北米・湖水地方の原野を旅して

ノースウッズに恋した写真家 大竹英洋(3): カヌーをこいで未知の世界へ

Images 環境・自然・生物

自然写真家の大竹英洋が自らの軌跡を書き下ろす5回シリーズの第3話。挫折を乗り越え、再びフィールドへ戻る時がきた。氷が溶けたばかりの北米の湖へ、3週間のカヌーの旅に出る。

北米大陸の中央北部ノースウッズで、自然の営みを撮り続けてきた大竹英洋(46)。20年間の集大成となる初めての写真集『ノースウッズ 生命を与える大地』で、このほど第40回土門拳賞を受賞した。受賞記念作品展は、山形県酒田市の土門拳記念館で2021年10月6日から開催予定。

これまでの記事

第1話:オオカミの幻影を追って
第2話:夢をつないだ運命のオファー

2年越しの約束

一度は挫折を経験し、写真家の道を諦めた。しかし、幸運な出会いに背中を押され、ノースウッズに再び戻ることを決めた。真っ先に思い浮かんだのは、あるカヌーイストだった。2001年秋、米ミネソタ州・イリー郊外の湖畔でキャンプをしていると、立派なあごひげの男性が、使い込んだ木製のカナディアン・カヌーに乗って現れた。ウェイン・ルイスと名乗る50代半ばの彼とは、自然に対する興味からすぐに打ち解けた。後日夕食に招かれ、振る舞ってくれたのは自ら収穫したワイルドライスや鹿肉のシチュー、手製のライ麦パン。そんなノースウッズならではのもてなしで、ウェインはこれまでのカヌーの旅を語ってくれた。

湖面でカヌーをこぐウェイン(撮影2004年)
湖面でカヌーをこぐウェイン(撮影:2004年)

ウェインがカヌーと出会ったのは14歳の夏。兄に連れられ、バウンダリー・ウォーターズに面したムース湖のボーイスカウト・キャンプに参加した。原野での10日間の旅は、アイオワ州でトウモロコシ畑に囲まれて育ったウェインをとりこにした。それから40年もの間、鉱山で働いたり、大工をしたりしながら、カヌーの旅を生きがいとしてきたのだ。

近年は静かな旅を求めて、カナダ・オンタリオ州北西部にあるウッドランド・カリブー州立公園に通っていた。「同じキャンプ地に1年後に戻ると、たき火の跡がつい昨日のことのようにそのままなんだ」

ウェインは、凍っていた湖が溶けるとすぐ旅に出るのが好きだという。早春の森は小鳥たちの歌声に満ちている。日ごとに花が咲き、冬の間色を失っていた世界が、生命の息吹によって鮮やかに彩られてゆく。旅の魅力を伝えようとしてくれたが、最後には首を横に振った。「・・・うまく言えない。経験するしかないんだよ」

数週間から時には1カ月以上に及ぶ旅の話は、どれも憧れをかき立てた。ノースウッズで生まれたカナディアン・カヌーで森の奥深くに分け入っていけば、自然をもっと身近に肌で感じられるに違いない。「いつか一緒に行きたい」とお願いすると「最低でも3週間は旅をしないと意味がない」とウェイン。「きっといつか」と約束をしたままになっていた。今こそ止まっていた時計の針を動かす時だ。2004年の年が明けると、2年ぶりにウェインに連絡を取った。

エリマキライチョウのドラミング(撮影2010年)
エリマキライチョウのドラミング(撮影:2010年)

40キロの食料を詰めて

ウェインは突然の連絡に驚いていたが、カヌーの旅に連れて行ってくれるという。出発は5月。イリーで再会を喜び合い、ウェインの家で最終準備に取り掛かった。道具は自然素材が多かった。ウォール・テントは、密に織られたエジプト綿。携帯用の薪(まき)ストーブが設置でき、雪も降る早春の旅で重宝する。寝袋や着替えなどの個人装備は、キャンバス地のダルース・パックで運ぶ。足元は編み上げの革のハンティング・ブーツ。上着はウールベストとシャツ。どれも耐久性があり、旅が長くなるほど安心感がある。そして、擦れても嫌な音がせず、見た目も森の風景によく馴染む。

