感染症の文明史 :【第1部】コロナの正体に迫る

2章 新型コロナはどう広がったのか: (4)環境破壊がパンデミックの引き金を引いた!?

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森林開発によって生息地から締め出された動物が人里に追い出され、動物を宿主(しゅくしゅ)としていたウイルスは宿主を変えざる得なくなった。自然環境の破壊がパンデミック(世界的大流行)を引き起こす危険性を高めると警鐘を鳴らしてきた研究者の声に耳を傾けるのが遅すぎた。

傑出したウイルスの運び屋、コウモリ

新型コロナのパンデミックで、ウイルスの運び屋としてのコウモリの存在がこれまで以上に注目を集めている。コウモリの種類は世界で925種が知られ、5513種の哺乳類の約 20%を占め、ネズミなどの齧歯(げっし)類に次ぐ大ファミリーだ。日本にも35種類が生息している。これまでも、多くのウイルス病の宿主(しゅくしゅ)として恐れられてきた。

最古のウイルス感染症のひとつとみられる「狂犬病」をはじめ、実験動物用のサルとともにアフリカからドイツに運ばれて多くの死者を出した「マールブルグ熱」(1967年)、オーストラリアで馬からヒトに感染症した「ヘンドラウイルス」(1994年)、マレーシアの熱帯林の開墾地で多発した「ニパウイルス」(1998年)など、コウモリが媒介したウイルス感染症は多い。

私はアフリカやアジアや南米の熱帯地方を研究のフィールドとしてきたので、マラリアやコレラや赤痢などさまざまな感染症にかかったことがある。熱帯病を研究する友人から何度か血液を採られ、実験動物の気分も味わった。中でもこの病気だけでは絶対にかかりたくないというのが、西アフリカで大流行した「エボラ出血熱」(2014年)である。

もともとオオコウモリが保有するウイルスが原因で、チンパンジーやゴリラなど野生動物に感染が広がっていた。症状は激しい腹痛、下痢、嘔吐(おうと)などにはじまり、内臓が溶けて全身から血が噴き出し、苦痛にのた打ち回って死に至る。世界保健機関(WHO)によると、当時の感染者は2万8600人、死者は1万1325人にも及んだ。致死率は5~9割という人類にとってもっとも手ごわい感染症のひとつだ。

シドニー大学のタルハ・ブルキが英医学誌「ランセット」の2020年9月1日号に寄稿した「新型コロナウイルスの起源」によると、中南米、アフリカ、アジアで捕獲された1万2333匹のコウモリを対象とした調査で、9%のコウモリが91種の異なるコロナウイルスを少なくとも1種保有していた。

とくにウイルスの保持者として恐れられているインドオオコウモリは、58種のウイルスを保有していた。コウモリの仲間は、少なく見積もっても3200種のコロナウイルスを保持しているという推定もある。

コウモリは多様性に富む哺乳類だ。翼を開いた時の長さだけでも、3センチから1.7メートルまでと幅広い。寿命が長く約40年間も生きる個体がいる。飛ぶことのできる唯一の哺乳類で、自ら発した超音波音声(パルス)に対する反響音(エコー)を聴き取って、エサを取ったり、外敵から逃れたりする。

エサは、昆虫から果物、花蜜、血液とさまざまだ。植物食のコウモリは、花の受粉や種子の散布に関わり生態系で重要な働きをしている。洞窟、森林、草原、水辺、乾燥地など多様な環境に適応し、巨大なコロニーをつくる。そこは「密閉」「密集」「密接」の三密状態そのものであり、互いにウイルスをやり取りして変異株をつくり出す。森林や集落を飛び回ってフンを落とし、ヒトだけでなく家畜や他の野生動物にもウイルスを感染させていく。

最近の研究によると、ウイルスに対する高度の防御システムを持ち、ウイルスが増殖する時に発生するDNAのコピーミスを修復できる。自身が発症することなく多くのウイルスの自然宿主として生き延び、哺乳類の中で抜きんでたウイルスの運び屋だ。

