【書評】新たな戦闘領域となった宇宙空間:マーク・キャメロン著トム・クランシー・ジャック・ライアン・シリーズ『密約の核弾頭』

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待望のシリーズ最新作が出版された。今作でライアン米大統領が対決するのはロシアとイランだ。ある日、核ミサイルを積んだロシアの大型輸送機が飛行中に消息を絶った。積荷はどこへ消えたのか。その謎を解明すべく、米秘密情報機関「ザ・キャンバス」の工作員が、命を賭して危険地帯に飛び込んでいく。

 まず、冒頭場面の要約から始めよう。
 ロシアの輸送部隊に所属する熟練パイロットの大佐が、極秘任務をおびて巨大なアントノフAn-124輸送機に乗り込んだ。
 後部貨物室に積み込まれた荷は長さ20メートルの木箱2個で、積荷目録には最高機密レベルの「特別重要」と記されている。輸送先はカザフスタン中央部にあるミサイル試験施設。それぞれの木箱には線量計がついているので、中身が核ミサイルであることはまず間違いない。長さと重量からすると、中距離ミサイルの一種ではないかと推測できた。

 機体が飛び立ってまもなく、モスクワの航空管制官は、もう1機のアントノフが大佐の輸送機に同じ高度で接近しつつあるのをレーダー・スクリーン上で確認した。このままでは激突する。管制官は警告を発したものの、目の前のスクリーン上で、ふたつの輝点は凍りついて動かなくなった。その後、なにが起こったか――。

 核ミサイルは強奪された。それも、奪われたとは誰にも気づかれないような巧妙な手口である。この、のっけから手に汗握る展開に、読者はたちどころに作品世界に惹きこまれることだろう。
 誰が、何の目的で核ミサイルを手に入れて、それはどこへ消えたのか。その真相解明が物語の本筋である。

太り肉の武器商人と黒いビキニ姿の金髪美人

 ジャック・ライアン・シリーズといえば、おなじみ、ライアン米大統領がホワイトハウス・軍・情報機関の総力を挙げて独裁国家やテロリストによる数々の国際的な危機と対峙する。彼は、母国と同盟国を守るためには断固として強硬姿勢を貫く責任感の強い男として描かれてきたが、本作でもそのタフガイぶりは健在である。

 このシリーズで、もうひとりの主人公が大統領の長男であるジャック・ジュニアだ。彼は民間の秘密情報組織「ザ・キャンバス」の情報分析官兼工作員として活躍するが、回を重ねるごとにそのスキルを磨いてきた。

 ザ・キャンバスは、ライアン大統領の発案で創設された。表向きは金融投資会社を装っているが、特殊部隊や情報機関から選抜された有能な工作員とIT専門家を擁し、国家情報長官の承認のもと、政府機関では公に動くことのできない非合法な活動に従事する。

 本作で、消えた核ミサイルの行方を追っていくのがザ・キャンバスの面々だが、アフガニスタンからイランへ潜入するジャック・ジュニアの単独行は圧巻の描写である。それでは、物語に戻ってみよう。発端は、ザ・キャンバスが別の任務を遂行中のことだった。

 米軍が無人機によるミサイル攻撃で爆殺したIS(イスラム国)の残党は、フランス製の対空ミサイルを所持していた。その入手先を探っていくとフランス人の大物武器商人に行き当たる。そこでザ・キャンバスが、その人物の監視任務に動員されることになった。

 CIAの伝説の凄腕工作員だったザ・キャンバスの工作部長ジョン・クラークは、ジャック・ジュニアら精鋭の部下5名を率いてポルトガルのリゾート地にいる。彼らは、この地で問題の武器商人がロシア人と商談するとの情報を事前に得ていた。

 いかにも強欲で太り肉(じし)の武器商人は、人気のない海岸でボディーガードを引き連れ日光浴をしている。彼は、ひとりで来ていた黒いビキニ姿の金髪美人を口説いていた。女は「リュシル」と名乗った。
 ザ・キャンバスの工作員は遠方からポケットサイズの偵察用ドローンを操り、その様子を監視していた。そこで想定していなかった事件が起こる。

