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映画『痛くない死に方』:宇崎竜童が振り返る、撮影現場での疑似「幽体離脱」

Cinema 医療・健康

公開中の映画『痛くない死に方』に、末期がん患者役で出演の宇崎竜童。40年以上にわたって親交のある高橋伴明監督が自身を投影したかのような、破天荒な人物を魅力的に演じている。老いとは無縁のようにさえ感じさせる永遠のロックンローラーに、臨終の長いシーンで何を思ったか尋ねてみた。

宇崎 竜童 UZAKI Ryūdō

1946年生まれ。京都府出身。1973年、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドでデビュー。『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』が大ヒット。妻の作詞家・阿木燿子とのコンビで、山口百恵など数多くのアーティストに楽曲を提供する。映画では、『曽根崎心中』(増村保造監督、79年)、『TATTOO<刺青>あり』 (高橋伴明監督、82年)に主演したほか、『その後の仁義なき戦い』(工藤栄一監督、79年)、『駅 STATION』(降旗康男監督、81年)、『上海バンスキング』(深作欣二監督、84年)、『どら平太』(市川崑監督、2000年)、『罪の声』(土井裕康監督、20年)など多くの作品に出演する。

盟友・高橋伴明との出会い

1970年代、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドのフロントマンとして時代を駆け抜けた宇崎竜童。昭和世代には説明不要のスターだ。その後も作曲の才能を発揮し、山口百恵をはじめ数々の歌手にヒット曲を提供して、歌謡界をけん引してきた。

ミュージシャンとして活動する傍ら、俳優のキャリアも長く、高い評価を受けてきた。その代表作に挙げられるのが、82年公開の『TATTOO<刺青>あり』。ピンク映画出身の高橋伴明監督による一般映画第1作で、三菱銀行人質事件の犯人、梅川昭美をモデルに描いた衝撃作だ。

「伴明さんとは、酒場での付き合いが始まり。僕は酒が飲めないから、飲み仲間と言っていいのかな? ある日、伴明さんがポケットからある人物の写真を取り出して、いきなり『似てるよね?』って言うわけ。それが梅川だった。正式なオファーとかはなくて、『これやってくんない?』って。こっちも『じゃあ、やろうかな』と、そんなラフな感じでした」

当時すでに大小合わせて10作前後に出演していた宇崎。増村保造監督の『曽根崎心中』(79年)で初主演、『駅 STATION』(降旗康男監督、81年)では日本アカデミー賞助演男優賞を受賞するなど、俳優としても順調な滑り出しを見せていたが、『TATTOO~』では初めての経験ばかりだったと振り返る。ベッドシーンにも挑んだ。相手は関根恵子、のちの高橋惠子、伴明の妻である。

「監督に恵子さんを紹介したのは俺なんだよ。当時カメラに凝っていて、ある週刊誌で女優さんを撮影するコーナーを持ってたの。彼女にオファーしようと思って、打ち合わせに行ったら、そこになぜか高橋伴明も付いてきて。結局、僕の仕事は断られたんだけど、そのとたんに立ち上がって、『高橋伴明と申します』って台本を渡しやがったんだよ(笑)!それで彼女の出演が決まったの」

撮影中は、自分の演技でOKがもらえるかに必死で、監督と相手役の女優が思いを寄せ合っていたかどうかなど、考える余裕もなかったという。

「撮影が終わって少ししてから、結婚することになったんだと聞かされて。俺が仲人みたいなもんだよね(笑)」

役作りはしない

そんな付き合いの長い2人だが、伴明監督の作品で仕事をするのは『禅 ZEN』(09年)で音楽を担当して以来。役者として出演するのは『大いなる完 ぼんの』(98年)以来23年ぶりとなる。今回、在宅医療をテーマにした監督の最新作『痛くない死に方』で、宇崎の役どころは、病院での延命治療を拒否し、自宅で平穏な最期を迎えることを選ぶ末期がん患者だ。

在宅医・河田(柄本佑)に軽口を叩き、迫りくる死に明るく向き合う本多(宇崎竜童) ©「痛くない死に方」製作委員会
在宅医・河田(柄本佑)に軽口を叩き、迫りくる死に明るく向き合う本多(宇崎竜童) ©「痛くない死に方」製作委員会

