マスカット、イチゴ、ミカン…ブランド農産品種の海外流出は改正種苗法で防げるのか

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種苗法が2026年7月の特別国会で6年ぶりに改正された。背景には日本で開発された果物などの新品種が相次いで海外に持ち出され、現地での栽培の広がりが止まらない現状がある。

中国サイトに「あすき」の苗木

政府が種苗法を再び改正せざるを得なくなった“事件”は、国立研究開発法人の農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が開発したミカン「あすき」を巡って起きた。糖度が極めて高く、食味にも優れた品種として農研機構は2017年に登録を政府に出願し、22年に正式に認められた。国内で苗木の販売が始まったのは20年12月だ。

ところが、国内では登録にも販売にも至っていない20年4月の段階で中国のインターネット販売サイトで実を付けた「あすき」の苗木が掲載されているのが見つかった。糖度の高さなど品種の評価も添えてあったという。日本で正式に登録される前の新品種がどのように流出したのかは謎だ。

農林水産省によると、新たな植物品種は国への登録により、知的財産権のひとつである「育成者権」を得ることができる。これにより、登録品種の種苗、収穫物、一定の加工品の販売などを果樹で30年間、それ以外は25年間独占できる。だが、登録前の品種は育成者権も確立しておらず、法的に無防備な状態にある。

今国会で成立した種苗法改正は「あすき」の事案を踏まえ、育成者権が保護されない品種登録の出願期間中も輸出を差し止められる制度に変更した。加えて、育成者権の存続期間も10年延長した。

海外への流出または流出疑いのある主な品種

かんきつ類 「デコポン(不知火=しらぬい)」「あすき」「紅プリンセス」 
イチゴ 「章姫(あきひめ)」「レッドパール」「とちおとめ」
「紅ほっぺ」「スカイベリー」「古都華」
ブドウ 「シャインマスカット」
リンゴ 「もりのかがやき」「ふじ」
サクランボ 「紅秀峰(べにしゅうほう)」 
サツマイモ 「べにはるか」

出所)農林水産省の各種資料から筆者作成

シャインマスカット栽培対価200億円損失

農水省の調査で、日本が開発したブドウやイチゴ、リンゴ、かんきつ類などの品種が既に中国や韓国で多く栽培され、アジア市場を中心に販売されていることが分かっている。シャインマスカット(日本国内での品種登録は2006年)の中国の栽培面積は20年時点の推定で5万3000ヘクタールと日本の30倍近くまで増え、韓国での栽培面積も19年で日本にほぼ並んだ。

農林水産省は16年頃に流出したブドウの高級品種「シャインマスカット」の栽培許諾料だけで損失は年200億円近いと試算。輸出市場を海外産地に奪われることも含めると被害額は計り知れない。

中国で栽培されている日本の高級ブドウ「シャインマスカット」=農林水産省提供(時事)
中国で栽培されている日本の高級ブドウ「シャインマスカット」=農林水産省提供(時事)

シャインマスカットだけではない。イチゴの人気品種「紅ほっぺ」の中国での栽培面積は18〜19年で4万4000ヘクタールと日本の18年産全イチゴ栽培面積の8倍強の規模があった。韓国では、イチゴの「章姫」と「レッドパール」が日本の育成権者と許諾契約した生産者から無契約の第三者に流出し、両者を掛け合わせた「雪香(ソルヒャン)」という品種が生まれ、イチゴ栽培面積の9割を占めるまでになったという。

紅ほっぺ(PIXTA)
紅ほっぺ(PIXTA)

栃木県が開発したイチゴの「スカイベリー」は、同県が決めた中国名である「天空草苺」や「SKYBERRY」という名称まで、中国企業によって中国で商標登録された。

法改正後も止まらぬ流出疑い

政府が2020年に種苗法を改正するまで、農研機構などの品種育成者はホームセンターなどで売られる苗木が海外に転売されても、それを止めることはできなかった。知的財産権には権利の「消尽」という概念があるからだ。例えばDVDを許可なく複製して販売すれば違法行為だが、個人が正当に購入した商品であれば転売は自由だ。適法に日本国内で販売・流通された製品や著作物は、その後の転売や使用について知的財産権の効力が及ばなくなるという考えに基づく。

しかし、付加価値の高い種苗が持ち出されると、海外で生産が広がってしまう恐れがある。20年の改正種苗法は登録品種の種苗などが譲渡された後でも、届け出によって種苗などを育成者の意図しない国へ輸出したり、意図しない地域で栽培したりする行為について育成者権を及ぼせるようにした。権利を侵害した場合は10年以下の懲役か1000万円以下の刑事罰も課せられる。

それでも流出は止まらなかった。昨年、農水省が中国と韓国で種苗の販売サイトを調べたところ、日本で開発された新品種と同じ名称や類似の名称で売られている種苗が50種程度見つかった。調査方法も異なるため単純比較はできないが、前回20年9月に公表した調査の36品種よりも多い。今回の調査ではシャインマスカットはもちろん、愛媛県のかんきつブランド「紅プリンセス」や奈良県の高級イチゴ「古都華(ことか)」もあった。