 女が、うつぶせになった武器商人の背中にまたがり、オイルを塗っていた。隙を見て、隠していた旧ソ連製の小型特殊拳銃を頭の付け根に強く押し付け発砲した。殺傷力は弱いが至近距離なら確実に仕留めることができ、発砲音は極めて小さい。女はその場を立ち去ったが、武器商人は寝そべっているかのようである。
 だが、偵察用ドローンからの画像は、武器商人の顔の付近にこぼれた脳の一部を捉えていた。

 筋金入りの殺し屋リュシルは、ポルトガルの新興武器商人ダ・ローシャに雇われている。ふたりは愛人関係だ。
 リュシルを使い、大物武器商人を暗殺したのは、ロシア人との取引を横取りするためだった。ロシア人はGRU(ロシア軍参謀本部情報総局)所属の軍人である。商談とは何だったのか。これが物語の本筋と密接にかかわってくるのである。

イスラム革命防衛隊とSVR(ロシア対外情報庁)

 本シリーズは、トム・クランシーの死後、共著者でもあったマーク・グリーニーが前 作の『イスラム最終戦争』までを執筆し、本作からマーク・キャメロンが健筆をふるうことになった。一連のシリーズでは、登場人物の個性が魅力的に描き分けられており、迫真の戦闘シーンも作品の人気を呼ぶ要素になっているが、本作でもそのテイストは継承されているので、従来のファンも安心してページを進めていけるだろう。

 本作でライアン大統領が対決するのは、ロシアとイランということになるが、彼は他にも対処しなければならない数々のトラブルを抱えている。
 国外ではカメルーン政府軍による米国大使館包囲事件が発生し、国内では大規模災害に加え、政敵による執拗な攻撃にさらされる。ネットの世界ではライアンを貶めるフェイク動画が溢れていた。誰の仕業なのか。
 そして、ライアンが窮地に立たされている間隙を縫って、ロシアとイランは陰謀をめぐらしている。

 ロシアの大統領は側近に言う。

「・・・やつはいま、あまりにも忙しすぎて、こちらの小規模な軍事演習にこだわっている余裕などない。たとえそれがウクライナに係わる演習であってもな。それに、われわれがいちど支配を確立してしまえば、いったいだれに何ができるというのだ?そもそもあそこはわれわれのものなのだ・・・」

 ウクライナ東部を実効支配しているロシアは、演習を装って全土を制圧すべく、陸海の部隊を東へ進めていた。

 舞台はイランの首都テヘランへ移る。
 ロシア政府は、イランの現体制を支援している。
 イスラム革命防衛隊のササニ少佐が、刑務所の地下牢で反体制派の学生を拷問していた。その陰惨な光景を、そばでSVR(ロシア対外情報庁)のテヘラン駐在員である熟練の工作員ドヴジェンコが、軽蔑の目で眺めていた。さしもの、旧KGBでもそこまで残忍な虐待はしない。

 広場で反体制派の若者が公開処刑されたその日、ササニ少佐にイラン人の愛人を射殺されたドヴジェンコは、ある目的からアフガニスタンの首都カブールへ飛ぶ。この、ササニ少佐とドヴジェンコが、物語の最後まで重要な役回りを演じることになる。

 ここでまた場面転換。
 スペインで、ポルトガルの新興武器商人ダ・ローシャとリュシルが、GRU所属のロシア人と密会していた。暗殺した武器商人に替わり、首尾よく取引することになったのだ。ロシア人は本題を切り出した。

「・・・わたしは、取り扱いがきわめて難しい商品を・・・世界の政治的に不安定な地域の住民グループに届けたいと思っている・・・」

 ロシア人は、運搬先を「イラン」と告げた。その大きな荷は、オマーンの首都マスカットにあるという。それをイランに運び込むだけだが、報酬は莫大なものだった。一瞬、ダ・ローシャは、雇い主がイランの過激派グループかと思ったが、

〈・・・これだけの金額を支払えるのは国家だけだ、と思いなおした。それに、商品は通常兵器ではないはずだ。「失礼ながら、率直に申し上げて、その荷は・・・・・・核関連ということでしょうか?」〉

