造船業への政府支援と日米協力の課題: 「日本の船は日本で造る」方向に本当に進むのか?
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はじめに
筆者は、以前に1950年代前後の日本の海運・造船業をめぐる助成政策の動向を政治学的に分析したことがある。この時代は、戦後復興のなか海運・造船業の再建のために、政府と業界とが助成政策の拡充を軸にしてさまざまな駆け引きを行っていた。こうした政府による産業への助成政策の歴史を多少なりと知っている人間からすると、近年の海運・造船業をめぐる助成政策の動きは奇妙な既視感を覚えるのではないだろうか。安易なアナロジーは避けるべきだが、政府と海運・造船業界との間で何が起きているのか。本稿は、2025年から26年前半の特に造船業をめぐる出来事を中心に現状を分析することで、その疑問を解きほぐしてみたい。
日米交渉で政治争点化
2025年は、日本の造船業が非常に政治的な争点化をした年となった。米国のトランプ大統領は3月の議会演説において造船業の再興に取り組む姿勢を示し、4月には自国の海事産業基盤の再建に向けた大統領令(Restoring America’s Maritime Dominance)が発令された。これらの目的は、海運・造船分野における中国依存を是正し、米国の国内産業基盤の再建を通じた経済安全保障の強化にあった。
一見すると日本にはあまり関係ない出来事のようにも思える。だが、現状の米国における造船業の生産能力や人的資源の制約を考えると、同盟国のなかで一定の建造量と国際的な造船シェアを有する韓国や日本との連携・協力が必要とならざるを得ない。こうした事情から日米の関税交渉において造船は、自動車関税の引き下げを目指す日本の交渉カードの「切り札」的な位置づけが与えられたのである。
日本政府は、すぐに造船業への政策的支援を表明した。具体的には、25年6月公表の「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)で、国内の造船業を再生し、海運業と造船業を中核とする海事クラスターを強靱(じん)化するとの方針が盛り込まれた。前年の骨太の方針よりも海運・造船分野の記述量が充実し、「日米協力」という文言も加わって、関税交渉を後押しする姿勢が明瞭なものとなっている。
また自民党においても、石田真敏を委員長とする海運・造船対策特別委員会と、小林鷹之を本部長とする経済安全保障推進本部が合同で「我が国造船業再生のための緊急提言」を取りまとめ、その緊急提言は同じく6月に石破茂首相に対して提出された。支援強化のための基金創設やロードマップの作成を主張するこの緊急提言も、「同志国等との連携強化」という項目を立て、米国に関する記述は相対的に内容が具体化されている。政府と与党の双方から政策的支援の必要性が提示され、日米協力を背景に政治的争点化をした造船は、多くの注目を集めるようになったのである。
7月に、日米の関税交渉は合意に達した。交渉の結果、5500億ドル(約80兆円)の対米投資枠組みの対象分野のなかには、造船が含まれることになった。さらに10月には、日米間で「造船についての協力に関する覚書」の署名が行われた。特に日米造船作業部会を設置することにより、船舶建造能力の拡大など日米協力の具体的な方策を検討することが示された。
年末の12月に日本政府は、24年時点で約900万総トンであった年間建造量を2035年に1800万総トンに引き上げることを目指す「造船業再生ロードマップ」を公表。前述の緊急提言で主張された基金案も、10年間で合計3500億円規模の造船業再生基金として設けることが決められた。
造船業界も25年10月に、国内17社で3500億円の設備投資を表明し、さらなる投資のために政府の支援を要望するなど、その機会を活用しようとした。とはいえ、政府と造船業界の間には、造船業を再生するという目標は一致していても、そこには無視することのできない思惑の違いが存在する。
簡単ではない「国内の生産力強化」
そもそも造船業界は、政府に対する支援の要望をしつつも、自ら再生のためのさまざまな取り組みをしてきた。例えば、2025年6月には業界で国内最大の造船シェアを誇る今治造船が、第2位のジャパンマリンユナイテッド(JMU)の子会社化を発表した。12月には、日本郵船や商船三井、川崎汽船の海運大手3社が、三菱重工業と今治造船が共同出資する次世代船設計会社MILESへの資本参加を正式に発表し、海運・造船が一体となった次世代船の開発・設計のさらなる共通基盤構築に乗り出した。こうした取り組みに共通するのは、国際的な競争力向上のための造船における「オールジャパン体制」の構築である。
