「改革の本丸」は実現するのか : 何度も俎上に載せられては消えてきた給付付き税額控除
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「給付」を先行して実施へ
2026年2月の衆議院総選挙で大勝した高市早苗首相は、「つなぎ」として2年間限定で食料品の消費税を0%にした後、「改革の本丸」として給付付き税額控除を導入する考えを表明した。その制度設計を協議するための超党派の社会保障国民会議を発足させた。
紆余曲折を経て社会保障国民会議の実務者会議が7月16日に決定した方針は、2029年度から「所得に連動したきめ細かな給付」を毎年度、継続的に行う制度を導入するという内容だった。中低所得の現役勤労者の税・社会保障負担を軽減することを目的としており、就労意欲の向上や「年収の壁」への効果的な対応の観点から、「個人単位」の制度としている。
事務手続きの負担軽減などを理由に、当初は検討していた税額控除は見送り、当面は給付のみとされた。しかし、「税額控除と組み合わせるべき」との意見も強く、「将来的に給付のみと決め打ちすることなく」「検討を継続する」としている。
一方、消費税減税については、6月下旬に、2027年度から2年間、飲食料品の消費税率を1%に引き下げ、1%相当分の年6000億円の範囲内で「所得に連動したきめ細かな給付」を先行導入するとの案が示されていた。しかし、野党からの異論が相次ぎ、意見集約は断念され、首相の判断に委ねられる見込みである。
中・低所得者の勤労インセンティブに
そもそも、給付付き税額控除とは、所得税の負担を軽減するための税額控除に加えて、税額控除が所得税額を上回る場合には、その差額を現金給付する制度である。制度設計は国により異なっており、米国で1975年にフォード大統領が、勤労所得があることを条件に税額控除を与える「勤労所得税額控除」を導入したのが始まりと考えられる。
従来の社会保障給付とは異なり、所得が増えるほど控除額が増え、手取りが増える(所得が一定額以上に達すると控除額は定額となり、さらに所得が増えると減少する)仕組みをとることで、低所得者の労働意欲を高めようとしたのである。
米クリントン大統領が、1988年に子どもの数に応じて控除額が決まる「児童税額控除」を導入する。英国ではブレア首相が、99年に「就労世帯税額控除」を導入し、2003年には児童手当を除く児童向けの支策を「児童税額控除」に集約した。
カナダでは91年に付加価値税であるGSTを導入した際に、逆進性緩和のため、生活必需品にかかるGSTの負担を還付する目的で「GSTクレジット」が導入されている。また、93年には、給付付き税額控除の一種と見られる「カナダ児童手当」が、2007年には「勤労所得手当」が、それぞれ導入されている。欧州諸国や韓国でも、2000年代に勤労税額控除や児童税額控除が次々と導入されている(※1)。
一方、日本では、他の先進国と比較して低所得者層における社会保険料負担が大きいこと、とりわけ生活保護受給基準を上回り、社会保険料がかかり始める収入水準の世帯において負担率が高いことが指摘されている(図参照)(※2)。このことから日本でも、給付付き税額控除が必要との認識が広がり始めている。
07年の政府税調で検討課題に
それではなぜ日本では、今になって給付付き税額控除の導入が検討されているのか。実は、2007年11月の政府税制調査会答申で給付付き税額控除が検討課題として挙げられていた。また当時から民主党は、格差是正を目的とし、再分配機能を強化するため、所得控除から税額控除・手当給付に転換するよう求めていた。麻生太郎内閣も、08年12月に閣議決定した「持続可能な社会保障構築とその安定財源確保に向けた『中期プログラム』」に、消費税増税とともに、中低所得者世帯の負担軽減策として給付付き税額控除の検討を盛り込み、自民党と公明党は、09年衆議院総選挙で給付付き税額控除の導入を公約として掲げている。
同選挙で大勝し、政権を奪取した民主党は、給付付き税額控除の導入を目指し、その実施に必要とされる所得の正確な把握のため、社会保障・税番号制度(マイナンバー制度)導入の準備を始める。一方で民主党は、4年間は消費税率を引き上げないと公約していたものの、10年6月に菅直人が首相に就任すると、消費税増税へと舵を切る。しかし、7月の参議院選挙で過半数を失う。また党内では、小沢一郎らが消費税増税に反対していた。このため、菅の後任の野田佳彦首相は、消費税増税を実現するため、自民党・公明党に協力を求める。
民主党は消費税の逆進性対策として給付付き税額控除の導入を目指していたのだが、自民党と公明党は、食料品などの生活必需品への軽減税率の導入を主張する。その背景には、消費税増税に消極的であった創価学会を軽減税率を導入するとして説得したという事情があった。2012年6月に三党合意が成立し、税制抜本改革法には、軽減税率、給付付き税額控除、総合合算制度(医療、介護、保育等に関する自己負担の合計額に、所得に応じて一定の上限を設け、上限額を超えた分を還付する仕組み)の導入を総合的に検討することが明記される。
結局、選挙の争点になるのは消費税
2012年12月の衆議院総選挙で自民党・公明党が大勝し、安倍晋三内閣が成立する。公明党は13年7月の参議院選挙で、消費税率10%引き上げ時の軽減税率導入を公約に掲げ、以後、軽減税率の導入に消極的な財務省・自民党との対立が続く。結局、15年12月に、酒類・外食を除く飲食料品と週2回以上発行の定期購読の新聞を対象に軽減税率導入が決まった。安倍内閣は、民主党政権から受け継いだマイナンバー法案を成立させるものの、行政手続きの簡素化・効率化や不正給付の防止などに主眼を置くようになり、給付付き税額控除を検討することはなかった。総合合算制度の導入も見送られる。
