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美味しく楽しく:日本でのグルテンフリー奮闘記

健康・医療

小麦粉などを使わないグルテンフリーは、日本ではまだあまり「健康的なダイエット食」として認識されていない。アレルギーに対する意識も高まってきたが、小麦を含む食品が多い日本で、グルテンフリーの生活を送るのはなかなか難しい。日本に住み、グルテン不耐症のために小麦製品を使わない生活を20年近く続けている建築家のアン・コーツさんに、グルテンフリーの暮らしを楽しむアドバイスを聞いた。

不耐症で悩むも「除去」で改善

私は、2001年に日本に移り住み、当時想像もしていなかった健康問題に直面した。米国の大学院に通っていた1990年代の終わりに、乳糖分解酵素のラクターゼを消化できない重度の乳糖不耐症になったが、来日してさらに症状が悪化してしまったのだ。いくら食事に気を使っても効果はなくて、アレルギー検査でも症状が改善する手掛かりは皆無だった。

当時、何を食べても具合が悪くなるので、徐々に食べ物を口にすることさえ怖くなってしまった。ラウラ・エスキベルの有名な小説『赤い薔薇(ばら)ソースの伝説(Like Water for Chocolate)』に登場する主人公の姉のように、ガスがたまり過ぎて死んでしまうかもしれないと思ったほどだった。食べ物の問題に加えて、何度か流産も経験。後になって、グルテン不耐症による栄養不良が原因だったのかもしれないと気付いた。当時はインターネットが普及し始めた頃で、おかげで「除去食」という改善策を見つけることができた。原因と考えられるアレルゲンを1つ選び、それを使わない食事を数カ月間続ける方法で、私も試してみることにした。

すると2つ目に除去したアレルゲンの小麦で、消化不良の症状が消えた。何よりも驚いたことに、毎月、半日は胎児のような体勢で過ごさなければならないほどひどかった生理痛が、軽い腰痛程度にまで和らいだのだ。

当時はグルテン不耐症やセリアック病などの症状はまだ広く知られていなかった。アレルギー専門医に紹介された別の医師からは、診断は下されなかったが、小麦を断っている間は症状が出なかったので、自分の直感を信じることにした。その後、発疹がなくなり、爪は厚く丈夫になり、髪の毛もこしが出てきた。そして、現在16歳になる健康な娘を授かった。

とはいえ、小麦なしの生活は口で言うほど簡単ではなかった。当時の日本は食品表示が統一されておらず、ばらつきがあったからだ。しかし、2015年に施行された食品表示法のおかげで、安全な食品がずっと簡単に見つかるようになった。食物アレルギーに対する認識も急速に高まり、コメの消費を拡大するための農業施策によって、米粉で作られた製品の数や種類も増えてきた。それでも、医療上必要なグルテンフリー食を忠実に守るのはまだ難しく、日本語の読み書きが苦手な場合はなおさらだ。

グルテンって何?

小麦粉に含まれるタンパク質のグリアジンとグルテニンが水と結合すると、グルテンと呼ばれる巨大タンパク質複合体になる。タンパク質複合体が互いに結合すると、規則的で連続的な細い網目構造が形成され、それが気泡を取り込みながら小麦粉同士をくっつけることで、パンのふわふわとした食感を生み出している。また、グルテンは弾力性がとても高い上に、自らの重さの約2倍の水を吸収する。吸水性、粘性、柔軟性といったグルテンの特徴は、食品産業において、とてつもなく貴重である。例えば、バターやアイスクリームは、グルテンを使うことで量を増やしたり、滑らかな口当たりをもたらしたりする。また小麦粉は、、米粒が塊になるのを防ぐため、コメを使った加工食品の冷凍過程に用いられることが多い。他にも、加工肉のつなぎや増量材、ソースの増粘剤や着色剤としても使われており、グルテンは化粧品やスキンケア製品にも配合されている。なお、大麦から作るシロップなどの甘味料にも含まれているが、日本ではグルテン含有と表示していない。

グルテン不耐症、セリアック病、小麦アレルギーは同じ病気ではないが、共通する症状を和らげる一番の方法は、食事から小麦製品を完全に取り除くことだ。

小麦アレルギーは、4つの小麦タンパク質(アルブミン、グロブリン、グリアジン、グルテニン)のいずれかに反応して発症する。症状がすぐに現れるケースがほとんどで、具体的な症状は、口や喉の腫れ・かゆみ、吐き気や嘔吐(おうと)、そして死に至ることもあるアナフィラキシーなどがある。

一方、セリアック病とグルテン不耐症は自己免疫疾患で、人体がグルテンという巨大タンパク質複合体に異常に反応することが原因だ。反応は主に小腸で起こり、長い時間にわたって小腸がダメージを受けると、ある時点からグルテンを摂取した直後に深刻な症状が現れるようになる。ほとんどの場合、わずかな量のグルテンでも反応が出るが、何時間も遅れて兆候が現れることもあり、自覚症状の深刻さも人によって異なる。具体的な症状は、お腹の張りやガスだまりから、下痢、便秘、嘔吐、頭痛、発疹、抜け毛、中には流産までと多岐に渡る。これらの多くは、胃腸がグルテンに直ちに反応したというよりも、小腸が傷ついて栄養不良になったことで引き起こされる。そのため、これらの症状に悩まされながらも、自分がセリアック病やグルテン不耐症とは気付かず、原因が分からないまま苦しむケースも少なくない。

体にいいの?