当然のことながら政府の政策支援も、その基調には造船業のオールジャパン体制の構築があった。前述の「造船業再生ロードマップ」では、海事産業群内での垂直・水平連携を促進することが示されていた。しかしながら、より重要なのは造船業のあるべき姿として、経済安全保障の観点から「日本の船は日本で造る」という記述が盛り込まれていたことである。自民党の緊急提言も、同様に「日本の船は日本で造り、日本で持つ」ということが安全保障面から強調されていた。換言すれば、政府のオールジャパン体制の構築とは、国内の生産力強化を念頭に置いたものなのである。
それだけに、政府と海運・造船業界のそれぞれの構想は一致しない部分もあり、その具体化をめぐって紛糾する。政府の「造船業再生ロードマップ」では28年までに造船会社を1~3グループ体制に集約する案が提示され、造船業界内からは政府主導の業界再編への疑問が呈された。
政府の助成政策と業界を編をセットにするのはこれまでにも見られた手法であるが、既に一定程度の業界再編が進んでおり、企業努力を積み重ねてきた造船会社にとって容易に首肯できるものではない。「グループ体制」や「集約の様態や連携内容については、様々な形を想定」というロードマップでの周到な表現は、政府と業界との妥協を可能にするための表現であろう。
また大手造船会社である常石造船は、政府の国内造船建造量の拡大方針とは異なり、東ティモールで造船所の建設を発表するなど、技術者を確保しやすい海外拠点を拡充するかたちで事業拡大を進めている。常石造船と今治造船の事業戦略は時おり対比的にも語られるが、経営の理念や戦略上から政府の方針とは異なる路線を歩もうとする企業の存在は、海運・造船業におけるかつての三光汽船の例に限らず、産業の助成政策の歴史のなかでも見られてきた現象である。こうした現状が奇妙な既視感を作り出している。
例えば、1950年代前後には政府による海運・造船業の産業政策として、船舶建造支援策である計画造船があった。計画造船は総建造量の決定と、それに合わせてどの海運会社に何隻分の財政支援を割り当てるのかがポイントであり、政府は重点配分を希望する大手海運会社とそれ以外の海運会社の間での業界内の利害調整を必要とした。また造船業が好況になると造船会社は海外からの船舶建造を受注するため、政府は計画造船のための船台不足の可能性も考慮しなければならなかった。1960年代には海運業の業界再編を進めるために計画造船が活用されるが、独自の事業戦略から前述した三光汽船のように政府主導の再編に参加しない海運会社も存在した。これらは海運・造船業の再建という目的が一致していても、政府と海運・造船業の思惑の違いが産業政策の実施に影響を与えていたのである。
業界横断的な協力構築も課題に
そうであれば、現状から今後の展望のために考えるべきポイントは、おそらく2つある。1つ目は、船舶の建造能力は人手や資材などのリソースに左右されるという点である。常石造船の事業戦略も、国内での人手不足によるところが大きい。さらに造船には鋼材が必要であり、価格高騰のなかで鉄鋼業との協力・連携は重要なものとなっている。既に2026年3月に海運・造船業と鉄鋼業は、造船・海運・舶用・鉄鋼ハイレベル会合を開催し、業界横断的な協力体制の構築を進めている。経済安全保障の論理がさらに強まれば、造船におけるオールジャパン体制は、海運・造船の一体化を超えた、関連業界を含むさらなる一体化の可能性を模索していくことになろう。
2つ目は、日米の造船協力の具体化の行方が政策的支援の推進力を左右するという点である。26年2月に前述した日米造船作業部会の初回が米国で開催されたものの、本格的な議論はおそらくこれからである。ロードマップに記された「日本の船は日本で造る」と「国際連携」をどのように両立していくのかについては、トランプ大統領の造船に対する政策的関心をはじめ米国側の日本への要望を見据えながら、政府と業界との間の継続的な調整が不可欠である。けれども、なぜ政府が造船に積極的な政策支援を行うのかを国民が納得するためには、政府と業界関係者内での専門的な議論にとどまらず、国民的な関心を高め、政策的支援を後押しする国内コンセンサスを真摯に得ていくことが望ましいだろう。
かくして造船への注目が集まる機会に、本稿のささやかな政治学的考察が、人びとの政策的支援に対するさらなる関心の入り口となれば幸いである。
バナー写真:鳴門海峡・関門海峡と並ぶ日本三大急潮の来島海峡(右)と造船所=2024年12月、愛媛県今治市(時事)