」が効かない状況下で、米中は双方とも経済をいま以上に悪化させたくないので、「アメ」を交換するような取引をする可能性も排除できない。

訪中の際には大豆や航空機、エネルギーなどの分野で高額商談をまとめたり、フェンタニル原料の取り締まり強化などで中国側の合意を取り付けたりするかもしれない。中国による対米投資の可能性が取り沙汰されているが、それが現実化するかどうかは分からない。

トランプ大統領の訪中に向けて、米中交渉の中で台湾にまつわる何らかの利益が取引材料とされるのではないかという懸念の声がワシントンでも聞かれた。今回の訪中だけでなく、今後3年間台湾をめぐる米中関係がどう展開するかは予断を許さない。

しかし、トランプ大統領が台湾を見捨てるといったことは考えにくい。トランプ大統領は、インド太平洋は米国に経済的利益をもたらす地域で、中国による地域支配を許さないための競争を繰り広げているという認識を持っていると思われ、台湾を売り渡すといったことは、まず起こらないだろう。

その一方で、中国からの経済的な見返りと引き換えに、武器売却の延期に合意したりするのではないか、といった推測も聞かれる。台湾向け武器売却の延期は、台湾の国防予算をめぐる与野党の政治にも悪影響をもたらしかねない。仮に経済的見返りと引き換えに、安全保障上の利益を差し出すといった取引が現実化するとすれば、米国の同盟国・パートナー国の間に大きな不安が生じるのは避けられない。

台湾は、米国を相手に首脳外交を展開できないのがつらいところだが、頭越しに自らの重大な利益を犠牲にされるようなことがあれば、いわゆる疑米論がさらに高まる。米国の信頼性と東アジアの安全保障をめぐる深刻な懸念が高まることになる。

中国に有利な構図

─トランプ外交は国際政治の構図をどう変えているのか?

現状の大国間の構図は、中国に有利な情勢を生んでいるかもしれない。米欧関係には深刻な亀裂が入っている。欧州としては、米中ロの3正面で対立・緊張するのは避けたいだろう。トランプ大統領が不満を持つたびに関税を恣意的に課する行動を繰り返せば、カナダのように経済面で「対米デリスキング」を進め、非機微分野で中国との経済関係を徐々に広げる方向に進んでいく可能性がないとはいえない。

また、トランプ大統領は中間選挙に向け、4月の訪中時に商談を複数まとめて宣伝したいという思惑がある。その際に、再び「G2(米中2大国)」という言葉を口にするかもしれない。さらに、トランプ政権がロシアとの経済協力の拡大を検討中と伝えられたが、仮にそのような展開になればウクライナ停戦はさらに遠のく。戦争が長期化すれば、ロシアの中国依存も続くだろう。

つまり中国から見れば、欧州、米国、ロシアが中国との経済的接近を求めているように映る。習近平主席が、主要な国々との経済関係を損なうことなく台湾、フィリピン、日本に圧力をかけることができると考えれば、外交で日中関係を打開する余地は狭まってくる。

日本としては、他国の政策が不都合だからといって公然と圧力をかけるような相手に屈せず、自国の安全保障に必要な政策や立場を毅然と維持することが重要だ。ここで圧力に屈したら、地域覇権の現実化を自ら招くことになってしまう。こうした状況下では、粛々と日本の防衛力の強化と日米同盟の強化、他の同志国・友邦国との協力関係の強化を進めていくことが必要だ。

「戦略的資産」としての同盟国

─トランプ政権は同盟国をどう見ているのか?

トランプ大統領は、「良き同盟国」とはどのような国かということについて、これまでの歴代政権とは違った理解を持っているようにみえる。好ましい同盟国とはすなわち、(1)経済的利益が大きいか=米国製品を輸入して貿易不均衡の是正に貢献しているか、米国に投資して米国の産業振興と雇用創出に貢献しているか、対中技術流出規制に同調して中国との技術競争に貢献しているか、(2)安全保障リスクが小さいか=防衛力・防衛費の水準を高めて紛争防止に貢献しているか、米国製防衛装備品を購入して防衛産業基盤の拡充に貢献しているか、米軍の駐留経費(同盟強じん化予算)を通じて米国による自国庇護のリスクに見合った見返りを提供しているか、といった「新たな物差し」で同盟国をいわば「査定」していると思われる。

「米国にとって日本は不可欠な存在である」という認識をトランプ大統領やMAGA・共和党支持者、米国社会全体に作り上げることによって、米中関係の変動に対して強靱(きょうじん)な日米関係を構築できる。生々しい利害関係の下でも日米は互いに同盟する利益を見いだせるかどうかが問われている。なお、日本の対米投資は、こうした観点から経済安全保障のための事業形成という目的の下、産業の振興のみならず、雇用創出を通じて米国各地で親日感情を作り出していくツールとして活用されるべきだ。

グレーな米国に向き合う

─物議をかもす米国とこれからどのように付き合っていくべきなのでしょうか?

現在の米国には、3つの顔がある。1つは、ベネズエラ攻撃など西半球で帝国的に振る舞う「正しくない米国」(中山俊宏氏)、2つ目は、中東など域外に戦略的関心とリソースが割かれ、政策が不安定なまま進む「注意が散漫になる米国」、3つ目は、日本にとって対中抑止のために不可欠で、経済的にも重要である「それでも必要な米国」だ。

日本にとって米国は、安全保障分野でも経済分野でも関係を維持・強化しなければならない相手であることは間違いがない。3つの側面のうち一つだけを取り上げて反応するのではなく、3つの側面があることを常に念頭に置き、大局的な視点を持って米国と付き合っていくマインドセットが必要だと考える。このことは米国一辺倒になることを意味しないし、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の追求を放棄することを意味しない。実利を怜悧(れいり)に判断する冷静な外交が求められる時代が到来したことを認識しなければならないのではないか。

聞き手:nippon.com編集部 石井雅仁

バナー写真:記者会見で対イラン軍事作戦について語るトランプ米大統領=2026年3月9日、フロリダ州ドラル(AFP=時事)

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