舌だけでなく、鼻で味わう和牛肉 : 脂肪由来の甘い “和牛香” がおいしさの源

文化

牛肉を目当てに日本に旅行に来る人もいるほど、和牛は世界から注目されている。では、外国産の牛肉にはない「おいしさ」はどこからくるのか。NPO法人うま味インフォメーションセンター理事長で広島大学、女子栄養大学名誉教授の西村敏英氏がひも解く。

「霜降り」が赤身の硬さを緩和する

世界が注目する和牛肉の最大の特徴は、言うまでもなく「霜降り」です。赤身部分は加熱すると硬くなりますが、赤身の間に細かく入り込んだ軟らかい脂肪があることで、赤身の筋線維の硬さを感じにくくしてくれます。また、肉汁と溶けた脂肪が口の中に相まって広がり、「ああ、なんてジューシー!」となるわけです。

多くの人が、この「軟らかさ」「ジューシーさ」が和牛肉の魅力と考えているのではないでしょうか。

フォトAC
フォトAC

口から鼻に抜ける香りがカギに

私は食べ物のおいしさの7〜8割は「香り」に由来すると考えています。和牛肉に熱を加えると、外国産の牛肉にはない独特の香り「和牛香」が発生して、これが和牛のおいしさに大きく影響しているのです。

自宅で簡単にできる実験なので、ぜひ試してみていただきたいのですが、和牛を焼いて鼻をつまんで食べてみてください。肉を食べていることは分かりますが、特段の感慨や感動はないと思います。途中で鼻をつまんだ指を開放すると「おいしい!ああ、和牛だ!」となります。肉の味だけでなく、香りも含めた「味わい」として、私たちはおいしさを感じているのです。

私たちは鼻の穴の天井部分にある「嗅上皮(きゅうじょうひ) 」で香りを感じています。

熱い鉄板に肉を乗せてジュッと音がして食欲がそそられるのは、加熱によって糖とアミノ酸が結びついて生じる加熱香気の成分を嗅上皮のセンサーがキャッチするからです。この外から鼻の穴を通じて入ってくるものを、「鼻先香(はなさきか)=くんくんの香り」と呼びます。一般的には「香り」といえば、「鼻先香」を思い浮かべるでしょう。

イラストAC
イラストAC

実は、食べ物を口の中に入れたあとにも、「香り」を感じているのです。食べ物をかんでいる時、呼気(肺から二酸化炭素を排出する息)によって、香りの成分が口から鼻に抜けて嗅上皮へと逆流するのです。この香りを「口中香(こうちゅうか)=もぐもぐの香り」と呼びます。

鼻をつまんで食べると、和牛を食べていても感動がないのは、「口中香」である「和牛香」が嗅上皮に届かないからです。

和牛の脂に由来する甘い香り成分

では「和牛香」とはいったい何なのか。赤身が主体であるオーストリア産牛肉と和牛肉の香り成分を比較すると、和牛にはラクトンと呼ばれる成分が多いのです。ラクトンは桃やココナッツにも含まれる甘く感じる香り成分で、加熱することで、和牛の脂に多く含まれるオレイン酸から生成されます。和牛を食べた時に、「甘い」と感じるのは、この香りが影響しています。もちろんラクトンだけが和牛の特徴的な香りではなく、バターのような香りや、さわやかな森林の香りであるグリーン香気などが重層的に絡みあって、「和牛香」を形成しています。

人間にとって「甘い」味わいは、「おいしい」という感覚に強く結びついているので、「和牛香」こそが和牛をおいしく感じさせる源と言ってもいいでしょう。

つまり、私たちは舌で「軟らかさ」「ジューシーさ」を感じ、さらに口から鼻に抜ける「和牛香」でおいしさを総合的に捉えているのです。3つの要素のいずれにも、和牛肉の脂肪が重要な役割を果たしています。

10回以上かめばもっとおいしい

赤身部分に含まれるアミノ酸、イノシン酸、グルタミン酸などのうま味成分は、と畜後の低温熟成する間に増えて、和牛香の感じ方を強めてくれます。温度や湿度をどのように管理し、何日間かけて熟成するかは、お肉屋さんや料理人の見極めであり、腕のみせどころでしょう。

和牛は「とろけるように軟らかい」ので、2回か3回かむだけでのみ込めてしまいます。でも、それはもったいない。できれば10回以上かんで下さい。かむことで「和牛香」をしっかり感じることができますし、肉のおいしさも味わえます。塩の代わりにうま味調味料を少し振りかけるのもおすすめです。うま味物質が和牛香を強く感じさせ、減塩にもつながります。

取材・構成:山田道子

バナー写真:フォトAC

食文化 和牛 牛肉