「伴明さんから頼まれる仕事は全部、無条件で引き受ける。今回も、できるかできないか考えもせずOKしちゃった。あとでホン(台本)を読んで、『おむつか……』(笑)。でもね、そろそろ宇崎竜童っていうみなさんが知っているキャラクターは捨てようと思っているさなかに来た仕事だったから、ちょうどいいかと。『でも、お尻だけは撮らないでね』ってメールを送りました(笑)」

黒々としたリーゼントがトレードマークの宇崎が、白髪頭を人目にさらし、死期の迫る老人を演じる……。兄貴的存在として彼に憧れてきた世代にとっては、軽い衝撃かもしれない。しかし映画を観れば、年を重ねながら常にその年代の「かっこいい男」を体現してきた宇崎の、現在時のはまり役だと納得できるだろう。学生運動に明け暮れた後、大工の棟梁となった型破りな自由人、本多を魅力たっぷりに演じている。「闘病」という言葉が似つかわしくないほど、自虐的なユーモアにあふれた川柳をよむのが趣味という人物だ。

「あのキャラクターってね、相当、高橋伴明が入っているんですよ。長い付き合いの中で、彼の長所も短所も見てきたから、よく分かるんだ。彼の粋なところ、人情に厚いところ、それがエキスみたいに詰まって、あの役に入っているんです。自分の思いを川柳に託す粋さは、高橋伴明の中にあるものなんだよね」

「高橋伴明をやればいい」、台本を読んでそう考えた宇崎は、何も演じなくていいんだという気持ちで現場に入ることができたという。

「元々、役作りというのはしたことがない(笑)。できない人間なんだよね。僕にとっての“役者の領分”とは、監督から言われるがままに動いてみせることじゃないかと。そこまで行けばOKというのが自分の中の決め事なんです。ただ今回、監督から何度も注意されたのは、『その手の動き、大工じゃないよ、ロックンローラーになってるよ!』って(笑)。今もしゃべっている間に手がこう動いたりするけど、これは別にロックっぽくやろうとか考えているわけじゃなくて、クセになってるんだね。それが病人としてベッドに寝ているときにもつい出ちゃう」


これまで大病をしたことがないという宇崎。「できない」とは言いながら、病人らしさを出すのに相当な「役作り」があったのではないかと想像させる。しかしこれには、ある偶然が作用していた。

「実は撮影の間、百日咳にかかって、咳が止まらなくなっちゃって。今だったら絶対みんなに『あいつコロナだ』と言われただろうね。こういう取材でも、『あのやつれた感じはどうやって出されたんですか?』と聞かれるんだけどさ、本当に調子悪かったんだよ(笑)」

妻しぐれとの夫婦漫才のような軽妙な掛け合いもこの映画の見どころの一つだ。ぴったりと息の合ったやりとりから、夫婦の深い愛情が伝わってくる。相手はベテランの大谷直子。かつて彼女が主演した映画『ダブルベッド』(藤田敏八監督、83年)では、宇崎が音楽を担当したこともあるのだが、意外なことに2人はこれまで共演どころか、会ったこともなかったという。

「2人のシーンの撮影は、ごく限られた日数しかなかったんですが、控室の中で、(在宅医・河田役の柄本)佑くんも交えて、ずっと前からの知り合いみたいな感じでワーッとしゃべってコミュニケーションをとってくださった。そのおかげで、何十年も連れ添った奥さんといる気持ちにさせていただけたのかなと思って、すごく感謝しています。僕は自分の役作りすらできないけど、大谷さんは相手役の気持ちまでちゃんと作ってくださる。さすがですよ」

妻しぐれ(大谷直子、右端)と穏やかな日々を過ごす本多 ©「痛くない死に方」製作委員会
妻しぐれ(大谷直子、右端)と穏やかな日々を過ごす本多 ©「痛くない死に方」製作委員会