新型コロナウイルスがヒトから動物に

ウイルスが何らかの理由で新しい宿主にスピルオーバー(宿主の乗り換え)した時には、その宿主に強い毒性を示す。ハーバード大学のウイリアム・ヘーゼルタインは「ウイルスが新しい宿主にジャンプしたとき、たとえば動物から他の動物へ、動物から人へ、人から人へと乗り移ったときにしばしば突然変異を起こして毒性を高める」という。

スピルオーバーの恐ろしさにも触れておこう。ハシカは牛の病気である「牛疫」(2011 年に根絶宣言)からスピルオーバーして約8000年前にヒトに感染するようになった。犬のジステンパーとも親戚だ。ジフテリア、天然痘、炭疽(たんそ)病、牛海綿状脳症(BSE)はいずれも元は牛の病気だった。インフルエンザはカモとブタとヒトとに共通したウイルスが原因だ。おたふくかぜは鳥類のニューカッスル病に近く、E型肝炎はブタの保持するウイルスが原因だ。

HIV/エイズはチンパンジー、西ナイル熱は野鳥、ハンタ(腎症候性出血熱)はネズミからそれぞれウイルス感染する。野生動物の持つウイルスは150万種も知られ、そのうちのどれが突然変異を起こしてヒトに乗り移るのかは分からない。私たちはこれからも「ウイルスの霧」のなかでビクビクしながら暮らしていくことになるのだろう。

しかし、新型コロナの責任をコウモリなどの野生動物だけに押しつけるのは不公平だ。ヒトも新型コロナウイルスを動物に感染させてきた。報告例を集めてみると、ペットの犬、猫、ハムスター、フェレット。養殖のミンク、家畜のラクダ、動物園のトラ、ライオン、ユキヒョウ、ハイエナ、カバ、マナティー、オオアリクイ。野生のマウス、マーモセット、オジロジカ、ミュールジカなどからもヒトから感染した新型コロナウイルスが見つかっている。

こうした現象は、ペット集団や生態系の中に新型コロナが定着して、新たなウイルスのプールができたことを意味する。ヒトの感染が収まったとしても、このプールから新たな変異株が現れてヒトに「ブーメラン感染」する危険性がある。ただ、戻ってきたブーメランがどっちの方向に飛んでいくかは分からない。

中国科学院遺伝発生生物学研究所の文峰銭(ぶんほうせん)は、目下猛威を振るっているオミクロン株は、「ヒトがマウスに感染させた新型コロナが、マウスの集団内で変異して再びヒトに感染したのではないか」という仮説を研究所のホームページで紹介している。

ハシカワクチンを回避できる変異株が出現する可能性も

怖い例をひとつ紹介しよう。ワクチンが普及するまで、ハシカは「子どもの命定め」と言われるほど死亡率が高く恐れられていた。現在ではワクチンによって制御され、将来的には根絶できる可能性もある。しかし、仮に根絶されたとしても、私たちがこのウイルスから解放されることにはならないだろう。なぜならハシカの親戚筋には犬のジステンパーが控えているからだ。

犬を飼っている家庭にとっては、周期的に発生する流行は気が気ではないだろう。ジステンパーウイルスはもともと、犬、猫、熊などの肉食動物11科のうち8科の動物に感染することが知られていた。しかし、1980~90年代にはそれまで感染が知られていなかったさまざまな野生動物に広がり、北海で1万7000頭以上のアザラシを殺し、タンザニアのセレンゲティ国立公園ではライオンや野牛に致命的な感染症の流行を引き起こした。オーストラリアで馬からヒトに感染したヘンドラウイルスもこの仲間だ。日本国内でも野生動物に感染を広げている。死んだ野生のタヌキからこのウイルスが発見されることもある。中国ではアカゲザルの感染例が報告されている。実験ではヒトの細胞にも感染する能力があるという。

南米の国立コロンビア大学のカロライナ・キンテロ=ギルらが、2019年にこの起源をめぐって興味深い論文を発表した。ジステンパーウイルスはもともと牛が宿主であり、10世紀ごろに分岐してハシカウイルスが誕生した。このハシカウイルスがヒトから犬に感染して、さらに多くの動物に感染が拡大していった。