グルテンフリー食を取り入れることで恩恵を受ける人は多い。自分が軽度のグルテン不耐症だと気付かなくても、ダイエットによって食べる物に注意するようになるからだ。とはいえ、こうした食事療法は普通の食事よりもはるかにお金がかかり、きちんと理解した上で取り組まないと、かえって不健康になる恐れがある。なぜならグルテンフリーの製品は、通常は小麦で作られる食品を、主に米粉、タピオカ粉、コーンスターチ、ジャガイモなどのでんぷん成分で代用しているからだ。でんぷんだから不健康というわけではないが、小麦製品よりも全体的な栄養価は低く、糖質レベルは高くなる。

栄養や食品科学に関する基本的な知識があれば、小麦を使った料理のほぼ全てをグルテンフリーで作ることができる。
栄養や食品科学に関する基本的な知識があれば、小麦を使った料理のほぼ全てをグルテンフリーで作ることができる。

日本で暮らすノウハウ

意外かもしれないが、日本で安全な食べ物が一番手に入りやすいのは、徹底された厳密な「アレルゲン」表示が行われているコンビニだ。ただしアレルゲン表示は小麦アレルギーのみを対象としているので気を付けなければならない。一番好ましいのは、「加工デンプン」や「麦芽糖」、「醤油(しょうゆ)」「正油」などの重要な単語に気を付けることだ。しょうゆは大豆が原材料だが、製造工程で小麦が使われている。食品表示の規制はあるが、食品メーカーによっては、成分やアレルギーの表示が徹底されていないこともあるため、確信が持てない場合は食べない方がいい。

ファミレスでは近年、ほぼ全ての系列で、栄養とアレルギーに関する情報をインターネットや店内で入手できるようになっていて、大都市なら食べられるものを比較的簡単に見つけられる。特に東京、京都、大阪には、100%グルテンフリーのメニューやオプションを提供しているレストランもある。しかし大都市を離れると、グルテンフリーメニューのある店を探すのは至難の業だ。一番確実なのは本格的なインド料理店。本場のインドカレーはグルテンフリーの場合が多く、通常ライスも付いてくる。焼き肉もかなり安全だが、たれに肉を漬け込まないように頼む必要があり、サラダドレッシングの材料にも気を付けなければならない(塩とコショウのシンプルな味付けが一番安全)。すしの場合は、グルテンフリーのしょうゆを持ち込み、メニューのアレルギー表示をきちんと読めばある程度食べられる。しかし、安さが売りの店では米酢ではなく穀物酢が使われていることがあるので注意が必要だ。

十分な知識を持つことが鍵

飲食店の質を確かめる1つの方法は、食事への配慮が必要な客への対応だ。多くの店では、グルテンフリーのメニューやベジタリアンのオプション、またはアレルギー情報について質問すると、ポカンとした顔をされてしまう(それで日本では完全菜食主義者のビーガンがとても苦労している)。しかし時には珠玉の店に出会うことがある。たとえご飯とシンプルなオムレツといった簡単なメニューを出す小さなカフェでも、親しい人と外食を楽しめるのはとてもうれしいものだ。

手作りのグルテンフリー・パイ
手作りのグルテンフリー・パイ

悲しいことに、私のような体質は、十分な知識を持たずに調理されたものを食べると、深刻な結果を招く恐れがある。たいてい、しょうゆのほとんどに小麦が入っていることや、パンや天ぷらを置いた直後のまな板の上に、作ったおにぎりを載せるだけでおにぎりにグルテンが混入するかもしれないことを知らない。コンソメ粉末を使っただしや、水あめで作ったあめにも小麦が含まれていることがある。日本では、重度の不耐症やアレルギーまたはセリアック病の人は、これらを熟知した人が調理したものでない限り、手作り料理を食べるのは絶対に避けるべきだ。

役立つ医療ツール

残念ながら、東京以外で抗体検査やグルテン不耐症に関する食事アドバイスなどの医療ツールを入手するのはまだ難しい。とはいえ、この20年間にオンラインショッピングの普及で状況は一変し、最近はキサンタンガム(多糖類の一種)や100%のそば粉まで簡単に注文できるようになった。グルテンフリーの麺、パン、ケーキ、パイ、スナックなど、ありとあらゆる商品がオンラインショップで販売され、ほとんどは冷凍で小口配送が可能だ。さらに、貴重な情報源となる専門のSNSがいくつもある。

通常、大手スーパーには、グルテンフリーのしょうゆや麺などアレルギー対応商品のコーナーがあり、値段はかなり高くなるが、困ったときはとても助かる。ただし日本には、専門に製造された場合を除いて「グルテンフリー」と表示された商品がほとんどなく、多くの場合、食品衛生法や過剰とも思われるぐらいの包装を信頼するしかない。交差汚染の前例がないわけではないが、日本の食品加工基準は極めて高く、チョコレートバー、もち米、十割そばなどは、表示通りの成分が入っている。

セリアック病やグルテン不耐症、小麦アレルギーの場合、残念ながら地元のお祭りや居酒屋に行っても、天ぷら、ラーメン、ギョーザ、たこ焼きなど、山ほどあるおいしそうな料理を味わうことができない。でも、ほんの少し工夫することで、おいしい食事や郷土料理を楽しめる。親切なホテルなら、融通を利かせて素晴らしいグルテンフリー料理を出してくれることがあり、高級レストランやバーでも同様のサービスが期待できる。近くのコンビニで鮭のおにぎりや小麦粉を一切使わず大豆を生地にして焼き上げた「SOYJOY(ソイジョイ)」を買うこともできる。

おいしく楽しい生活を!

原文英語。
バナー写真:さまざまなグルテンフリー食品
写真:アン・コーツ

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