湖上は寒いからと、ウェインは厚手のズボンやシャツを貸してくれた。万一の転覆に備えて防水パッキングも教えてくれた。3週間分の食料を詰めたリュックは40キロにもなった。

目指すカナダのウッドランド・カリブー州立公園は、イリーから車で北へ8時間。公園の名前になっている森林性のカリブー(トナカイ)は、1940年代まではミネソタ州にもいたが、開発の波に押され今ではそこが生息域の南限らしい。未舗装のでこぼこ道を2時間も進んだ先に、ようやく出発点となるリアノ湖に到着。地の果てだと思っていたイリーの向こうに、カナダの広大な原野が待ち受けていた。

丘の上にたたずむウッドランド・カリブー(撮影2013年)
丘の上にたたずむウッドランド・カリブー(撮影:2013年)

いざ、カナダの原野へ

使うカヌーは一艘(そう)。木製の骨組みにキャンバスを張ったもので、1977年にイリーの伝説的カヌービルダー、ジョー・セリーガが造った。前後に座席があり、かじ取り役となる船尾にウェインが、初心者の僕は舳先(へさき)に座った。パドルを水に浸してそろりそろりとこぎ出すと、後ろでウェインがリズムを合わせる。つい先日まで凍っていた湖面を渡る風は、身を切るように冷たかったが、昔ながらの木のカヌーは水とよくなじんで、実に静かで心地良かった。

ポーテッジに咲くゴゼンタチバナ(撮影2010年)
ポーテッジに咲くゴゼンタチバナ(撮影:2010年)

初日は、すぐ島に上陸してテントで眠った。翌日からは朝5時に起床して支度をし、8時にこぎ出す。午後3時頃になると、キャンプに適当な場所を見つけてテントを張った。カヌーの旅と言ってもずっとこいでいるわけではない。全ての湖が水路でつながっているとも限らず、滝や急流、浅瀬などカヌーで進めないところもある。そんなときは「ポーテッジ(portage(※1))」と呼ばれる踏み跡を、カヌーと荷物を担いで運ぶのだ。

この旅に目指すべき山頂があるわけではなく、期間を決めて食料を準備し、無数にある湖を自由につないで、最後は出発地に戻ってくればいい。刻一刻と変化する状況に適応するために感覚を研ぎ澄まし、気象や風を読む。自分の旅のスタイルを貫き、森で過ごす時間をどこまで味わい尽くせるかが重要となってくる。

カヌーを担いで、次の湖を目指す(撮影2004年)
カヌーを担いで、次の湖を目指す(撮影:2004年)

ハシグロアビの親子(撮影2015年)
ハシグロアビの親子(撮影:2015年)

毛皮交易の歴史を旅する

17~19世紀までノースウッズでは毛皮交易が盛んだった。当時の欧州貴族の間でビーバーの毛皮で作ったフェルト帽が大流行。北米産の良質な毛皮目当てに仏英から商人たちがこぞってやって来た。東はスペリオル湖北岸のグランド・ポーテッジから、西はアサバスカ湖周辺に至るまで、原野の奥地にも交易所が設けられ、欧州の鉄器や毛布などと先住民からもたらされる毛皮が取引されていった。車社会の現代よりも広範囲に、カヌーの交易網が張り巡らされていたのだ。僕たちが旅をしているルートも、かつては毛皮商人たちが、交易品を運んだ「道」だったのかもしれない。

『春をさがして カヌーの旅』(たくさんのふしぎ傑作集、福音館書店)
『春をさがして カヌーの旅』(たくさんのふしぎ傑作集、福音館書店)

のこぎりで立ち枯れを切る筆者(撮影2004年)
のこぎりで立ち枯れを切る筆者(撮影:2004年)