政府は農林水産物・食品の海外輸出額を30年に5兆円まで引き上げる目標を掲げている。だが、25年の輸出額は約1兆7000億円と同年の目標としていた2兆円に届かなかった。中国や韓国で栽培された日本の有力品種がアジア市場などを席巻すれば、日本は輸出機会を失う。海外の生産者に適正な栽培許可を与え、ライセンス収入を得るチャンスもなくなる。

愛媛県の中村時広知事は6月、同県が開発した「紅プリンセス」の中国への流出が疑われる事案について鈴木憲和農水相に実態把握と対策の緊急要請をした。鈴木農水相は「日本産農産物の海外流出、特に新たな種苗については深刻な問題だと認識をしている。今後、愛媛県が中国の法律に基づいて中国における証拠の収集や警告状の送付、訴訟などを行う場合には農林水産省が必要な支援を適切に行う」と述べた。

シャインマスカットの苗木が無許可で保管されていた事件で、書類送検された男性から押収した苗木=2021年6月、東京都千代田区の警視庁麹町署(時事)
シャインマスカットの苗木が無許可で保管されていた事件で、書類送検された男性から押収した苗木=2021年6月、東京都千代田区の警視庁麹町署(時事)

難しい国境越えた品種保護

植物の新品種を保護する制度には、日本も加盟する1991年採択の「植物新品種保護国際同盟(UPOV・ユポフ)条約」という国際ルールがある。その規定によれば、海外で新品種を守るためには譲渡(販売)開始から一定期間内に国ごとに登録しなければならない。シャインマスカットはその期間を過ぎており、もはや手遅れだ。

政府はこうした事態を繰り返さないように農業の知的財産保護を目的にした支援事業を始めた。

盗難が目立つ電線などは持ち出しに特殊な工具が必要で、重くかさばる。それに比べ果樹は小さな枝を折って土や水などに挿すだけでも再生できるため簡単に盗まれてしまう。しかも盗難現場になり得る農場は広く、外部から侵入しやすい。政府は「権利者が種苗をしっかり管理していくことが重要だ」(農水省知的財産課)という。

愛媛県は2019年に「紅プリンセス」の登録を中国に申請したものの、今も審査中であり、登録されていない。その状態で、中国国内には品種が広がりつつある。国際条約があるとはいえ、実際の制度づくりや運用は各国任せなのが実情だ。

愛媛県は苗木を厳格に管理し、海外からの視察も受け入れない。苗木の販売は許諾事業のみに限定し、量販店での販売を禁止している。だが、登録のために送った苗木が現地で適切に管理されているのか、という疑問はある。

中国大手通販サイトで販売されている「紅プリンセス」の名前をうたった苗木(共同)
中国大手通販サイトで販売されている「紅プリンセス」の名前をうたった苗木(共同)

愛媛県の中村知事は2026年6月の定例会見で、一般論と前置きした上で、「例えば国によっては品種の登録にあたり、現地での試験栽培を義務付けているところもある。その国のルールで現地登録するために現地栽培が必要という場合に苗木を送った事例はいくつかある」と話した。

鈴木農相は育成者権者が海外で契約を締結したり、訴訟したりする際の外国語や法令の専門知識などの負担を考え、「育成者権を保護・活用する専門性のある育成者権管理機関を、遅くとも8月中までには立ち上げたい」としている。

和牛とWAGYU ハイテク並み知財競争

日本が誇る「農業の宝」では和牛も海外から狙われている。2019年には所定の輸出検査をせず、和牛の精液と受精卵を中国に持ち込もうとした人物が家畜伝染病予防法違反で刑事告発された。

和牛は黒毛和種、褐色(あかげ)和種、日本短角種、無角和種という4つの食肉専用種の総称だ。代表的な黒毛和種は「松阪牛」「近江牛」「神戸ビーフ」などの地域ブランドも生み出した。過去には和牛の精液や生体が輸出され、米国やオーストラリアでの「WAGYU」生産につながった。豪州産「WAGYU」は韓国や香港市場にも輸出されている。

和牛などの畜産物には植物の品種を知的財産として保護するユポフ条約のような国際ルールがない。そのため、流出を防ぐ法律を20年に制定し、契約違反の輸出を差し止めたり、精液譲渡などの記録を関係者に義務付けたりする対策を導入した。

農水省に知的財産課が置かれたのは08年だ。農業分野に知的財産という概念が出てきた歴史はまだ浅く、新品種や地理的表示(GI)のような地域ブランド、独自の栽培・育成手法などが知的財産だという意識が生産現場に浸透しているとは言えない。知的財産が持つ高い付加価値や、それが盗まれやすい存在であり利益と競争力の源泉としてライバルが虎視眈々(たんたん)と狙う現状は、ハイテク産業も農業も同じだ。産業として農業を成長させていくためには、自らの知的財産を守り、強みとして生かす戦略が欠かせない。

バナー写真:海外に流出したとみられる品種。シャインマスカット(左)、紅プリンセス(右)、章姫(上)=PIXTA

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