14年衆議院総選挙以降も、民主党(民進党、立憲民主党)、維新、そして公明党が、給付付き税額控除の導入を選挙公約に掲げ続ける。しかし、具体的な制度設計が示されることはなく、19年10月の消費税率引き上げまでは消費税増税の凍結が、それ以降は消費税減税が、選挙の争点となっていた。
このように給付付き税額控除の導入が見送られてきたのは、消費税率引き上げに際して、自民党が逆進性対策に不熱心(景気対策として法人税減税には熱心)であり、公明党が軽減税率の導入に熱心であったことが大きい。ただ給付付き税額控除の導入には、以下のような難点があったことも指摘できるだろう。
第1に、正確な所得把握が難しいことである。マイナンバー制度の導入により所得把握は進んでいるものの、自営業者などの所得や資産所得を正確に把握することは依然として難しい。第2に、既存の社会保障制度や税制という複数の省にまたがる制度を抜本的に見直す必要があるため、行政的コストが高いことである。
こうした技術的・行政的な困難を打破するには、政治的リーダーシップが必要となる。しかしながら第3に、制度が複雑であり、国民の理解が得られにくいこと、また制度設計に時間がかかり、政策の即効性も乏しいことである。一部の専門家は、中低所得者層に比べて富裕層の減税額の方が大きくなる軽減税率や消費税減税よりも、給付付き税額控除の方が合理的な政策であると指摘してきた。しかし選挙での勝利を目指す政治家は、軽減税率や消費税減税のような国民受けのする、分かりやすい政策を選択してきたのである。
高市首相誕生で、「改革の本丸」に浮上したが…
ところが2025年参議院選挙後、給付付き税額控除に注目が集まることになる。
与党が過半数割れとなった2024年10月の衆議院総選挙で注目されたのは、「年収103万円の壁」、すなわち所得税の課税最低限の引き上げと、現役世代の社会保険料負担の引き下げを掲げた国民民主党の躍進であった。玉木雄一郎代表は、現役世代の手取りを増やすことを主張し、政府が物価高対策として住民税非課税世帯に現金給付を行ってきたことには、対象の大多数が高齢の年金受給世帯になるとして批判していた。また、消費税廃止を掲げたれいわ新選組も議席を増やした。
2025年7月の参議院選挙でも与党は敗北し、消費税の段階的廃止を掲げた参政党が躍進する。10月の自民党総裁選挙で勝利したのは、給付付き税額控除の導入を検討するとした高市早苗であった。
実は高市は、2021年の自民党総裁選挙に出馬した時から、給付付き税額控除を公約に掲げていた。2012年5月に生活保護利用者の増加について「さもしい顔をしてもらえるものはもらおうとか、弱者のふりをして少しでも得をしようとか、そんな国民ばかりになったら日本国は滅びてしまいます」と発言していた高市(※3)が、低所得者向けの給付付き税額控除を推進するのは、「『格差の是正』を目指す場合にも、『勤労インセンティブを促す』税制にすることが必要」という考えに基づいている(※4)。
「財源は?」「給付額は?」懸案積み残したまま
給付付き税額控除の導入を持論とする高市が首相に就任し、2026年2月の衆議院総選挙で大勝したことで、給付付き税額控除は現実性のある政策課題となったのである。さらに国民民主党や参政党の躍進により、自民党や財務省、厚生労働省が、これまで認識してこなかった働く低所得者層の苦境や不満について認識するようになったことも重要であろう。消費税減税や社会保険料引き下げへの支持は、単にポピュリストに扇動されたというよりは、生活実感のこもった叫びと聞くべきだったのである。
もっとも「所得に連動したきめ細かな給付」の財源をどう賄うのかという最大の課題は、解決していない。高市首相は、赤字国債には頼らないと繰り返しているものの、恒久財源の具体的な確保策は先送りされている。中低所得勤労者の税・社会保険料の負担軽減と就労促進という目的を実現するには、それなりの給付額が必要とされるものの、財政規模が決まらないため、具体的な給付額も決まっていない。財政悪化懸念から長期金利が上昇し、円安が進行する中、責任ある決定がなされるのかが注目される。
(文中敬称略)
バナー写真:社会保障国民会議の実務者会議に臨む自民党の小野寺五典税制調査会長(右)ら=7月16日午前、国会内(時事)
(※1) ^ 森信茂樹(2026)「『改革の本丸』給付付き税額控除の壁 対象選定や基盤整備、財源焦点」『週刊エコノミスト』2026年4月28日号、32-33頁、鎌倉治子(2010)「諸外国の給付付き税額控除の概要」国立国会図書館『調査と情報―ISSUE BRIEF―』第678号
(※2) ^ 翁百合(2023)「子育て世帯の負担と給付の公正性は確保されているか―被雇用者世帯の所得と負担率の国際比較分析―」NIRAオピニオンペーパーNo.65、翁百合(2026)「低所得の勤労層への支援の検討―日・主要4カ国比較と英米の支援制度の経験から得られる示唆―」NIRAオピニオンペーパーNo.89、『朝日新聞』2026年2月27日付朝刊
(※3) ^ 稲場剛(2025)「生活保護基準引き下げ 第2次安倍政権の失政と高市首相」毎日新聞ウェブサイト(2026年5月9日最終確認)
(※4) ^ 高市早苗(2021)『美しく、強く、成長する国へ。―私の「日本経済強靱化計画」―』ワック、204頁、『朝日新聞』2025年10月23日付朝刊。これは、「自助」を強調したフォード大統領や、「ウェルフェアからワークフェアへ」を掲げたブレア首相が、給付付き税額控除を導入したことや、維新や竹中平蔵が長年、給付付き税額控除の導入を主張していることとも符合する