幸福な最期とは

これに先立つ取材で、柄本佑が役者として物語や人物にそこまで共感や影響を受けないと話していたのが印象に残った(リンク:柄本佑×高橋伴明インタビュー)。しかし柄本と違ってもう若くはない宇崎にとって、死を迎える人物を演じるという体験は、何かしら心の動く出来事だったのではないだろうか。

「この役を演じて、病院で死にたくないという思いは強くなったね。僕なんかが小さい頃、知り合いの老人はみんな家で亡くなって、家で葬式を挙げてたよ。それが普通だと思っていたのが、いつの間にか病院で死ぬのが当たり前みたいになってきているじゃないですか。60を過ぎてから、『ちゃんと家で死にたいけどなあ、でもそれはできないことなんだろうか』って思っていた。それがこの映画に出て、在宅医療という選択肢を知って。じゃあ、あの死に方でいいじゃん、というのは強く心に残りましたね」

最愛の妻と在宅医に看取られながら、息を引き取る場面の撮影を経験して、こんなことを考えた。

「スタッフが何十人といたんですけど、みんなが息を止めて、僕の臨終に立ち会ってくれたという感じなんですよ。それで思ったのは、やっぱりたくさんの人に看取られたいなって。にぎやかに生音で、ロックとジャズとコーラスで葬式を挙げてもらおうということは昔から決めていることなんですが、やっぱりそういう見送られ方をするぞ、というのを今回、再確認できましたね」

この臨終のシーンは、どこか自らの死をシミュレーションするような不思議な体験でもあったという。もしや、よく言われるように、これまでの人生の出来事が走馬灯のように脳裏を去来することもあったのだろうか。

「いや、それはなかったなあ(笑)。(共演者の)奥田瑛二さんとも話したんだけど、尋常じゃない長さで息を止めているでしょ。意識が飛ぶんだよね。役柄の人間でもない、宇崎竜童でもない、本名の自分でもない、何でもない存在になるというか。幽体離脱じゃないんだけど、フーッと魂が抜けていくような。自分が自分でなくなっていくような感覚があった。体調が悪かったせいもあるんだろうけど、本当に半分死にかけているみたいな、珍しい体験を2日間やらせてもらえました」

映画『痛くない死に方』は、自分の人生の最期がどのようであってほしいかを考える上で、宇崎に近い世代に強く訴えかけ、共感を呼ぶ作品であるだろう。しかし、まだ自らの死を想像しにくい年代にとっても、いつかは親しい人を見送る立場として、この映画から感じるものがあるに違いない。

「僕らは今までたくさん、臨終の場面や葬式に立ち会って、人を見送ってきたじゃないですか。そのたびに、残された側の思いがあるわけですよね。ああ、また俺が残されちゃった、じゃあどう生きようかなと、自分を確認していく作業が何度もあった。いま自分の肉親や仲間がコロナで亡くなっても、骨としか対面させてもらえないかもしれない。こんな不幸なことはないよね。だから緊急事態宣言があろうがなかろうが、若い人にはね、自分の行動をよく考えてほしいんだ。この映画を観てくれたら、こういう見送り方、見送られ方ができるような人生の素晴らしさに、気付いてもらえるんじゃないかな」

インタビュー撮影:花井 智子
取材・文:松本 卓也(ニッポンドットコム)

©「痛くない死に方」製作委員会
©「痛くない死に方」製作委員会

作品情報

  • 出演:柄本 佑 坂井 真紀 余 貴美子 大谷 直子 宇崎 竜童 奥田 瑛二
  • 監督・脚本:高橋 伴明
  • 原作・医療監修:長尾 和宏
  • 制作:G・カンパニー  
  • 配給・宣伝:渋谷プロダクション
  • 製作:「痛くない死に方」製作委員会
  • 製作国:日本
  • 製作年:2021年
  • 上映時間:112分
  • 公式サイト:http://itakunaishinikata.com/
  • 2021年2月20日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開

予告編

『痛くない死に方』の原作者・長尾和宏医師の日常を追ったドキュメンタリー映画『けったいな町医者』(監督・撮影・編集:毛利安孝、ナレーション:柄本佑)も公開中(公式サイト:https://itakunaishinikata.com/kettainamachiisha/

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