米・イラン和平覚書後も続く混乱:原油の代替調達には限界
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「海峡の通航自由」が盛り込まれたが…
米国とイランが6月17日に署名した覚書には確かに「イランはホルムズ海峡の安全な通航を60日間、無償で確保する」との項目が盛り込まれた。これを受け政府は日本関係船舶1隻が同海峡を通過したことを確認したが、だからといってタンカーが続々と通航する動きには至っていない。機雷の掃海、船舶戦争保険の計算など完全に安全が保障されない限り、動けないのが実情だ。「60日間」以降は、どうなるのかも不透明だ。
さらに心配なことに、イスラエルが親イラン勢力ヒズボラの拠点があるレバノンへの攻撃をなかなか止めないため、イランが合意から間もない20日、同海峡の「再封鎖」を言い出し、合意のもろさを露呈している。
「合意」の言葉はトランプ大統領から40回近く聞かれ、二転三転してきた今までの経緯もあり、完全に戦闘終結が見えてこない中、中東産原油の調達もすぐに再開というわけにはいかない。
日本は島国であり、「資源」と呼べるものをほとんど持ち合わせていない。1次エネルギーである石油、石炭、液化天然ガス(LNG)はほぼ全てを海外からの輸入に依存している。原油は中東から9割強、石炭はオーストラリア、インドネシアから8割、LNGはオーストラリア、マレーシアから6割弱と、調達元は地域的に偏在している。
これらの地域で有事が発生すると、途端にエネルギーの供給が途絶えるという、ぜい弱な環境に置かれている。中東情勢は予断を許さず、石油の輸入が急減する未曽有の問題はまだ解決されたとは言えない。
日本の産業構造に最適な中東原油
中東産原油は日本の産業構造に合致し、特別な意味を持つ。
日本は特に1970年代のオイルショック以降、いったん調達先を多角化したが、原油の安定調達を目的に、産油国の多い中東との関係を深めてきた。そして、中東産の中質原油を前提に、時代の産業構造の変化に合わせて、原油からガソリンなどの石油製品がどの程度、得られるのかを示す「精製得率」を変えてきたのである。
原油は製油所の常圧蒸留装置に投入され、温度によってそれぞれの製品に分留されていく。下から原油を入れて、高温で重油、低温になるに従い、灯油・軽油・A重油といった中間留分、そして上の方でLPガスやガソリンが一定の得率で取れる。
中東産の中質原油は、これらを最もバランスよく取れる品種で、産業構造の変化によって、日本は精製技術を進化させてきた。1973年頃は発電用燃料に重油が使われるなど、重油の用途が多かったが、モータリゼーションの進展と環境問題などが複合し、輸送用燃料であるガソリンと軽油が増え、重油は減っていった。
この間、重油からも軽質のガソリンや軽油が取れるように、2次装置である接触分解装置が作られ、より軽質留分を多く取れる技術開発が進んでいった。現在の産業構造に最適化された形で、中東産原油の精製得率が現在の比率になってきたわけだ。
代替調達は緊急対応にすぎない
米国とイスラエルによるイラン攻撃を受けて、ホルムズ海峡が実質閉鎖されて以降、私は「このルートの再開以外に道はない」と思い、署名活動を呼び掛けるなど、政府にも訴えてきたが、政府が取ったのは、原油の「中東以外からの代替調達」と「安心感の演出」という選択だった。
代替候補として一番に挙げられるのは、シェールオイルの生産により世界最大の産油国となった米国だ。しかし、米国産原油の多くは超軽質であり、ガソリンとナフサは豊富に取れても、重質留分がほとんど取れない。重油が取れないと農業、漁業に影響を与え、船舶用燃料もひっ迫する。ナフサも同様な問題を抱えており、中東産の重質ナフサでないと、芳香族化合物のベンゼンやトルエン、キシレンといったシンナー、塗料の原料が取りにくくなる。