 ザ・キャンバスの監視対象は、暗殺された武器商人から、ダ・ローシャとGRU所属のロシア人に変わる。ここから先、物語は猛烈なスピードで急展開していくのだ。

衛星攻撃レーザー兵器の開発

 さて、本シリーズの魅力のひとつは、作品ごとに最新の軍事テクノロジーを駆使した戦争の実相がリアルに描かれているところである。

 先にも少し触れたが、物語の序盤、無人機を操作する米空軍のパイロットが登場する。彼は、ノース・ラスヴェガスに妻子と住み、クリーチ空軍基地に勤務しているが、任務は母国から遥かに遠いアフガニスタンに潜むISの残党を軍用無人機MQ‐9リーパで索敵し、搭載された空対地ミサイル発射の引き金を引くことだ。彼は、灼熱と土埃にまみれた戦地にいるわけではない。

〈温度管理されたトレーラーハウスのなかの座り心地のよい革張りの椅子に身をあずけ、やるべき作業をするだけでよかった。そして、自分の勤務終了の時間になったら、ほかの者に交代して家に帰れる。明日は子供の誕生日パーティーのために休みをとってさえいた。〉

〈この任務が大変なのは、時間を果てしなく費やして待ち、監視し、ターゲットの行動パターンを記録するという部分だ。いまからは機械がほぼ自動的にやるべきことをやってくれる。〉

 MQ‐9リーパが搭載するカメラは、1万2000フィートの高空からターゲットを捉え、極めて鮮明な映像を送ってくる。ISへの攻撃を承認したのはCIAのドローン担当官だった。
 レーザー照射されたターゲットに、ロックオンされたミサイルが突っ込んでいく。上空から目標に到達するまで7秒しかかからない。標的にされたISの残党は、遥か上空から狙われていたことを知らず、瞬時にして爆殺されたのである。

 とはいえ、無人機による攻撃は米国の専売特許ではない。開発と実戦配備の先駆者はイスラエルだが、いまや中露ら超大国から中東の紛争国、過激派組織に至るまで、性能と攻撃精度の差こそあれ、無人機はもはや標準装備になっている。

 むしろ本編で特筆すべきは、宇宙空間が戦闘領域になっていることの記述であり、それが物語の最大のヤマ場になっている。それはどういうことか。触りだけ紹介すれば――。

 ライアン大統領と国家情報長官との間でこんな会話がある。長官は言う。

「中国もロシアも・・・衛星攻撃レーザー兵器の開発に取り組んでいました。中国がすでに衛星を撃ち落とすテクノロジーを有していることはわかっていますし、ロシアも〈ヌードル〉という対衛星ミサイル・システムの実験を重ねています・・・」

 意図的に衛星を破壊すればどうなるか。ライアンは、ある仮説に考えがいたる。

「・・・低軌道を周回する人工衛星や宇宙ゴミ(スペース・デブリ)はそのうち高密度になり、互いに衝突しはじめる。そして、それが連鎖的に起こって加速度的にデブリの数が増え、ついには広大なデブリ領域ができ、低軌道をとる人工衛星は存在できなくなる」

 詳しくは本作を読んでほしいが、これは決して荒唐無稽な話ではない。現実の世界では、中露が対衛星攻撃の実験に取り組んでいることは事実であり、米国は統合宇宙軍を創設し、敵対国の衛星監視を強化している。興味のある方は、本サイトで以前に公開された青木節子慶応大学教授の連載「21世紀のスプートニク・ショック」、または同教授著作の『中国が宇宙を支配する日 宇宙安保の現代史』(新潮新書)を参考にされるとよいだろう。

 陸海空とサイバー空間に続き、今度は宇宙が新たな戦闘領域となっている。本作は、われわれの想像を超えた戦争のリアルを描き、近未来に迫りつつある脅威を先取りするものである。

密約の核弾頭(上)

「密約の核弾頭」

マーク・キャメロン(著)、田村源二(訳)
発行:新潮社
新潮文庫:上巻430ページ、下巻452ページ
価格:上巻880円(税込み)、下巻9350円(税込み)
発行日:上下巻とも2021年8月1日
ISBN:上巻978-4-10-247275-0、下巻978-4-10-247276-7

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