自然の恵みを味わう

ウェインにはお気に入りの湖があり、そこに連泊してのんびりと釣りや散策をして過ごした。低い水温のおかげでレイク・トラウトが水面まで上がってくる。僕らは釣りざおを足に挟んで、ルアーを後方に流しながらこいだ。カヌーによるトローリングだ。魚が釣れると冬眠から覚めたクマをテントに誘わないよう、離れたところでさばいて、身だけを持ち帰った。鍋でゆで、ワイルドライスと一緒に食べた。これほど自然の恵みを感じる食事もないだろう。

レイク・トラウトの夕食(撮影2004年)
レイク・トラウトの夕食(撮影:2004年)

テントの周りの森を歩けば、よく乾いた立ち枯れが至る所にあった。朝晩は冷え込むので薪で暖を取ったが、ストーブから聞こえるパチパチという音が心地いい。もともと釣りやたき火が好きで旅を始めた僕にとって、夢のようなフィールドだった。

水辺を飛ぶアメリカクロクマ(撮影2018年)
水辺を飛ぶアメリカクロクマ(撮影:2018年)

この惑星に2人っきり

旅に出て数日間は、体中が筋肉痛だった。1日に6時間もこぎ続け、テントを設営した後はのこぎりで薪を切るのだ。それでも1週間たつと筋力も付き、風景を見渡す余裕が出てきた。

1日に何度もポーテッジを越えた。湖岸の岩肌は日本庭園のように苔(こけ)むし、割れ目から生えた松やトウヒが盆栽を思わせた。時には、スポンジのようなミズゴケに覆われた湿地を歩き、川の水位が低いところでは、泥だらけになりながら重いカヌーを押した。

キャンバス・テントに映るシラカバの影(撮影2016年)
キャンバス・テントに映るシラカバの影(撮影:2016年)

気がつけばもう2週間以上ウェイン以外の人間を見ていない。お互いにすべきことが分かり、口数も減った。この惑星に2人しかいないような感覚。わずか5メートルの小舟に野営の装備を載せて気ままに移動する。ものを持ち過ぎない身軽さ。眠る場所を決める自由。森の懐に包まれる充足感。そして圧倒的な孤独。ウェインが心を奪われたカヌーでの旅を、僕も心ゆくまで味わっていた。

新緑の森。アメリカフクロウの巣立ちが近い(撮影2015年)
新緑の森。アメリカフクロウの巣立ちが近い(撮影:2015年)

見えてきたノースウッズの輪郭

旅を終えてリアノ湖に戻ると、カヌーと道具を車に積んで、州立公園の玄関口となる町レッドレイクを目指した。自動車のパワーとスピードが怖く感じられた。カヌーなら、湖岸に生える草の葉までじっくり観察できるが、車窓から見える草花は飛ぶように後方へと過ぎ去っていく。目的地に早く、楽にたどり着こうと思えば、見えなくなるものがきっとたくさんあるのだろう。

夜明けの訪れとともに、鳥たちの歌が始まる(撮影2004年)
夜明けの訪れとともに、鳥たちの歌が始まる(撮影:2004年)

またしてもオオカミとは出会えなかったが、ウェインとカヌーの旅に出たのは正解だった。風景や野生動物だけでなく、カヌーで旅をする魅力や毛皮交易の歴史、さらにはカヌーを生んだ先住民の文化。自分が捉えるべきノースウッズの輪郭が見えた気がした。

そして、この旅から2年後の夏、事件が起きた。ウッドランド・カリブー州立公園の中心部で大規模な森林火災が発生し、美しい思い出の森が燃えたのだ。 

【第4話:森林火災といのちの営みに続く】
【第5話:先住民から学んだ生命の大地(最終回)】

写真=大竹 英洋

バナーキャプション:ノースウッズ発祥のカナディアン・カヌーを使えば、原野の奥地へ何週間も旅ができる。(撮影2004年)

(※1) ^ フランス語読みはポルタージュ。最初にやってきたフランス系毛皮商の言葉に由来する。

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