【書評】ジャパニーズウイスキー誕生から1世紀:新谷茂子著『グッド・ウイスキー・タイム マンガでわかるウイスキーの本』

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2023年は日本でウイスキー造りが始まって百周年。「ジャパニーズウイスキー」は今、世界的に注目を集めている。本書はウイスキー全般についての入門書だが、世界5大ウイスキーの一角を占める日本の最新情報が盛り込まれている。

元宝塚娘役トップスターが上梓

著者、新谷茂子(しんたに・しげこ)氏は「沢かをり」として活躍した宝塚歌劇団の元娘役トップスター。退団後、舞台女優も務め、1985年12月に東京・中目黒で「BAR-SAWA」を開業、現在も店に立つ。著名な造り手や専門家を招いて定期的にセミナーを開催するなど、ウイスキー文化の啓蒙にも努めてきた。本書を上梓した狙いをこう綴る。

この本は今までウイスキーというお酒にあまり馴染みのなかった方向けに書いた本になります。私と同じ女性とくに、若い方、ウイスキーを初めて飲む方に向けた本にしたく、イラストを多用し、マンガのページも設けたつくりになっています。

口語体とはいえ、単なる入門書ではない。世界のウイスキーのドラマチックな歴史や主要な生産地を概観でき、専門的な知識も得られる。著者自身、本場スコットランドをはじめ国内外の蒸留所巡りを重ねてきたため、モルトウイスキーとグレーンウイスキー、ブレンデッドウイスキーの違い、原料や製造法などの解説もわかりやすい。

日本はウイスキー“5大国”の一角

スコットランドの「スコッチ」、アイルランドの「アイリッシュ」、アメリカの「バーボン」、カナダの「カナディアン」、そして日本の「ジャパニーズ」……。世界は「5大ウイスキー」時代を迎えている。

日本は最も歴史が浅い。サントリーの創業者、鳥井信治郎が京都の南西、天王山の麓で山崎蒸溜所(大阪府)の建設に着手したのが1923(大正12)年。日本のウイスキー元年といわれる所以だ。

同年、当時の寿屋(現サントリー)に入社し、山崎蒸溜所づくりに協力したのが、スコットランド留学帰りの竹鶴政孝だった。彼はその後、ニッカウヰスキーの創業者となる。国産化に成功した信治郎と政孝のふたりは「日本のウイスキーの父」と称される。

ジャパニーズウイスキーの系譜は、スコッチウイスキーである」と著者は説く。しかしながら、日本ウイスキーの定義は最近まであやふやだった。本書では「2021年になってようやく材料や造り方の定義がしっかりと定められました」と指摘している。

これは日本洋酒酒蔵組合が「ジャパニーズウイスキー」の自主基準を制定し、21年4月から運用を開始したことを指す。主な要件は「原材料は麦芽を必ず使用し、日本国内で採取された水を使用する」、「国内の蒸留所で蒸留する」、「原酒を700リットル以下の木樽に詰め、日本国内で3年以上貯蔵する」、「日本国内で瓶詰めする」などだ。

最高峰に導いたブレンダー列伝

大正時代から続く日本のウイスキーの歴史は、最近の原酒不足など曲折を経てきた。日本国内の消費量は1983年の約38万キロリットルをピークに下降、一時は低迷が続いた。しかし、2001年のウイスキーの国際的な品評会でニッカの「シングルカスク余市10年」が総合第1位、第2位にサントリーの「響21年」が輝いたのである。

21世紀に入り、ジャパニーズウイスキーの銘柄はたびたび世界最高賞の栄誉に浴した。日本を5大ウイスキーの最高峰に導いたのは、様々な原酒の香りを嗅ぎ分け、それらを組み合わせてウイスキーの味と香りを決める「ブレンダー」と呼ばれる匠(たくみ)たちに負うところが大きい。本書では日本人ブレンダーたちも列挙している。

そのひとりがサントリーホールディングスの鳥井信吾代表取締役副会長で、同社3代目のマスターブレンダーだ。マスターブレンダーとは味、香り、品質、伝統の重みをすべて背負う最高責任者。創業者信治郎が初代で、今年1月に満70歳になった信吾氏は孫に当たる。