現在、中東産の原油やナフサは全く届かないという状況ではなく、ペルシャ湾外にあるアラブ首長国連邦(UAE)のフジャイラ港からの輸入ルートもある。中東産と米国産のブレンドでしのぐことはできるが、「中東産8に対して米国産2」くらいでようやく今の製油所で使えるレベルであり、輸入量のバランスも考えなければならない。
しかも米国からは輸送距離も中東の倍以上で運賃も跳ね上がる。高市早苗首相は「7月には(ホルムズ海峡を経由しない)代替調達率が100%になる」と強調しているが、現在行われている代替調達は「より遠く、より高く、より日本に合わない」原油を仕入れている緊急オペレーションであって、長く継続できるものではない。
米国とイランの停戦合意によって、中東産原油の輸入再開の道が見えてきたものの、前述したように「停戦=通航再開」というわけにはいかない。場合によっては数カ月の時間を要することも多方面から指摘されているところであり、イスラエルがどういう動きをするか、それによって合意の行方がどうなるかも注視していかねばならない。
「安心感」の演出
今回の中東危機でもう一つ問題なのが、政府の国内向けの対応だ。世界的なエネルギー危機の最中であるにもかかわらず、「行き過ぎた省エネは不要」と、高市首相は言い続ける。また、ナフサ不足は輸入の急減に原因があるのに、「日本全体として量は確保されている。問題は流通段階での目詰まりであり、(供給)不足ではない」と主張する姿勢には不信感を覚える。
全国各地のさまざまな産業でナフサ由来製品の不足が起こり、悲鳴が上がっている中で、「全体としては足りている」と言い続けても、解決にはならないのではないか。政府がしなければならないことは、まず目詰まりの原因であるホルムズ海峡の安全通航をあらゆる外交努力を尽くして成し遂げることに尽きるのではないだろうか。
無資源国である日本の実情を訴え、輸入が足りない状況を主要産業と共有し、平常稼働までのタイムスケジュールを策定し、それに対して国民に協力を呼び掛ける。そんな真摯(しんし)な、そして当たり前の姿勢が今、政府に最も求められているのではないだろうか。
日本経済を襲う試練
現在、あらゆるところでモノ不足や価格高騰、工事中断、納入遅延、生産停止などの悪影響が末端の現場を中心に広範囲に及んでいる。
経済産業省は5月のナフサの輸入量について、135万キロリットルとの見立てを示しているが、国内生産100万キロリットルと合わせても供給量は235万キロリットルにとどまり、国内需要の約300万キロリットルを満たせない状況である。加えて、輸入ナフサはどの国から来て、どんな性状なのかは不明であり、特にシンナー系溶剤の供給安定は全く担保できない状態だ。
いずれは解消に向かうことを期待するが、それには政治の力が不可欠だ。シンナーは隣の中国が石油化学大国であり、潤沢に在庫もあるが、高市首相の台湾有事発言によってトルエンとキシレンが輸出規制品になっており、日本には届かない。対中関係の改善に向けた外交手腕の発揮によって、国民生活を救っていただかねばならない局面だろう。
一方で、日本は環境への順応力が高い企業が多く、政府や行政の力を借りずとも、自助努力によってナフサ代替品の開発の動きも広がっていくと思う。カルビーに見られるパッケージの簡素化、スーパーでのトレーの代替など、民間企業は自らの生き残りのために、所与の環境で対応力を発揮しているのである。
ナフサ由来ではない製品を探す方が難しい中、これから残念ながらあらゆるモノの値段が上がり、代替調達原油がそれに拍車をかけ、日本経済は試練の時を迎えることになる。これを乗り越えるためには、政府の現実直視による現実的な対策、そして民間の努力と消費者の協力、これらが一体とならねばならないと思う。それぞれの立場で全力を尽くし、創意工夫を生み出し、この危機を乗り切っていきたいところである。
バナー写真:伊勢湾を航行する出光興産子会社の原油タンカー「出光丸」、イラン攻撃後初めてホルムズ海峡を航行して日本にたどり着いた=2026年5月25日、愛知県知多市から撮影=(時事)

