「防衛装備移転三原則」が求められる理由

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「武器輸出三原則」に代わる「防衛装備移転三原則」

政府は、3月11日の国家安全保障会議(NSC)で、1967年以来の「武器輸出三原則」に代わる新原則となる「防衛装備移転三原則」の原案を決定した。原案は、(1)国際的な平和と安全の維持を妨げることが明らかな場合は移転(輸出)しない、(2)移転を認める場合を限定して厳格審査する、(3)目的外使用と第三国移転は適正管理が確保される場合に限定すること、を掲げた。4月にこの内容で閣議決定されれば、「平和貢献・国際協力の積極的な推進に資する場合」と「日本の安全保障に資する場合」には、外国政府あるいは国連などの国際機関に防衛装備の移転が認められることになる。

政府は、新三原則の原案決定を受けて、自民、公明両党の安全保障に関するプロジェクトチームの会合で、武器あるいは関連技術を輸出する際、重要案件についてはNSCで可否を判断した上で結果を公表するのに加え、重要案件以外の輸出件数や輸出先などについても年次報告書として公開する仕組みを正式に提示し、両党も大筋でこれを了承した。また政府は、防衛装備品移転を認め得るケースとして、「日本との間で安全保障面で協力関係がある国に対する救難、輸送、警戒監視、掃海に関する装備品輸出」を挙げ、シーレーン(海上交通路)沿岸国への輸出も可能にする方針を示したが、武器輸出緩和に慎重な公明党に配慮して、「シーレーン」という表現は避けることにしたという。

与党内での議論にもうかがえるように、防衛装備の移転・輸出については、これをどう限定し、どう歯止めをかけるかに、大きな関心が払われているように見える。こうした議論は、それによって、防衛装備移転三原則の目的が国内外でより良く理解される一助になるのであれば、結構なことである。しかし、新聞報道を見る限り、なぜ、いま、武器輸出三原則に代わる新たな三原則を定めなければならないのか、そもそもの理由が果たしてどれほどよく理解されているのか、不安にならざるをえない。以下、これについて、少し述べておきたい。

防衛力の基盤となる産業力の維持・強化に必要

武器輸出三原則の見直しはすでに民主党・野田佳彦政権時代に始まっている。(関連記事1)(関連記事2) これは、2011年12月、政府が武器輸出三原則の事実上の緩和を決定し、戦闘機などの国際共同開発・生産への参加、国連平和維持活動(PKO)など平和構築・人道目的での装備品供与を例外とする新たな基準を設定したことに見る通りで、今回の防衛装備移転三原則の決定はこれを引き継いだものである。では、なぜ、従来の原則の見直しや新たな原則の決定が求められることになったのか。

防衛力の基盤には産業力がある。防衛力の基盤としての産業力は、他国では国営企業が担うことも少なくないが、日本では、完全に民間の防衛産業に依存している。しかし、防衛産業(防衛装備品などの開発・製造・修理・運用支援・維持・整備支援などに携わる企業の総体)の防衛省向け生産の総額は2兆円以下、日本の工業生産額の0.8%に満たない。防衛産業の市場規模は防衛省の毎年度の防衛装備維持・調達予算で決まる。しかし、現下の財政危機を考えれば、防衛省予算の大幅な伸びは期待できない。一方、防衛装備品などの高性能化と複雑化による価格上昇のため、調達数量が減少し、その結果、防衛産業の採算性が低下して、防衛装備品関連研究部門・製造部門の維持は中長期的にますます困難になると予想される。

では、どうすればよいか。防衛生産・技術基盤のすべてを国内に維持することが不可能であれば、国として、国内に保持すべき防衛産業・技術分野を選定、その維持・育成に注力して、選択と集中の実現によって安定的かつ中長期的に防衛力の維持・整備を行うとともに、米国、さらには米国の同盟国との連携を強化、次世代装備品などの共同技術開発・生産に参加し、部品産業の市場拡大を模索するとともに、企業経営基盤を強化し、防衛生産・技術基盤の維持・育成・高度化を図るほかないだろう。武器輸出三原則の見直しと防衛装備移転三原則策定の基本にはこうした考えがある。

安全保障と科学技術イノベーション

なお、防衛装備移転三原則とは直接関係ないものの、防衛力の基盤となる産業力の培養については、「第4期科学技術基本計画」(2011年8月に閣議決定)においても、国自らが長期的視点に立って、継続的に、広範囲かつ長期間にわたって研究開発を推進し、成果を蓄積していくべき研究開発課題として、「国家安全保障・基幹技術の強化」を挙げていることも指摘しておきたい。

ここで、「国家安全保障・基幹技術」とは、「有用資源の開発や確保に向けた海洋探査および開発技術、情報収集や通信をはじめ国の安全保障や安全な国民生活の実現等にもつながる宇宙輸送や衛星開発及び利用に関する技術、地震や津波等の早期検知に向けた陸域、海域における稠密観測、監視、災害情報伝達に関する技術、独自のエネルギー源確保のための新たなエネルギーに関する技術、世界最高水準のハイパーフォーマンスコンピューティング技術、地理空間情報に関する技術、さらに能動的で信頼性の高い情報セキュリティに関する技術」などである。

こうした技術は、民生と国家安全保障、いずれの分野においても極めて重要な技術であるが、同時に、その研究開発のすべてを民間企業、大学にはなかなか期待できない。第2次安倍晋三内閣成立以来、政府は、日本経済再生、産業競争力の強化の一環として、科学技術イノベーション政策を大いに重視している。これは大いに結構なことである。しかし、それと同時に、国としては、航空機の高効率エンジン技術、海洋無人探査機技術、海洋エネルギー・鉱物資源開発・生産技術、衛星観測技術、放射性廃棄物の減容化・有害度低減技術などのコア技術開発について、長期的かつ継続的に、かなりの規模の投資を行うことの重要性を指摘しておきたい。

日本を代表する多言語オンラインメディアへの成長に向けて

さて、わたしは2014年3月31日をもって『nippon.com』編集長の任を辞し、4月1日からは川島真氏(東京大学准教授)が編集長に就任する。2011年の『nippon.com』創刊に際して書いたことであるが、わたしは、『中央公論』が日本の論壇で果たしてきた役割を念頭に、宮一穂・同誌元編集長の助力を得て、『nippon.com』を21世紀の「公論」を交わす場とすべく努力してきた。『nippon.com』は読者のみなさまの支持と理解を得て、アクセス数も増加している。これから『nippon.com』が、川島真編集長のリーダーシップの下、日本発の代表的な多言語オンラインメディアに成長するよう、読者のみなさまの支持をお願いしたい。

(2014年3月26日 記)

白石隆 安全保障 科学技術