米国に留学、スコットランドにも渡って多くの酒造家と交流した信吾氏は天性の舌と嗅覚(きゅうかく)をさらに磨いた。評者は12年9月、大阪で飲食をともにしたことがある。北新地のバーでは自社のウイスキーをストレートグラスで味わい、香りもチェックしていた。

ウイスキーセミナーで試飲(2014年9月5日、山梨県北杜市のサントリー白州蒸溜所)=評者撮影
ウイスキーセミナーで試飲(2014年9月5日、山梨県北杜市のサントリー白州蒸溜所)=評者撮影

同社のチーフブレンダー、福與伸二氏(現サントリー執行役員)も本書に登場する。14年9月、評者がサントリー白州蒸溜所(山梨県北杜市)を見学した際、同氏は試飲セミナーで講演、「日曜の夜から金曜の昼までは、にんにくなど臭いものは食べない。規則正しい毎日。早起きし、人ごみを避ける」と自らを律していたのが印象的だった。

ニッカの初代マスターブレンダーはもちろん、竹鶴政孝である。

明石にクラフト蒸留所の先駆け

ジャパニーズウイスキーはサントリー、ニッカ、キリンディスティラリーなど大手だけではない。各地のクラフト蒸留所(地域に根差した小規模蒸留所)のウイスキーの銘柄も近年、国際的なアワードを獲得するなど、ウイスキーファンから熱い視線を注がれている。

日本のクラフト蒸留所は毎月のように誕生しているという。本書によると、「2022年現在、その数はこれから予定されている所も含めると70か所を超えます」。本書では「イチローズモルト」で知られるベンチャーウイスキー(埼玉県秩父市)の創業者、肥土伊知郎(あくと・いちろう)社長らとの交遊にも触れている。

本書では取り上げていないが、実は江井ヶ嶋酒造(兵庫県明石市、平石幹郎=ひらいし・みきお=社長)がクラフト蒸留所の先駆けだ。江戸時代の1679(延宝7)年創業、1888(明治21)年株式会社設立の同社は日本酒メーカーながら、山崎蒸溜所建設より前の1919(大正8)年にウイスキー製造免許を取得していた。

1919年にウイスキー製造免許を取得した江井ヶ嶋酒造の蒸留所(2023年1月13日、兵庫県明石市)=評者撮影
1919年にウイスキー製造免許を取得した江井ヶ嶋酒造の蒸留所(2023年1月13日、兵庫県明石市)=評者撮影

実際に単式蒸留器ポットスチルで“地ウイスキー”の蒸留を開始したのは1961年。原料は英国産麦芽100%、仕込み水は清酒にも用いる地下水とこだわりがある。「あかし」ブランドに加え、12年物のシングルモルトをリリースするなどクラフトウイスキーの老舗といえる。

女性にこそもっとウイスキーを

フレッド・ミニック著『ウイスキー・ウーマン』(原書の出版は2013年)で詳述されているように、世界のウイスキーの歴史には女性が深くかかわってきた。14年9月から放送されたNHK連続テレビ小説『マッサン』のモデルになった竹鶴政孝の妻で、異国の地で夫を支えたリタ(スコットランド出身)の生涯は本書でも描かれている。

ジャパニーズウイスキーは国内外で人気(2023年1月17日、東京・銀座のバー「夕」)=評者撮影
ジャパニーズウイスキーは国内外で人気(2023年1月17日、東京・銀座のバー「夕」)=評者撮影

本書では、入門者から初級者、中級者、上級者向けに分類して世界のウイスキー計122銘柄をリストアップしている。このうち主要銘柄は特徴あるボトルやゆかりの人物のイラスト入りだ。ウイスキーに合う料理やウイスキーベースの各種カクテルなど役に立つ情報も満載。「女性にこそもっとウイスキーを身近に」というメッセージが込められた熟成感あふれる一冊だ。

『グッド・ウイスキー・タイム マンガでわかるウイスキーの本』

『グッド・ウイスキー・タイム マンガでわかるウイスキーの本』

大泉書店
発行日:2022年12月18日
A5判:176ページ
価格:1540円(税込み)
ISBN:978-4-278-03828-6

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