サルに感染できるぐらいだから、変異を起こしてヒトに感染してもおかしくない。今のところウイルスがヒトに感染しないのは、ハシカワクチンによって免疫で守られているためと考えられる。ただし、野生動物にもこのウイルスが広くまん延しているので、ワクチンを回避できる変異株が出現する可能性もある。「過去に起きたハシカの死亡率の高さを考えると、新型コロナよりはるかに恐ろしいかもしれない」とキンテロ=ギルは警告する。                                   

環境破壊で脅かされたコウモリとウイルスの平和共存

近年、新たに出現した感染症を「新興感染症」、既知の感染症が再び流行をはじめたものを「再興感染症」と呼ぶ。前者は新型コロナ、SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、エボラ出血熱、HIV/エイズなどであり、後者は結核、デング熱、マラリア、コレラ、梅毒などだ。

問題は、「新興感染症」の多くが動物を介して感染する「動物由来感染症(人獣共通感染症)」であることだ。ロンドン大学のケイト・ジョーンズは、1940年から2004年までの間に発生した335の「新興感染症」を分析した結果、71.8%までが野生動物の病原体によって引き起こされた動物由来の感染症だったと発表した。しかも、1960年代以後一貫して発生件数が増えつづけている。

動物由来感染症の専門家、英国の動物学者ピーター・ダザックは、ニューヨークに本部を置くNGOエコヘルス・アライアンスの会長で、SARS、エボラ出血熱、新型コロナなど野生動物が関わる感染症の権威だ。

彼は「森林破壊によって本来の生息地を追われた動物たちが人里に押し出されて病原体を拡散させるようになった」と指摘する。一方で、ヒト側も人口急増などの影響で森林内での開墾を進め、動物の生息地に接近している。こうして野生動物とヒトとの接触が増え、人獣共通感染症の増加につながっているというのだ。

私はこの警告を証明するような現場を目の当たりしたことがある。ひとつは、前回述べた中国雲南省のシーサンパンナ。もうひとつはエボラ出血熱がまん延したギニアからシエラレオネ、コートジボワールにかけて広がる西アフリカの森林地帯だ。この一帯を1980年代と2010年代に30年の間隔をおいて訪ねた。1980年代当時は周辺地域の7割が熱帯林に覆われ、希少な動植物の宝庫だった。厚く茂る森林の中に小さな集落が点在し、多くは粗放な焼き畑農業で生計を立てていた。

だが、2010年代に再訪したときには、町が無秩序に広がって周辺の森林は丸裸にされ、ココアやアブラヤシのプランテーションや牛の放牧地に変わっていた。かつては国土の大部分が熱帯林で覆われていたシエラレオネでは、原生林と呼べるのは国土の5%以下しか残されていなかった。皆滅するのは時間の問題だろう。西アフリカの多くの国々で森林の伐採権が海外の企業に売り渡されている。とくに近年は中国が西アフリカの森林や地下資源の開発に巨額な投資をしており、今やこの地域の最大の貿易相手国となっている。

コウモリとコロナウイルスはこれまで平和共存してきた。そこにヒトが入り込んで生態系をずたずたにしたため、コウモリは安住していたすみかを追い出されることになった。そしてコウモリを宿主としていたウイルスも宿主を変えざるを得ない状況に追い込まれた。「森林破壊を抑えることでパンデミックのリスクを軽減できると警告してきたのに、誰も注意を払わなかった」と、ケイト・ジョーンズは悔やむ。新型コロナの流行によってやっと彼女らの研究に日が当たったが、警告に耳を傾けるのが遅すぎた。

3章 新型コロナはどう収束するのか: (1)自然消滅した SARSウイルス  に続く

バナー写真 : ジンバブエのハラレにある病院の外に設けられた新型コロナのワクチン接種会場。2021年3月29日撮影(この写真は記事の内容に直接の関係はありません)(Photo by Tafadzwa Ufumeli/Getty Images)

(感染症の文明史:【第1部】コロナの正体に迫る 2章「新型コロナはどう広がったのか」完)

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